第10話 魔人
「ぐふぅ……」
「ゴルー!!」
「あーあー何だよお前らクソの役にも立たねーな。もういいよ、そこで寝てろ」
ベルメスはいつの間にかバーデン=バーデンに乗っていた。
そしてディルムドスに噛みついた鮫は、よく見ると無数のカジノのチップが寄り集まって鮫の形をしたものだった。チップは普段カジノで使われるサイズのものから、グレール達を貫いた巨大なサイズのものまでまちまちだった。
もしかしてチップで鮫を造るのがバーデン=バーデンの能力なのか。だとしたらこの広大な砂漠の海の中を悠々と泳ぎ回れる鮫はこの上なく厄介だ。どこから攻撃を仕掛けて来るか読めない上、砂中ではクロマルの斬撃も届かない。
クソッ、こんなの反則過ぎる!
「トウマ、カリン。お前らはその生真面目委員長達を連れて下がってろ。後は俺がやる」
「ニャー」
「……油断するなよヴォルフ」
「んなもん生まれてこの方したことねーよ。それにお前もよく知ってんだろ?俺達は特別だ。」
「……そうだな」
「いくぞカヤ」
「は、はい!」
「カツェレーネ王国皇太子、ヴォルフ・レーヴェンブルク」
「カツェレーネ王国執務室所属、カヤ・アーヴェンシュタイン」
「顕現せよ、機鎧銘:バスカヴィル」
ドウン
ヴォルフ達の機鎧は四足歩行で禍々しい黒い犬の様な姿だった。ところどころに血の様な赤いラインが入っている。
ていうかトラはヴォルフの肩に乗ったままだが危なくないのかな。
それにしてもヴォルフが核人なのは、宣戦布告をヴォルフが行ったことからもわかっていたが、カヤが機人でしかもヴォルフとペアだったのは少し意外だった。
勝手な想像だがヴォルフはサラとペアだと思っていた。とすると残るサラとエミがペアなのだろうか?
「はっ、何だか随分弱っちそうな機鎧だな皇太子様よ。まあ、祖国を失った負け犬にはお似合いか」
「だからあんま吠えんなってさっき言っただろ三下チョビ髭糖尿野郎」
「な、何故俺が糖尿だと知っている!?」
「あ、そうなの?適当に言っただけなんだけど」
「……クッソガァ!親父にも糖尿だって言われたことないのに!」
そりゃ普通ないだろう。
それはそうと、後部シートに座るカヤの様子がおかしいことにウェンゼルは気付いた。
いつの間にか(『いつの間にか』が多い小説だ)メイド服から漆黒の妖艶なドレスに着替えている(依然胸は無かったが)。そして三つ編みを解き、メガネも外し、髪型もオールバックになっていた。更に目付きがヴォルフ以上に悪くなっている。
「オウオウオウ男同士でいつまでもくっちゃべってんじゃねーぞ、ネームのネタにされてーかアァン!」
カ、カヤさん?どうしちゃったんですか!?
カヤの余りの豹変っぷりにウェンゼルはただただ引いていた。しかもヴォルフもカヤがこうなった途端、いつもの威勢はどこに行ったのか、急に腰が低くなった。
「こ、これはすいやせん姐御!今から真面目にやりやすんで!」
「ヴォルフゥ、オメェが仲良くおしゃべりしていーのはトウマだけだっていつも言ってるよなぁ」
「そ、それはそうなんでやすが……今は、あの……敵に啖呵切ってたとこだったんで……」
「アァン!アタイに口答えすんのかい!?妹連れて来てパーンさせっぞコラァ!」
「ヒイィ!すいやせん!それだけはご勘弁を!」
「おい、お前ら……俺を無視してコントを始めるとはいい度胸だな」
「オメェは黙ってろ!モブレ本にされてーのか!!」
「えっ、あっ、すいません」
謝ったー!!俺の家族の仇あっさり謝っちゃったー!!
