三話『フィーリス先生の魔術講座・後編』
意識を取り戻した時、真っ先に感じたのは後頭部になにやら柔らかい感触と、聞く者の心に響く綺麗な歌声だった。
その歌声に誘われる様に目を覚ますと、フィーが目を閉じながら祈る様に歌を口ずさむ姿があった。
なぜか、邪魔をしてはいけないような気がした事を幸いに、心地よい歌声に身を委ねる。
どれ程そうしていただろうか? 歌い終わったフィーがゆっくりと目を開き、優しい眼差しをこちらに向ける。
「わ! わ!? 起きてたんですか!? 今の、聞いてましたか…………?」
予期せぬ出来事に目を白黒させながら、おっかなびっくりといった感じで聞いてくるが、何を戸惑う事がおろうか?
惚れ惚れする様な歌声で、もっと聞いていたいぐらいだというのに。
「あぁ、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、気持ち良さそうにしてたから邪魔したくなかったんだ」
内心の事はお首にも出さず、爽やかにそう言ってのける私。
どうだね? これができるオトナというものだよ。などと馬鹿な事を考えつつ身体を起こす。いや、フィーに膝枕してもらってたのが恥ずかしくて誤魔化しているのではないんだよ? ホントダヨ?
「ありがとうございます。でも、歌はあまり上手くないので恥ずかしいです」
そう言ってはにかむフィー。
あぁもう! 前世の私には、そんな経験がないからなのかもしれないが、こう胸にクル物があるとは思わないか?いや来ないわけがない!
「うまくないだなんてそんな! とても綺麗な歌声だったよ」
「もう、おだててもなにも出てきませんよ?」
どうやらお世辞だと思われているようで残念な事である。
才能とは、いくら他者が認めたとしても、自身が認めなければ意味が無いというのに。
「さて、お勉強の続きを始めましょう!」
微かに漂い始めた甘酸っぱい匂いのしそうな空気を吹き飛ばす様にフィーがそう告げる。っとそうだった、魔術の使い方を学んでいる所なのを忘れていた。
夢? で見た駄女神とのやり取りとフィーの歌ですっかり失念していた。
「それではシグさん、集中してください。
世界に満ちている魔力を。確かにそこに存在する魔力の息吹を感じてください」
フィーの言葉に誘われ、目を閉じて意識を集中させる。
空気のように目に見えず、実体を持たないが、確かにそこにあるであろう魔力を感じられる様に………………
するとどうだろう? 今まではわからなかったが、私達のいる広場全体に、暖かくも涼やかな感じのする力が漂っているのを感じた。
そして、フィーのいる辺りからは別の、柔らかく包みこんで安心させてくれる様なモノを感じる。
【スキル:魔力探知を獲得しました】
【スキル:魔力吸収を獲得しました】
「そうです。それが魔力です。そのまま体の中に意識を向けてみてください」
フィーの言葉に誘われるがまま、外に向けていた意識を己の中へ更に深くへと沈ませていく。すると、泉の源泉とも言えそうなモノを感じた。
なるほど。これが私の魔力の源なのだな。そう感じると共に、周囲の魔力を取り込む事はできないだろうか? という疑問が頭に浮かぶ。疑問に思ったらやってみるのが一番であるな!
内側へ向けていた意識の何割かを再び外へ向け魔力を捕捉する。
さて、ここからどうすればいいかなぁ……
ひとまず呼吸の要領で試してみるか?
そう思い、深呼吸して魔力を自身の身体に取り込むのをイメージする。
すると、周囲に漂っていた魔力が自身に満ちていくのを感じた。
【スキル:詠唱破棄を獲得しました】
【世界の法則に新たな事象が追加されました】
【職位:魔法使いを獲得しました】
【世界の法則に事象が追加された事に伴い、新たにアーツ:元素魔法及び、
職位:元素魔法使いが作成されました】
【アーツ:元素魔法・魔力吸収を獲得しました】
【職位:魔法使い及び、元素魔法・魔力吸収の獲得により、職位:元素魔法使いを獲得しました】
【魔力の許容量が危険域に達しました】
【スキル:智恵の女神の加護の権能が解放されました】
【権能の解放に伴い、権能:次元収納を獲得ました】
【余剰魔力を権能:次元収納に蓄積させますか?Yes/No】
ふぁ!? なんか一気に色々獲得したけど、どうゆう事? しかも『魔術師』でなくて『魔法使い』ってどゆこと!?
