第12話 門出
それからトウマとカリンは城の地下牢に囚われていたフィン王子のフィアンセを早々に救出した。
とはいっても牢番達もベルメスには嫌気が指しており、ベルメスが死んだことを伝えると快くフィアンセを解放してくれたらしい。
フィン王子とフィアンセは一年ぶりの再会に、涙を流しながらいつまでも抱きしめ合っていた。
「グガデズジャ、今まですまなかった。辛い想いをさせて」
「ううん、わだすフィンさんのごどすんずでだがら全然づらぐねがっだよ」
思いの外フィアンセさんの名前が濁音まみれなのと、訛りが異様に強かったことには多少驚いたが概ねハッピーエンドと言っていい内容のようだ。
その後、ヴォルフは夜のうちに全国民を広場に集め、元はフィン王子達のもので、先程までベルメスのものだったこの国の城のバルコニーに立った。
後ろにはトウマ達の他にフィン王子やウェンゼルも立っている。
当然肩にトラを乗せたままヴォルフは国民達に言った。
「諸君、夜分遅くにも関わらずお集まりいただき誠に感謝する。我が名はヴォルフ・レーヴェンブルク。この国の新しい元首である。諸君らも知っての通り、我が祖国カツェレーネ王国は滅亡した。だが俺は必ずや我が祖国を取り戻すことをここに誓う。よって今からこの国を新たなカツェレーネ王国の領土とし、俺がカツェレーネ王国の新国王として即位することをここに宣言する!頼むみんな、俺に力を貸してくれ!」
「ニャー!」
ワアアッと全国民の歓声が国中に鳴り響いた。
それはこの一年ベルメスに圧政を強いられてきた国民達の魂が解放された瞬間だった。そして自分達を救ってくれた英雄を、全国民が讃えた瞬間でもあった。
ヴォルフは続けた。
「だが残念ながら俺は今後、他国へ攻め入るためにしばらくの間この国を空けねばならん。そこで、ここにいるフィン王子を国王代理として国政を任せることにする」
「なっ!待ってください!私にはそんな資格は――」
ウオオッと先程よりも大きな歓声が上がった。
元々フィン王子は国民からの信頼も厚かった。正直、ヴォルフなんかよりもよっぽど国王に向いてるとウェンゼルも思った。
「うるせーな、国王命令だ。オメェに拒否権はねーよ」
「……わかりました。精一杯尽力いたします」
「任せた」
そしてまた国民達の方を向くとヴォルフは言った。
「よっしゃーヤロー共!今夜は朝まで騒ぐぞオラァー!!」
「ニャー!」
ワアアッ
翌日の昼、王宮のキッチンで昼食の準備をしているトウマのところにヴォルフがやって来た。
「なあトウマ、頼みがあるんだけどよ」
「お前の言いたいことはわかっている。今やっているところだ」
「ハハ、流石だな。じゃあよろしくな」
「ああ」
ウェンゼルが目を覚ますと、既に時計の針は昼の一時を過ぎていた。
昨夜は本当に朝方までみんなお祭り騒ぎだったため、ウェンゼルが横になった時にはすっかり日も昇っていた。
ウェンゼルも王宮のベッドを貸してもらえたので、フカフカのベッドで寝たのはまだ両親が生きていた時以来だった。寝る間際、グレール達の顔が浮かび涙が止まらなかったが、いつの間にかぐっすり寝ていたようだ。
まだ眠い目を擦りながら寝室を出ると、キッチンの方から嗅ぎ慣れた匂いがした。
この匂いは。
キッチンに向かうと案の定そこでトウマがカレーを温めていた。
「起きたか。みんなはもう食べ終えてしまったんだが、よかったらお前も食べないか?」
「あ、ああ」
ダイニングで待っていると、トウマが皿によそった大盛りのカレーを持って来てウェンゼルの前に置いた。
だがルーの色が昨日トウマが作ったカレーと微妙に異なるような気がした。
ウェンゼルは震える手でスプーンを持ち、そのカレーを一口食べた。
「……!」
「先程この王宮の料理長に聞いたんだが、この国ではカレーの隠し味にチョコレートを入れるそうだな。俺も試しに真似してみたんだが、味はどうだ」
それはグレールが作ったカレーと同じ味がした。
辛い物が苦手なグレールはカレーにチョコレートを沢山入れる癖があった。トウマがそのことを知っているはずはないから味が同じになったのは偶然だろうが、まるでグレールが天国からカレーを作りに来てくれたような気がした。
いつの間にかウェンゼルは大粒の涙を流していた。
「口に合わなかったか?」
「……ああ……グスッ……俺の妹の作ったカレーには……遠く及ばねーよ……」
「ふっ、そうか」
ウェンゼルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらバクバクとカレーを頬張った。
そしてその様子をダイニングの入り口の陰からヴォルフ達一行は見ていた。
