第1話 邂逅
「なあ、<黒い魔人>の噂って知ってるか?」
「あん、なんだそりゃ?」
「最近この辺りに出没してる機鎧の通り名だよ。その名の通り黒い悪魔みたいな姿をしてて、とんでもなく強いらしい。そいつを見たやつは例外なくあの世逝きだってよ」
「じゃあどうやってその噂が広まったんだよ?」
「さあな。あの世からモールス信号でも送ってんじゃねーの?」
「なんだそりゃ……って痛ッ!」
「あっすいません」
「ってーな!気をつけて歩けやこのガキ!」
「おい、大丈夫か?何か盗られたりしてねーか?」
「えっ、まさか……ああっ!財布がねぇ!!あんの糞ガキッ!!」
男が振り返ると財布を掏ったと思われる少年は、既に人ごみに紛れて姿を眩ませていた。
「ふう、危なかったな。さて、今日の釣果は……チェッ、たった3000サクルかよ」
スリの少年、ウェンゼルがそう零すと、遠くからズウゥンと聞き慣れた地響きが聞こえてきた。音のする方を見ると、案の定それはウェンゼルにとっては悪魔のような機鎧、<バーデン=バーデン>だった。
今でも毎晩あの悪魔が夢に出てくる。あいつが、目の前で次々に。
フゥ、と自分を落ち着かせるために息を吐くと、突き刺すような眼でバーデン=バーデンを睨んだ。相変わらず趣味の悪いカジノのディーラーのような見た目をしている。
機鎧の容姿には核人のパーソナリティも大きく影響するそうなので、きっとアイツの捻じ曲がった精神が色濃く反映されているに違いない。今も大方ちっぽけな威厳を示したいがために、機鎧で街中を闊歩しているのだろう。
そしてあのカジノに還っていくのだ。
「いつか絶対殺してやる」
今まで何度言ったかわからないその台詞を吐くと、踵を返して市場の方に歩き出した。
アイツの姿を見てドス黒く濁った心は、そう簡単には鎮まりそうになかった。
なるべくなら一日で二回のシゴトは避けたかったが、次こそ満足のいくだけの金を手に入れて幾ばくかの優越感に浸りたかった。
獲物を探して辺りを見渡す。と、普段はあまり気にかけない賞金首の掲示板が目に入った。
『デッド・オア・アライブ
氏名:ヴォルフ・レーヴェンブルク(カツェレーネ王国皇太子)
年齢:20歳
身長:185cm前後
懸賞金:5億サクル』
5億サクル!それだけあれば一生遊んで暮らせる。まあ、自分には縁のない話だろうが。
しかしカツェレーネ王国といえば二週間くらい前に、他国との戦争で敗けた北東の大国ではなかっただろうか。賞金首になっているところを見ると皇太子だけは国から逃げたのか?
色々と疑問は浮かんだが一番解せなかったことは、賞金首の人相書きがどう見ても王族に見えなかったことだ。金髪なのはまあいいとしても、目付きが異様に悪く、金色の瞳は視線だけで相手を射殺そうとしているようにしか見えない。しかも左眉の上に大きな傷がある。メガネを掛けているが、それがかえってインテリマフィア感を醸し出している。
実物との容姿に差異があると人相書きの意味がないから、賞金首だからといってわざと悪人面に盛っているわけではないのだろうが。
そんなことを考えていたらいつの間にか足元にキジトラ柄の猫がいて、こちらに擦り寄ってきた。
「ニャー」
「おっ、何だお前ノラか?ごめんな、食えるようなもんは何も持ってないんだ」
猫は嫌いではない。そういえばグレールも猫が好きだった。
思わず涙ぐみそうになるのを堪えるため、猫を抱いてみるとまったく抵抗せずに腕の中に収まった。チラッと確認してみるとメスのようだ。
性別を確認されたのが恥ずかしかったのか、腕から逃げて地面にシュタッと降り立ったので、今度はしゃがみ込んで猫の喉元を撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。
すると背後に誰かが立ったような気配を感じたので、ふと振り返ると。
「オイテメェ、何勝手にひとの愛猫の喉ゴロゴロさせてんだゴルァ」
「えっ……」
先程の人相書きとよく似た男が目の前に立っていた。




