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十二話『エルフの戦士』

 ヤーデルに導かれて集落に戻ると、木柵で作った入口よりも少し外側に、憮然とした表情で一人のエルフが立っていた。


 意思の強そうな眉の下にある切れ長の釣り上がった眼差しの中で、翡翠色をした瞳が警戒の色を放っている。そして、色白でスラリとした長身に動きやすさを重視した実用的な軽鎧を着込み、腰に差した細検(レイピア)は、ただの飾りとしての物ではなく日常的に使い、丁寧に手入れをしている様が窺える。


 腕組みをしながら手近な木に背を預け、時折吹く風にたなびく長髪は陽光を反射しているかの様に、綺麗な金色の光を放つ。

 なんて事無い光景のはずなのに、その立ち姿はまるで幻想的な一枚の絵画の様だった。


「お前が代表か?」


 思わず見蕩れていると、こちらに気付いた彼女が静かに歩み寄り問いかけてくる。そこでようやく意識を切り替えた私は、先までの失態を悟られぬ様鷹揚に頷いてみせる。


「そうか。では、今一度聞こう。

 如何な理由で私達の同朋を攫った?」


「まず前提として、ボク達はそんな事をしていない。

 それに、ティラニエ大森林にエルフがいる事さえ知らなかったんだ」


「ほう? この森で暮らす小鬼(ゴブリン)犬人(コボルト)が知らなかったと?」


「それは……」


「重ねて、支配者として君臨していた赤光大熊(グリズリーフランム)がいなくなった途端に現れた者の言葉を信用しろと?

 相互扶助とまでは言わないまでも同じ森に暮らす同胞(はらから)より、突如として現れた得体の知れない人族が率いる集団を疑うのは、自明の理ではないか?」


 威圧する様に眼を細め、理詰めで話す彼女に対して思わず口篭ってしまう。

 確かに彼女の言う通りどう考えても怪しいのは私達ではあるが、そうでないという事は考えるまでもない事なのだ。


 ではどうする? いかにも堅物といった様な手合ではあるが、その分説得するのに骨が折れそうだし、場合によっては『いなくなった娘』の身に危険が及んでいるかもしれない。そう考えると時間をかけるのは悪手であると言えよう……


 仕方ない。妙手であるとは言えないが、時間をかけずに切り抜ける方法はないようだ。そう覚悟を決めて、未だ鋭い眼差しを向けてくる彼女に気圧されない様気をつけながら口を開く。


「わかった。貴女の言う事も尤もだ。だけど敢えてもう一度言う。

 ボク達は誘拐なんてしていないし、させてもいない」


「まだ言うか」


 私の言葉に痺れを切らしたのか、眼光が更に鋭くなったかと思うと空気が一気に張り詰める。

 視界の端で彼女の手が腰に差した細剣に伸びたのが見えたが、想定通りのため気にせず言葉を続ける。


「だから」


 その言葉に彼女の動作が止まる。客観的に見ると、細剣の切先が私の喉元に迫っている所だろう。

 内心では冷や汗を流しているが、それを表に出さない様に注意しながら更に続ける。


「だから、ボク達にも手伝わせてくれないかな?」


「なに?」


「貴女の同胞を捜す手伝いをさせて欲しいんだ。

 そうすれば、ボク達は身の潔白を証明できるし、貴女は監視できる。

 更に『ボク』という人質で皆を牽制できるんだから、何も問題はないと思うけど?」


「なるほど。お前の言う事にも一理あるか……

 良いだろう。その提案を受け入れよう」


 そう言うと彼女は、私の喉元に突き付けていた細剣を腰に戻す。そこでようやく一触即発という空気が霧散したのだった。

 うんうん。理詰めの堅物相手にはやっぱり妥協点を提示するに限るね。こういった手合は一度拳を振り上げてしまうと、自分では下ろせなくなってしまう事が多々ある。

 だから、納得できる尤もらしい理由を与えてあげると、割合簡単に掌で踊らせれるという訳だ。


 さて、これで攫われたという娘が早々に見つかれば万々歳ではあるが、それは高望みし過ぎだろう。という事は、何はなくとも情報共有から始めるべきだな。

 なにしろ、私達にはその娘の情報が何一つないのだから……


「それじゃ、まずは自己紹介から始めようか?

 ボクはシグレイシア。皆からはシグって呼ばれてる。

 もし名無(ネームレス)じゃなければ、貴女の名前を教えてくれるかな?」


「アクァイアだ。アクアで構わない」


「うん。よろしくアクア。

 さて、ボク達はその攫われたという娘がどんな()なのかを知らない。

 だから、どんな娘なのか? どんな状況だったのか?

 そういった事を教えてくれるかな?」


「ふん。お前の言い分を信じるなら、だがな。

 まぁ、それは言っても詮無いことか……」


 そう言いつつも、アクアの眼差しは先と異なり剣呑な光を帯びる事はなかった。

 どうやら『対話』をする位には信用してもらえた様で何よりである。


「頭ぁ。立ち話で済ます類の話じゃないんじゃないすか?」


 一人満足気に頷いていると、背後からおずおずといった様子でナルアがそう声をかけてくる。

 ってそうだよ! 客人扱いしないと折角得た信用を早々に失いかねないじゃないか! そこまで緊張していないと思ってたけど、やっぱりアクアの持つ戦士特有の懐かしい空気にあてられてたのかな?


「あ、あぁ、そうだね。ありがとうナルア。

 アクア。客人である貴女に失礼をしてしまって申し訳ない」


「そう頭を下げてくれるな。

 自らの非を素直に認め、それをすぐに改めようとする度量は好感が持てる。

 それに、いきなり押しかけたのは私だ。そんな相手をお前は『客人』と言うのか?」


 彼女の言葉に甘えて頭を上げると、困惑を隠そうとして隠しきれていない何とも微妙な表情を浮かべるアクアの姿があった。


「もちろん。まぁ、ボクとしてはもっと親しい関係になりたいと思ってるけどね」


 そんな姿を可愛いなと思いながら、敢えて悪戯っぽく笑みを浮かべながらそう切り返すと、アクアは虚を付かれた様に一瞬目を見開くと、気まずそうに長く美しい指でほんのりと赤く色づいた頬を掻く。


「その……。なんだ。気持ちは嬉しいのだが、お前にはまだ早いのではないか?

 いや、別にお前の事が嫌だと言っている訳ではないんだ。

 だが、今まで鍛錬と掟ばかりの日々だったから、私はこういった事になれていなくてな?

それに、私達はまだ会ったばかりで互いをよく知らないだろ?」


 ん? んん? 何を言っているんだ? アクアは何を勘違いしているんだ?

 私は『隣人』ないし『同胞』になりたいと言ったはずなのだが……?


「シグ様! フィー様というものがありながら、その様な事を!!」


 困惑した頭を整理しようとしている所にヤーデルから雷の様な叱責が飛んでくる。

 だが、どういうことだ? ただでさえ状況がわからないというのに、フィーがどう関係している……?


「話がよく見えないけど、ひとまず場所を移そう」


「あ、あぁ。そうだったな。すまないが案内を頼む」


 ヤーデルの言葉で更に混乱する頭を強引に切り替えて声をかけると、少し面食らったみたいだったが直ぐに切り替えたアクアが同意の声を上げた。

 今は人命がかかってるかもしれないんだ。キッチリ締めておかないとね?

 という事で、ヤーデルを先頭に私達は歩を進めるのだった。

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