#8 起点と夕日と御尋ねと
目を覚ますと、見覚えのない深い森の奥にいた。
暮れる夕日に照らされ、キラキラと木々が輝いている。
夢うつつの頭はその美しさに見とれていたが、なぜ自分がここにいるのかを思い出すと、弾けるように飛び起きた。
バンの隣には、フードを深く被り、疲れきった表情のハルトがいた。
その姿に少年は思わず息をのみ、声をかけるのを渋る。
そのまましばらくの沈黙が続き、先に口を開いたのは赤髪の少女だった。
「事の顛末を話すよ、そんなに長くはないけど…」
彼女はそう切り出した。
夕日が影を作りだし彼女の表情はよく見えないが、とても暗い空気だというのはひしひしと伝わってくる。
「ハンスさんが……………殺された。おまけにクアロフ族の集落から逃げ出してきたから、絶賛宿無し文無しのおたずね者だよ」
それを聞いた途端、バンは全身に鳥肌が立つのがわかった。
ハルトの冗談は健在と見せかけて、いつも通りの元気を感じさせない。
「何でっ―――――」
助けられなかった!と声を張り上げたかった。
バンのせいだと今すぐ自分を殴ってほしかった。
クアロフを殺してしまいたいと悔恨と憤怒が込み上げてきた。
バンはそれほどまでにこの二人に対して情が芽生えていた。
だが、少年の目には、血がにじむほど強く握られたハルトの拳が映ってしまった。
彼以上に、ハルトが感情を堪えていることに気づけていなかった。
バンよりも怒り、バンよりも悲しみ、バンよりも苦しんでいた。
「………バン君は、これからどうする?」
先程までよりも悲しみに満ちた声で問いかけられた。
しかし即座に返答することは出来ない。
「俺は……」
バンは口をつぐむ。
もしここがゲームであることを告げれば、合点のいくような話ができるかもしれない。
今のハルトならば、多少違和感は覚えても、疑いなく信じてくれるかもしれない。
だがそれはハルトの弱った心境に漬け込むようで、バンの良心はそれを許さなかった。
「……もしよければ、バン君についていかせてくれないかな」
バンが口をまごつかせてる間に、ハルトから声を切り出した。
「もう気に入った人が見えないところで傷つくのは嫌なんだ。…………もちろんバン君が来るなというなら、無理強いはしないけどさ」
ハルトは笑顔で答えるが、とても悲しみを隠しきれてはいない。
その顔を見て、バンの中で何かが固まっていく。
「俺は………、クアロフ族を許せない。けど、今戻ったところでどうこうできる気がしない、むしろ俺が足を引っ張ってしまう」
そうだ、もとはと言えば自分が変な話を切り出したから、自分と出会わせてしまったのがいけなかったのだとバンの中に何か強い思いが渦巻いてくる。
「俺は広場を燃やした犯人を知ってる。まずはそいつを探すためにこれから旅に出るよ。そいつを踏み台にしてここに戻ってくる。だけど、俺がこの世界について知ってるのは、あの集落、といってもハンスさんの家ぐらいだ。だから………俺から頼む。一緒についてきてくれないか?」
バンは全力で頭をさげた。
ただ静かに、木々が風で揺らめく音だけが響く。
「……バン君は一人じゃちょっと残念な人だからね。そしたら、ついていかせてもらおうかな」
返ってきたのは、爽やかとは言えないが、なんとも綺麗な笑顔がだった。
やっといつものハルトに戻り、バンはほっと胸を撫で下ろした。
「……で、その犯人は誰なの?」
「…………わからん」
「え……………?」
ハルトの口はぽかんと開き続けていた。
自分から知ってると言い出して置いてのこの返事だ、無理もない。
「わからないんだ。どこにいるかも、名前がなんなのかも。わかるとしたら、電気みたいのをまとってて大きな鎌を持っていることぐらい……」
「これは……、ずいぶんと長旅になりそうだなあ」
ハルトはそう言いつつ上を見上げて乾いた笑い声をだした。
その日、二人はそれぞれ隠し事を残しつつも、笑顔で夜を明かした。
この世界で彼らの物語の結末がどうなるかも知らないままに……