一話『二度目の人生』
「……てください! 起きてください!!」
体を揺すられる感覚で意識が徐々に覚醒していくのを感じる。
「起きてください! シグレイシアさん!!」
「…………ここは?」
ん? 自分が思ったのと同じ事を誰かが言ったのか?
声変わり前特有の少し高い少年の発する様な声が聞こえたんだが……?
確かに口の動く感覚はあったのだが、聞こえた声が自分の物であると認めるには些か問題が……
いや、それはどうでもいい。それより問題なのは一目で廃墟とわかる程に破壊の爪痕が残された周囲の状況だ。
ナニカが記憶を刺激してくるが心が思い出すのを拒絶しているのか、ハッキリと思い出すことが出来ない。
「大丈夫ですか?
意識を転移する際には負荷がかかるのですが、どこか異常を感じますか?」
いかんな。どうにも自分は思考に意識を割くと他が疎かにしてしまう気があるらしい。
今後は要修正だなと頭の中に書き込み、先程から聞こえる声の方に意識を向けると、二対の純白の翼を背負った金髪碧眼の幼女がいる。なんだ? この幼女?
有翼人種にしては違和感があるし、人族にはそも翼などあろうはずもない。
混血か? いや、だが、誰かに似ているような・・・
ともあれ、彼女と会話するしか今はできる事が無いようだ。
既視感を感じる様な気もするが、気にしても仕方あるまい。
「大丈夫。
何だか頭に霧がかかってるような感じがするけど、それ以外は特に何も」
また聞こえたぞ。認めたくは無いのだが、先程聞こえた少年の声はどうやら私の声であるらしい。 つまりは何か? 私は若返ったという事なのか?
「身体に馴染むにつれて、その霧も晴れていくことでしょう」
私の事を、心底案じてくれているだろう幼女が、そう言いつつ安堵の笑みを浮かべる。
なぜ、この幼女は私の事を心配する? まさか天使か? 翼もあるしもう天使でいいのでは?
「まずはご挨拶をしなくてはならないのですが、時間がありません。
落ち着ける場所まで移動してから全てご説明いたしますので、付いてきてください!」
そう言うと幼女は私の手を取って立たせると、思いの外強い力で私を連れて森の中へと引き込むのだった。
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そうして連れられて来たのは、森の中でもなお目立たない様な場所にある洞窟であった。
ここまでの道程の中で大体の経緯を思い出せたのだが、状況を整理する為に今一度思い返してみよう。
まず、私の名前はシグレイシア。
故郷はネリカというグランリシア聖教国の辺境に位置する小さな村である。
黒死龍ゼプツェンの襲来により壊滅するも、偶然居合わせたアルジェント・クロムウェルの活躍により私だけが生き残る事になった。
その後彼に憧れて剣の道に進むのだが、良き貴族アイゼンバーグ卿のご好意により養子縁組をして 貴族の仲間入りを果たし、フォンの敬称とアイゼンバーグの家名を賜る。
その後も剣の道を追求した結果、聖騎士の職位まで獲得した後に大往生。
というのが前の人生でのお話だ。知識としてその事を覚えてはいるが、実体験として認識するには些か現実味が欠けている感覚がある。
他に適当な言い方が思いつかないので、ここまでの事を便宜上、前世という事にしておこう。
閑話休題。さて、死後の世界とでも言えばいいのか? 智恵の女神フィルファリア様から呼び出しを受けて、英雄が英雄じゃなかったの! それに騎士の適正なんてないヨ✩ などと言われて絶望した所へつけ込むように『じゃ、ちょっとやり直してみよっか?』と言われ意識を失った。
そして気がついたら身体が縮んでいた!? というわけではなく、自称女神の言った事を考えるに、ネリカでの騒動が終わった直後の私の身体に、前世の記憶を転送させたというのが、今世のこれまでのお話だ。
さて、目の前にいる幼女に関して、凡その検討はついているが、何事も確認は大事である。
それに間違ってたら気まずいしな! という事で、まずは幼女が何者なのかという事を明確にさせよう。
「まず確認したい。キミは誰なんだ?」
「既にお気づきと思いますが、シグレイシアさんの助けになる様、設定されたフィルファリア様の分体です。
フィルファリア様の持っている力の一部しか使えませんが、お役にたってみせます!」
おおぅ、やはりか…………
いや、あの時に見た自称女神を幼くしたら、こんな感じなんだろうなとか思っていたが、あの高慢な女神モドキから、こんなにも健気な娘が派遣されるとは。幼女趣味はないのだが、きゅんきゅんしそうになるのは仕方ない事であるよな? これがギャップ萌えとかいうヤツか? いやなんか違う。
「ありがとう。それと、僕の事はシグと呼んでくれ。
友や仲間はみんなそう呼んでいたし、仲間であり、共犯者であるキミもそう呼んでくれると嬉しい」
咄嗟に僕と言ってしまったが、意識が身体に引っ張られるのか口に出す一人称は僕の方がシックリ来るなぁ……
「わかりました! シグさん、これからよろしくお願いします!」
弾けんばかりの笑顔を浮かべた幼女がぺこりとお辞儀をする。
あぁ、もう、ホント、なんであんな性悪からこんなに素直な娘が(以下略
「キミの事はなんて呼べばいい?」
「ごめんなさい。フィルファリア様の分体である私には個体名称が設定されていないので、『おい』とか『お前』とかで全然大丈夫です!」
「いや、これからの事を考えると、名前があった方がなにかと都合がいい。なにか希望はあるかな?」
「そういう事でしたら、シグさんが私に名前をつけてください」
そういうと、幼女は期待に満ちた眼差しで私の事を見つめてくる。
あぁやめてくれ。私には名付けの才能なんてないのだからそんなに期待しないでくれ。
だが、彼女たっての希望とあらば仕方あるまい。ここは一つ頭をフル稼働させてとびきりの名前をプレゼントする事にしよう。さて、どんな名前が良いか……
エメラルダ? いや、なんかしっくりしない。フィルファリア? いやいや、女神様と同じ名前ってのはマズい。
だが、それに因んだ名前ってのはいいのでは? よしその方向で考えよう。ファラリス? フィリア? リア? フィリス? フェリシア? フィーリス? おお! フィーリス! これならいいのではないか?