それより何より物騒な単語があったんですけど!? どうなるかわからないけど、ここはYesを選ぶべきだと私の直感がそう告げている。
【対象の意思を確認しました】
【元素魔法・魔力吸収によって獲得した余剰魔力を、権能:次元収納に蓄積させます】
突然の出来事に集中が切れた私は、恐る恐る目を開く。すると、そこには先までの美しく長閑な風景の代わりに、見るも無残に枯れ果てた草木の姿があった。
「え! なに? どうゆう事!?」
この状況を唯一説明してくれるであろう、フィーの肩に掴みかかりながら、まともな問を発せない私の姿を見て、フィーはようやく目に力が戻ったのであった。
「なんて危険な事をしているんですか!?」
開口一番に響いたのは、状況を説明する言葉ではなく、私を厳しく追求する言葉であった。
「え? いや、危険な事ってどうゆうこと?」
「あぁそうでした……。
シグさん、魔術に関しては知識ゼロだったんですよね」
なぜかジト目になりながらも、ようやく一定の冷静さを取り戻したフィーは、先程の行動がどれ程危険な行為であったのかを説明してくれた。
「いいですか? 魔力を蓄えておける容量は先天的に決まっていて、後天的に増えるという事は基本的にありません。
なので、それ以上魔力を蓄えようとしてしまうと器。つまりはその人自身がもたないので、最悪の場合は身体の内側から爆裂します。
そこまでにならなくても、取り込んだ魔力が強引に身体を突き抜けるため、魔術を行使するための回路とでも言うべき部分がズタズタにされてしまい、二度と魔術が使えなくなってしまいます」
こわぁ……
そりゃぁ、天使なフィーも取り乱して激怒しますよ。
あれ? でも魔力って使い捨てでなくて、自然回復するよね? それで爆裂なんて事にはならないのかな?
いやまぁ、そんな間抜けな話は聞いたことないのだが……
「もちろん。自然回復する程度でしたら何の問題もありません。
魔力というのは基本的に自然消費と自然回復のバランスが取れる様になっています。
そして、使った分の魔力を回復させようと無意識の内に元栓を緩めて一時的に回復量を増やしているという形になります」
「なるほど。栓を抜いた湯船にお湯を一定まで溜めている様な感じなんだね」
「概ねその通りです。
それで、先程シグさんが行使した魔法が問題になって来るのですが、何故だかわかりますか?」
「うん。密閉した容器の中へ強引に空気を詰め込むって事と同じだよね?
つまり僕は自殺しかけていたという事か……」
「その通りです。ですがそれだけでなく、周囲の惨状を見ていただければ分かると思いますが、生命力と魔力は密接に結びついていますので、魔力が枯渇したモノの末路はご覧の通りです。
なので、今後は今の魔法は控えていただけると…………」
「うん。コレは凄く危険な魔術なんだね」
フィーの言葉に今更ながら危険を思い知る私であったが、聞こえた世界の声から察するに、私の場合魔力限界というのはあまり気にしなくてもよさそうだ。
などと考えていると、追い打ちをかける様にフィーが続ける。
「今のは魔術ではなくて魔法ですよ?」
「えっと、それってどう違うの?」
「先程ご説明した通り魔術とは、世界の法則に干渉し、その法則を顕現させる事を指すのですが、魔法は世界の法則に干渉して術者が新たな法則を書き加える事を指します。
ですので、使用する魔力量は桁外れに多いのですが、具現化される事象に関しては術者の創造力次第でいくらでも起こりうる事になります。
ですが、法則を新たに書き加えるという事は、誰にでもできる事ではないですし、新たに加えられた法則も基本的には、改変者の死後に記述が消されてしまうので、改変者の固有能力の様な扱いになります」
「つまり、僕は想像以上にとんでもない事をしてしまった訳か……」
「そういう事です。なので、今後は私の為にも事前に相談していただけると助かります」
フィーの言葉には、こちらに対する気遣いしか感じられず、一層申し訳ない事をしたという気がしてくる。
「ごめん。今後はそうするよ。フィーにはあまり心配かけたくないしね」
「はい! お願いしますね?」
そうしてようやくフィーに笑顔が戻る。
その事に安堵しながら、折角獲得したけど魔力吸収は封印だなと自らを戒めるのであった