まさかまさかのカヤ姐さんが最強キャラだったとは誰が予想しただろうか。しかも先程のスケバンの件がこんな形で伏線になっていようとは。
ひょっとしてカヤは運転する時は気が大きくなるタイプなのだろうか?
「はっ、イカン!思わず謝っちまった。お前ら俺のことをこんだけ虚仮にしてタダで済むと思うなよ!やっちまえ『シュマンドフェール』!」
「アタイらもアレやんぞヴォルフ!」
「ヘイ姐御!」
「ニャー!」
「『キャッチャー・イン・ザ・ライ』!」
バーデン=バーデンは先程の鮫をまた砂中に潜り込ませた。
やはりこれではどこから襲ってくるかはわからない。ヴォルフ達はどうするつもりなんだ?
と思えばバスカヴィルの前足の爪が一瞬で巨大化し、その爪で猛烈に砂を掻いてバスカヴィルも砂中に潜り込んだ。あんなことが出来るのか!?
すると砂の中でガインガインという硬い金属同士がぶつかり合う音が何度も聞こえた後、急にシンとなった。
そして――。
ザバアッ
鋭い牙で鮫の脇腹に噛みついたバスカヴィルが砂中から勢い良く出てきた。更に巨大な爪でズババババと小間切れになるまで鮫を切り刻んだ。
後にはズタボロになったチップの欠片しか残っていなかった。
どうやら『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という技は、単に鋭い爪と牙で力任せに相手を切り刻むというもののようだ。
あの二人らしいといえばらしいが。
「ぐっ、俺の『シュマンドフェール』が!クソッ、ならこれならどうだ!『フレンチバンク』!」
ベルメスはチョビ髭を撫でながらそう言った。どうやらコイツは興奮するとチョビ髭を撫でる癖があるらしい。
今度はどこからともなくチップが集まってきて、巨大な鷲の姿になり大空高く飛び上がった。
なっ、空を飛ばすこともできるのか!あれじゃこちらの攻撃は届かない。
そう思った矢先、空から大鷲が羽の形をした鋭いチップの塊を雨の様に降らせてきた。
「チッ!」
バスカヴィルは素早い動きでそれらを避けたが、何発かは食らってしまっていた。
「大丈夫ですか姐御!」
「ニャー!」
「ああ、こんなもんはかすり傷だ。だが正直相性がわりーな。こいつはエミに任せるとするぜ」
「わかりやした。エミ!」
( ˘ω˘)スヤァ
寝てるー!この激しい戦いの最中スヤァしてるー!
「オイエミ!しょうがねーな。オイチビ助、何とかしてエミを起こせ」
「えっ俺が!」
そんな。
こんなに気持ち良さそうにスヤァしてる子を起こすなんて。
だがそうも言ってられないか。でもどうやって。そうだ!
「エミ!あっちにタンポポの花が咲いてたよ!」
「えっどこどこー!」
瞬殺だった。
エミのこのタンポポに対する執着はいったいどこからくるのだろう?タンポポってあのタンポポだよね?タンポポって名前のヤバいクスリとかじゃないよね?
「ご、ごめんエミ。実は今のは噓だったんだ……」
「えーひどーい。でもま、いっか。後でサラおねえちゃんに虐待されてくれたら許してあげる」
いやそれはちょっと勘弁いただきたいというか。
サラさん!?パーンの素振りを入念にするのはやめてサラさん!
「エミ、空飛んでるあいつをヤるぞ。出来るな?」
「あー鳥さんだー。いいよーエミにまかせてー」
「ニャー」
ヴォルフとカヤは機鎧化を解いて、カヤとエミの立ち位置を交代した。
えっ?
「カツェレーネおうこくしつむしつしょぞく、エミ・アーヴェンシュタインー」
「顕現せよ、機鎧銘:ブラックスワン」
ドウン
えっ!!??
