#5 不意とシリアスと雷と
時間は現在に戻り、バンはハルトに連れられ属性岩と呼ばれる物を目指して山道を進んでいた。
「そういや、昨日聞き忘れたけど属性岩ってなに?」
「よくぞ聞いてくださいました!属性岩って言うのはね、名前の通りその岩に触れた人の属性を確かめることができるんだよ。ただし属性にも当たり外れがあるからね。過度な期待は後悔しかうまないよ~」
ハルトはそう言いつつも、軽やかな動きで足早に進んでいった。
おまけに鼻歌もまじり、やけに上機嫌なのが見てとれる。
「じゃあハルトの属性ってなに?」
「……………属性持ち自体、珍しい存在だから。属性があるってだけで優遇させることもあるぐらいにはね」
その答えにバンはなんとなくうなずいたが、肝心の答えははぐらかされた。
恐らく彼女は属性持ちではなかったのだろう。先程までより少し顔をうつむかせているように思える。
「それより、ハンスさんは普段は何してる人なの?」
バンは話題を変えようと今この場に同行していない男の話を持ち出した。
誘わなかった訳ではないが、用事があるから二人で行けと軽くあしらわれていた。
「それは私も不思議に思ってるよ。確かに一年ぐらい一緒にいるけど働いてるとこみたことないよ。ただの無職とかだったりして」
赤髪の彼女はケラケラと笑ってみせる。
「そうなのか。ならハルトは………」
「さっきから怒濤の質問ラッシュだね。敬語やめたとたん口が軽くなった?それとも私たちに興味津々?」
ハルトはにやつきながらバンの顔を覗きこんだ。
相手が獣人のようには見えないため質問を続けていたが、迂闊だったか。
冷静に対処したいが言葉が浮かばない。
「えっ、いや、そ、そう言う訳じゃ―――」
「そんなこんなしてるうちに到着だよ~」
そう言ってハルトが手を広げて示すと、調度自動車一台分ほどの大きさの岩があった。
岩というよりかはまるで機械のような、だが苔の生えたその肌を見て、バンはその謎の雄々しさに息を飲んだ。
「ここにそっと手をあてて。もしバン君が属性持ちなら、属性岩はそれがなにかを示してくれる」
ハルトに指示されるままに、バンは手のひらを指定された場所へとかざす。
その途端、属性岩全体が青色に発光を始めた。
その光にバンは目をつむり、ハルトは発光に負けじと目を輝かせている。
発光はしばらくの間続き、それが収まると、光を放っていた箇所に「氷」と漢字が一文字浮き上がってきた。
「バン君きみすごいよ!ホントに属性持ちだったんだ!!!」
ハルトは一人で騒ぎ立てながらぴょんぴょんと跳ね回る。
彼女の声はその興奮のあまり裏返っていた。
「なるほど『氷』かぁ~……あ、もう手を外しても平気だよ」
光のせいで、バンは目の前が少しチカチカしていたが、そんなことは一切感じていない様子でハルトは落ち着きもなく属性岩の周りを歩き回っている。
「聞いてた通り初発光は光り方が特殊なんだね、それに青かった。ああ、もう興奮がおさまらない!」
悶える彼女を他所に、少年は少し考え込む。
氷。バンの予想とは少し外れたが、この様子だと属性の数は○ケモンぐらいなのだろうか。これが今のバンの中で出来た属性に対する簡単な解釈だった。
「ねえハルト、属性の力ってどうやって使うの?」
「あ、ごめんごめん。その辺に関してはなんも説明してなかったね」
数日前にバンは念じるだけなら試したが何も起こらず、何か特殊な条件があると踏み属性は無くとも何やら知っているであろう彼女に問いを投げる。
当のハルトは近くの石に腰をかけ、人差し指を立てながら説明を始めた。
「まず属性の力を使うには簡単な詠唱………というより技名かな、それを唱えなきゃならない。オリジナルの言葉であることが最も望ましいって感じかな。羞恥心は忘れて思いっきり叫ぶといいよ」
要するに技を言えばそれっぽい物が起こるとの事だ。
しかしそういわれても正直なにも思いつかないバンは仕方なく、
「…………アイス」
彼は小声で氷の呪文を唱えた。恥ずかしがったためかオリジナルでないためか、またはその両方か、当然なにも起こらなかった。
「まあいきなり羞恥心忘れろって言うのも難しい話だからね。少しずつ慣れていこっか。さて、ハンスさんにも教えてあげたいし、そろそろ帰ろ」