「何で隠れてるのよ。出て行って優しく慰めてあげればいいじゃない?」
「うるせーな!そんなハズいことできっかよ。お前ら、もういいからそーっと部屋に戻んぞ」
「……素直じゃないわね」
「ニャー」
ウェンゼルはカレーをキレイに食べ終えた。
ふとテーブルの端を見ると、ここに来た時は気付かなかったが、そこにはタンポポの花が飾ってあった。
皿を片付けようとしたトウマにウェンゼルは聞いた。
「なあトウマ……ヴォルフもつい最近家族を失ったんだよな?何であいつはあんなに強くいられるんだ?」
「……そうだな。理由はいくつかあると思うが、その一つは、あいつが毎日覚悟をし直しているからだろうな」
「覚悟をし直す?」
「ああ、お前の家であいつに頼まれて俺が封筒を捨てたのを覚えているか?」
「うん、覚えてるけど……」
「あれはあいつの遺書だ」
「遺書!?遺書ってあの遺書?」
「あの遺書だ。あいつはな、毎日欠かさず新しく遺書を書き直して俺に渡してくるんだ。そして前日の分の遺書は捨てさせる。……昔ちょっとしたことがあってな。それ以来あいつは、王たるものいつ命を狙われて死を迎えるやもしれないから、常に自分が死んだ後のことを考えて、残された人達に自分の想いを残しておくことにしたんだ」
「そんな……」
それが王たるものの覚悟なのか。
あの常にヘラヘラとしているヴォルフが、そんなに重いものを背負って今まで生きてきたのか。
ウェンゼルは昨日城のバルコニーで見たヴォルフの背中を思い出し、一つの覚悟を決めた。
「ところでトウマ。トウマはその遺書の中身って見たことあるの?」
「いや、一度もない。俺がそれを見るのはあいつが死んだ時だけだ」
「……そっか」
野暮なことを聞いてしまった。
ウェンゼルはグレール達の墓に行き、出来る限り綺麗に墓を掃除した後、仇を討ったことと先程決意したことをグレール達に報告した。
グレール達はニッコリと微笑んでくれたような気がした。
それから自分の家に帰り、荷物の整理をしてテーブルの上に今月分の家賃と置手紙を置き、最後にずっと伏せたままにしていた二枚の家族写真をバッグに詰めた。
ここともお別れかと部屋を見渡すと、ゴミ箱の中にあの時トウマが捨てたヴォルフの遺書が見えた。
ウェンゼルは少し迷ったが、好奇心に勝てず、その遺書を開いて見てしまった。
そこには汚い字でこう書いてあった。
『あとはたのむ』
それだけだった。
その一行にヴォルフの仲間に対する想いが全て詰まっている様に思えた。
おそらくヴォルフは毎日この一行だけを欠かさず書いているのだろう。それだけあいつは仲間に恵まれているということなのかもしれない。
そしてそんなあいつだからこそ、何だかんだ言いながらもみんな付いていくのだろう。
ウェンゼルは遺書を封筒に戻すと、また元通りゴミ箱の中にそっと置いた。
ヴォルフ達は国のはずれに立ち、次の国に向けて出発しようとしていた。フィン国王代理とゴルとグガデズジャが見送りに来ていた。
ウェンゼルの姿はなかった。
「本当にもう行かれるのですか?」
「ああ、ちょっと事情があってよ。俺達は先を急いでるんだ」
「あなた様方には、いくらお礼を言っても足りません。私の命もお救いいただき心から感謝しています」
「オッサンはまだ全快したわけじゃねーんだから無理すんなよ」
「ほんどうにありがどごぜましだ。ごのごおんはいっじょわずれまぜん」
「うん?何て?」
「彼女はあなた方にとても感謝していると言っています」
「ハハ、そうかよ。精々リア充は、リア充らしくよろしくやんな。よし、じゃあオメェら行くか」
「ヴォルフ!」
「……チビ助」
ウェンゼルが息を切らせながら大荷物で駆けてきた。
「……俺も……俺も連れて行ってくれ!」
「……何でだ?お前の仇討ちはもう済んだんだろ?お前にはもう戦う理由はないはずだ」
「戦う理由ならある。ヴォルフがまだ戦っているからだ!」
「……」
「俺の人生はヴォルフに救われた。だから今度は俺がヴォルフの人生を救う番だ。一度は誇りを失っちまった俺だけど、今度こそ騎士としての誇りを持って、生涯を賭けて主であるヴォルフに仕えることをここに誓うよ!だから俺も連れて行ってくれ!」
「……俺がこれからやろうとしてることは、他国の連中から見りゃ所詮侵略戦争だ。俺は正義の味方じゃねーぞ。それでもいいのか?」
「……いい!」
「何故だ?」
「俺も悪を背負う覚悟ができたからだ」
「……フッ、いいだろう。付いて来なウェンゼル」
「……!ああ!」
「ニャー」
ウェンゼルがヴォルフ達のところに駆け寄ろうとした時、後ろからふとカレーの匂いがしたが、気のせいかもしれなかった。
第一章 黒い魔人 完