エミが機鎧化し、それにヴォルフが乗り込んだ。エミの機鎧は背中に三対のコウモリの様な羽が生えていて、神話に出てくるガーゴイルに似た姿をしていた。バスカヴィルと同じ赤いラインも入っている。
モニターに映ったエミはカヤと同様漆黒のドレスに着替えていたが、ドレスのデザインは若干ゴスロリ風だった。
ちょっと待って、そういうのアリなの!?核人と機人って一対一の関係じゃないの!?他の人とも契約って結べるの?
「なっ、バカなっ!複数の機人と契約出来るなんて聞いたことがねえぞ!何なんだお前らは!?」
ベルメスの動揺っぷりから、やはりこれが相当イレギュラーなことだということがわかる。ヴォルフ達はいったい何者なんだ?
ちなみに人に戻ったカヤは、見た目も元のオドオドメイドに戻っており「ああ……またやっちゃった……死にたい……」と壮絶な自己嫌悪に陥っていた。
どっちが本当のカヤなのだろうか?。
「だから俺達は特別だって言ったろ?いくぞエミ」
「はーい、『白鳥の湖』」
ドウッ
ブラックスワンは三対の翼で大鷲目掛けて高速で飛び立った。
それは優雅な白鳥というよりは獲物を狩る獰猛な猛禽類の様に見えた。
ブラックスワンはそのまま大鷲の向かって左側を通り過ぎ、すれ違いざまに右側の三本の翼をカッターの様にして大鷲を切り裂いた。大鷲は身体を四つに切断され、そのままバラバラのチップに戻り、花火の燃えカスの如く地上に落ちていった。
「な……何なんだよ畜生がー!!!アルゴス!こうなりゃ手加減無しでいくぞ!」
「はい、ボス」
「『チャック・ア・ラック』!」
ズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウン
今度はチップでバーデン=バーデンと同じ形をした分身を十体も形成した。
十体!流石にこれでは数的不利過ぎる。どうすりゃいいんだ!?
「どうやら私の出番のようね。主役は遅れて登場するものだものね」
サラが颯爽とランウェイを歩くかの様に一歩二歩と前に出た。
サラならこの状況も何とか出来るというのだろうか。
ただ、これまでの流れだとサラのペアもおそらく。
「いくぞ、ブス」
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
まだヴォルフとエミ機鎧化解いてないのにどうやってパーンしたの!?
「私はヴォルフのことなら、例え世界の裏側にいたとしてもいつでもパーン出来るわ」
すっげー。
もうツッコむ気力も起きなかった。
ヴォルフはパーンされた後は無言で機鎧化を解き、そっとサラの隣に立った。完全に飼い主と忠犬の様だった。
「カツェレーネ王国執務室所属、サラ・アーヴェンシュタイン」
「顕現せよ、機鎧銘:アマデウス」
ドウン
アマデウスは中性的なフルート奏者の様な姿だった。姉妹機同様全身が黒く赤いラインが入っている。
非常に優雅な佇まいをしていたが、右手に持っている巨大なフルートはとても禍々しい形をしていて、それを見ていると何故か身体がワナワナと震え出した。
何だ、全身の細胞が無意識にあのフルートを恐れているとでもいうのか。
尚、サラもカヤと同じ漆黒のドレスに着替えていたが、胸のサイズ感故か印象が大分違って見えた。
「……もうその女とも契約を結んでたことには驚かねえ。お前らが普通じゃないのは本当みたいだからな。だがそんな笛でどうやって戦うってんだ!ああ!?」
「この笛の名前は『ディツァウバーフレーテ』。今からこれがあなたを死に誘うわ」
「ハァ?マジで言ってんのか?やれるもんならやってみやがれ。俺の攻撃を食らって、生きてられたらだけどな!」
ベルメスがそう言うとバーデン=バーデンの分身達は各々チップで剣、槍、斧など様々な武器を作り一斉にこちらに突撃して来た。
20メートルを超える巨人の大群が一気に押し寄せてくる様は、絶望以外の何物でもなかった。