バンには、そう言って歩き出すハルトの足取りは、が今日一番に軽そうに見えた。
――――――――――――
空は曇天の雲に覆われ、少し薄暗くなってきた。
属性岩からハンスの家までは、徒歩で片道三十分ほどかかる。
この集落に自転車や車などの乗り物はなく、皆移動の際は歩くか空を飛んでいた。
バンは、一度休もうとハルトに声を掛けようとしたが、彼女の目は輝きにとらわれとても耳を貸してくれそうになかったので諦め後をついていく。
しかし丁度下山し終えた所で、唐突にハルトが口を開いた。
「……バン君ってさ、口が堅い方の人?」
ハルトの視線は変わらず前を見つめている。
「えっと……、まあ、人並みには」
「君は私のお気に入りだし、なお且つ属性持ちだったからなあ。……………うん、特別に私の秘密を教えてあげるよ。これはハンスさんにも教えてないとっておきだからね。実は私――――」
何かを打ち明けようとしたハルトの声は、突然鳴り響いた轟音によってかき消される。
地をも揺らすかのような激しい音。バンがハルトの方を見ると、先ほどまで眩しかった彼女の瞳からは光を感じられなかった。
ハルトの見つめる先には、クアロフの中央広場があった。正確にいえば、中央広場があったはずの場所だった。
轟音の原因であるその場所は、ほとんど原型をとどめておらず、激しく炎が燃え盛っている。
炎に包まれる集落を見て何事かとバンがハルトを再び見ると、目の前にいたはずのハルトはとっくに走りだし、もう小さくなっていた。
バンは彼女を見失わないよう必死に走りだすが、ハルトの姿はもう既に見えなくなっていた。
――――――――――――
疲労している足で駆けるバンは注意力、体力共に散漫になっていたのだろう。
「―――――――!」
広場の跡地に来たところで、目の前が白く発光する。どうも既視感を覚えるが、例の気持ちの悪い症状とは何かが違う。
しかしなぜバンはこう何度も目の前の色が突然変わるのか。考えている余裕はもちろんなかった。
「君の顔には見覚えがあるよ、これと顔も一致してるし。君がどうかは知らないけどね」
黄色と紫色のオッドアイの女性。片手に大きな鎌のような武器が握られ、反対の手では本が開かれている。
これほど印象に残りそうな知人はバンにはいない。
どこかで見たことがあるような気がしなくもないが、いやそんなこともないか。
「さてそれじゃあ、とりあえず死んで♡」
そういって振り下ろされた鎌を、少年は間一髪でなんとか回避する、ただのまぐれだ。
翼も無ければ鳥の顔でもない、とすれば考えられる可能性は一つだろう。
バンは、殺し合いを無理矢理やらされるためにここに来たことを半ば忘れていた。
距離をとろうと走り出すが、腰が抜けてしまったのか、バンはすぐに転げる。
目の前の彼女は両腕に電気を帯び、バチバチと音をたてながら歩み寄ってきている。
燃え盛る広場の跡地と、すべてを覆い隠すような水を頭上に……………
――――――――………………………水
彼の視界で捉えたものの中で、最も意味不明なもの。
バンが状況を理解する前に、水は落ちてきた。
広場の火は民家に燃え移りかけているところで消火され、その場にいた二人は盛大に水を被り、彼女が先程までまとっていた電気は消えていた。
「あちゃー、このままじゃ私の方が被害が甚大かな。………ここまでやったけど、やっぱりこういうのは傍観するにかぎるかなあ」
「何が…………なんだか……」
「君を殺せなかったのは残念だけど、私はここでドロンさせてもらうよ。……『エレクトロ』!」
彼女は叫んだ直後、バンの目の前から姿を消した。
バンの心の中では不安や恐怖、絶望が渦巻いていた。
足は震え、立ち上がれない。完全な異質を目の前にし、本当の恐怖を覚えた。
その時バンの頭の中に浮かんだのは、ある日の夕食の様子だった。
走馬灯にしてはやけに直近であり、ましては現実世界のものではない。
一ヶ月ほど続いた、とても濃い『普通』の日常。
少年は直前までの震えが嘘かのように自然と立ち上がった。
もしこの襲撃が彼女だけによるものだったのなら、脅威はもう過ぎ去っている。
だがバンは恐怖で混乱し、とにかくハルトが向かったであろうハンスの家へ向かわなければいけないとしか、今は考えられなかった。