「……………………フィーリスというのはどうだろうか?」
「フィーリス? フィーリス。フィーリス……」
と、幼女は何かを吟味するかの様に繰り返し呟くと、先程の笑顔より一層輝く笑顔を私にむけてくれた。
「ありがとうございます! とっても素敵な名前です! 」
「気に入ってくれたみたいで良かった」
「もしかして、本体のフィルファリア様が由来だったりしますか?」
「そうだよ。それになんかフィーって感じがしたから」
「ありがとうございます。
分体となって別意識を持ってはいますが、やはり繋がりを感じるのはとっても素敵だと思います。
いただいたお名前、大切にしますね!!」
あぁ、もうホント(以下略
「さて、これからどうするかについてだけど、なにか案はあるかな?」
「そうですねぇ。以前と同じ事をやっても目的は達成できませんし、なにか思い切った事をするのがいいんじゃないかと思うのですが・・・」
「確かに…………。
そういえば、気になってたけど僕の天職ってなんだろう?」
「今の私では、詳しく判断する事ができませんが、シグさんには魔術の素養があると思います」
「魔術の?」
「はい。普通の方には見えない事の方が多いのですが、シグさんの周りには多種多様の微精霊達が集まっています。
まだ意思を持たない微精霊達ではありますが、ここまで彼らに好かれているというのは、あまり例のない事ですので」
なんと。前世の私は前衛職だったのだが、本来の私は後衛職にこそ適性があったとは。
いやはやなんともまぁ、皮肉な事ではないか。
「確認なんだけど、どの魔術に適性があるのかはわからないのかな?」
「フィルファリア様でしたらおわかりになるのですが、私にはそこまでわからないんです」
「あぁ、そんなに気にしないで。そこまでわかってしまうのは都合が良過ぎると思うからね」
体全体を使って、申し訳なさそうにするフィーにフォローを入れつつ、地雷になりそうな話題から建設的な話に変えるとしよう。などと愚考する次第であります!
まぁアレだ。幼女が悲しそうにしてたら、誰だっていい気はしないだろ?
「今後の方針としては、ひとまず他国に移ろうと思うんだけどどうかな?」
「それでいいと思います!
このまま留まるのは得策ではない。というのはわかるのですが、どこかアテはあるのですか?」
「うん。まぁ、僕に魔術の適性があるって事なら、やっぱりイグノーゼスに行くのが一番なんだと思うんだ。
あそこなら魔術学校もあるし、学ぶなら最適の場所だからね」
「それは賛成できません。
確かに、学ぶという目的においてはこれ以上ない場所ですが、どこかの国に属してしまうと様々な制約に縛られて、目的の達成ができなくなってしまいます。
それに、精霊の集まり方から推測すると、シグさんの魔術適性はかなり高いと思われます。
真理究明を国是としている場所に、今の実力で行ったら良くて賓客としての牢獄生活。最悪研究材料にされかねません!」
「それは確かに避けなきゃならないね…………
そうなると、どの国にも属さない方がよさそうだ」
となるとどうする? 私の目論見としては、イグノーゼスで魔術を学んだ後に機を見てアルジェントに報復を。と考えていたのだが、どうにもいい未来が待っていないらしい。
かと言って、私には魔術の心得などないのだから、なにかしらの取っ掛かりは欲しいのだが……
詰んだか? いや待て、早まるな私。なにか、なにか道はあるはずだ。ないと困る。むしろ無ければこじ開けるくらいが丁度いいのか?
「あの!」
おおぅ。どうやらまたやらかしたようだ。思考に浸るのはよくないとわかっていたはずなのだがなぁ…………
「あ、あぁ、ごめん。ちょっと考えすぎていたみたいだ。どうしたの?」
「簡単な魔術でしたら私が教ますので、しばらくはどこかに属さないというのはダメですか……?」
あぁ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでくれ。フィーの言う事はもっともだし、断る道理もない。
それに変な師につくよりも、よっぽど信頼ができるというものだ。
「そんなことは無いよ。僕としても、誰とも知らない人に教えてもらうより、フィーに教えてもらった方が安心だ。
それなら、イグノーゼスに向かうのはやめて、ヴィルグラントを目指すのがいいかな?
たしか、冒険者ギルドの本部があるし、迷宮もそれなりに種類があったはずだから、鍛錬の場所には事欠かないだろうしね」
「はい!」
輝かんばかりの笑顔を向けてくるフィーを見ていると、自分の選択が間違ってなかったんだと安心できる。
そんなこんなで方針は決まったんだけど、一つだけ問題が残っている事に気がついた。
「そういえば、その翼って収納とか見えなくしたりとかってできないかな?
有翼人種もそこまで珍しくないとは言っても目立たない方がなにかと都合がいいと思うんだけど……」
「あ、ごめんなさい。忘れてました。ちょっと待っててください」
そう言うと彼女の背にあった翼が縮んでいくと、あっという間になくなり傍目には人族と変わりない姿となる。
こうして、あっさりと問題が片付いた私達は、ひとまずヴィルグラントを目指し洞窟を後にするのであった。