「『聖者の行進』」
サラがそう言うとアマデウスはディツァウバーフレーテを口元に持っていき、その笛を吹き始めた。そして演奏に合わせてサラは歌い出した。
演奏も歌もとても美しく蠱惑的なメロディを奏でていたが、同時にその音を聴いていると魂が抜かれるかの様な危険な香りもした。
「私たちは逝ってしまった人たちの
足跡を踏みながら旅をしている
そしてやがてひとつになるのだ
新しく光り輝く岸辺で
聖者が行進していく時
聖者が行進していく時
神よ、私もそこに居たいのです
聖者が行進していく時」
すると見渡す限りの地表にドス黒い靄が現れ、そこから夥しい数の人間の骸骨が出現した。
それは聖者というよりは、地獄から這い出た亡者の大群だった。
亡者達がまるで白い津波のようにうねりを上げながら巨人達を飲み込んでいく。バキバキバキと金属が噛み潰される音がする。亡者達が通り過ぎた後はイナゴの群れが作物を食い荒らしたかの様に、チップの残骸だけが残っていた。
たちまち巨人の群れはその数を半分以下にしていた。
「あ……あ……何が起きてんだ……何が起きてんだよ!?亡者の群れを召喚するなんていくら機鎧でも出来る訳ねえ!お前らは本当に機人なのか!?」
「私は間違いなく機人よ。ただ何度も言う様に少し特別なだけ。敢えて言うなら機人の可能性ってところかしらね」
「訳わかんねーこと言ってんじゃねーぞこの糞アマがぁ!もういい、見せてやるよ、お前らがどんだけ矮小な存在かってことをなぁ!やるぞアルゴス!」
「はい、ボス」
「『チャック・ア・ラック・エニートリプル』!」
ズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウンズウン……
そんなバカな!こいつはどれだけの数の分身を出せるというんだ!
その数は優に百を超えていた。ウェンゼルは余りにも壮絶なその光景に、ただ呆然としていた。
おかしいとは思っていた。当時十機近くの機鎧を保有していたはずのうちの国がたった一機の機鎧に戦で敗けたということに。
だがこれで答えがわかった。こいつは実質、百の大群を一人で保有している様なものだったんだ。これでは並みの機鎧が何十機いたとしても勝ち目は無かっただろう。
「アラアラ、流石にこの数は多少不利かしらね。しょうがないわ、みんなでやりましょう、ヴォルフ」
「ああ、そうだな」
「ニャー」
「あ?みんなだと?」
「カヤ、エミ、来い」
「はい!」
「はーい」
カヤとエミがアマデウスの近くに寄ると、それぞれ改めて名乗りを上げた。
「カツェレーネ王国皇太子、ヴォルフ・レーヴェンブルク」
「カツェレーネ王国執務室所属、カヤ・アーヴェンシュタイン」
「カツェレーネ王国執務室所属、サラ・アーヴェンシュタイン」
「カツェレーネおうこくしつむしつしょぞく、エミ・アーヴェンシュタインー」
「ニャー」
「我が元に集え、冥府の門を守護する三つ首の番犬にして、死を司る漆黒の悪魔よ。顕現せよ、機鎧銘:ディアベリオス」
ドウン
ドウン
カヤとエミが再度機鎧化し、アマデウスと重なるようにした瞬間、三機はドス黒い球状の闇に包まれた。
そして闇が晴れるとそこには、三機が合体した姿が鎮座していた。
躯体のベースはアマデウスのものだが、背中にブラックスワンの三対の翼が付いており、手足の先はバスカヴィルの鋭い爪に変わっていた。とりわけ左手の爪は他と比べても異様な程肥大化していた。顔は絵画に描かれた悪魔の様で、頭に禍々しい角が生えている。右手にはディツァウバーフレーテを持っているが、その先端からグニュグニュと巨大な刃が伸び、まるで死神が持つ鎌の様な形状に変化した。
「が、合体しただと!そんな……機鎧同士が合体するなんて話どんな文献にも載ってねーぞ!それに、その姿は……もしかして噂の……」
「ああ、俺達がその『黒い魔人』だ」




