#9 森と墓地と未知と
時は、ヨフミの説明の時まで遡る。
訳も分からず翔換された内の一人、ジュンヤはひどく困惑していた。
バイトのために急いで自転車を走らせていたはずなのに、角を曲がった途端に視界がブラックアウト。
気付けば白い覆面を被った女性が何かを話している。
聞けば、ゲームをさせられるそうだが、少年は生まれてこの方ゲームなるものをまともに触れたことがない。
何故か一切身動きとれないこの状況、どうすべきか考えてるうちに、また視界が消えた。
視界とともに消えかかる意識のなかで、ひとつの声が聞こえてくる。
君には迷惑をかける。いつかその詫びをしよう。
そのすべてを聞き終える前に、彼の意識は途絶えた。
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目が覚めるとそこは、見渡す限りの森の中だった。
だが、一切の現実味が感じられない。鬱蒼と生い茂る木々の葉は日光を浴びて青白く輝き、その周囲をホタルのような光が無数に漂っている。
これがゲームというものか。
テレビゲーム経験ゼロの現代人らしからぬ少年ジュンヤは、多少違和感は持ちつつもあの不可思議な状況を完全に信じきっていた。
「こんなとこに人がいるなんて、珍しいこともあるんだね」
背後、声のした方に顔を向けると、そこにいたのは薄いクリーム色の髪の少女だった。
あのヨフミという覆面の女性が言うには、獣人と言われる動物のような特徴を持つ人がいるそうだが、彼女は一見普通の人にしか見えない。
が、よく見ると耳が横に長く尖っている。なんの動物なのか。
「………君は、誰?」
「私は、サネカ。君こそ誰なの?こんな辺鄙な場所に来てる時点でかなり変人だとは思うけど……」
サネカと名乗った少女は目を細めてジュンヤを見つめている。
何か怪しまれているのだろうか、少年は全て包み隠さず伝えることにした。
「俺の名前はジュンヤ。信じられないかも知れないけど、実は変な人に突然誘拐?されて、気づいたらここにいたんだ。だからここがどこかもわからないんだ。よければ教えてくれないか?」
何よりも真剣な眼差しで少年は訴える。
そのジュンヤの予想外の言葉と行動に、サネカは思わず含んだ笑いを溢した。
「君は面白いことを言うね。いいよ、教えてあげる。ここは旧スレパラクニ、忘れられた墓地だよ。私はここに毎朝墓参りがてら、散歩をしにきているんだよ」
近くの塀に腰をかけ語る少女を、ジュンヤは尚も真面目な顔で見つめる。
しかしサネカが喋りおわると同時、ジュンヤの腹から音がなった。
その音を聴き、しばらく二人の間を静寂が包み込む。
「よければ家にくる?大したものはないけど、ちょっとくらいならごちそうしてあげるよ」
「…………お願いします」
そういってクリーム色の少女に連れられ、ジュンヤは森の奥へと向かっていった。
いくらか歩いたところで、サネカは突然歩みを止めた。
後ろに着いていたジュンヤは、ぶつかりそうになりながらも寸でのところでブレーキをかける。
「私、一つジュンヤに謝らなければいけないことがあるんだ」
先程までとは打って変わり、少女はどこか雲がかった暗い声で口を開いた。
それを聞きジュンヤは何の事?となんとも素朴な問いで返す。
「………………実はね、私の本当の名前、サネカじゃなくてク、クレルだって言ったら、君は怒るかな」
クリーム色の髪の少女は拳を固く握りしめ、小さく肩を震わせている。
対する少年、ジュンヤは首を横に傾げていた。
「なんで嘘をついたのかはさっぱりだけど、別にそんなことで怒ったりはしないよ?」
彼が声を発した途端、少女は震える肩を大きく飛び上がらせた。
しかし彼の言葉を聞いて一気に力が抜けていったのが見てとれる。
「……まあ、冗談なんだけどね」
「え、え?」
サネカは軽い足取りでさらに森の奥へと進んでいった
彼女が何を気負っていたのか、ジュンヤにはついぞ分からないまま。
それからまたしばらくして、小さな古民家の様なものがいくつか見えてきた。
「さてさて、到着だょ…………えっ」
「……え?」
先導していたサネカが振り返ると、ジュンヤの膝から下が透けており、次第に腿、腰、腹と消えていき後ろの風景がうっすらと見えてくる。
「なっ……え、なにこれ」
ジュンヤは自分のことのはずなのにあまりに違和感がなく、実感が持てずに混乱している。
「ちょっとちょっと、それどうなってるの?!」
サネカはあわてて残っていたジュンヤの手を握ると、サネカもろとも二人まとめてその場から消えた。
跡形も何も残さずに。