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十一話『前兆』

 住居問題に関しては、一応の解決となった訳なんだけど、次は自衛の為に戦力の底上げが必要かな? という事で、小鬼(ゴブリン)族と犬人(コボルト)族のみんなに、前世で私がやっていた日課をこなしてもらおうとしたんだけど……


「ひゅー、ひゅー」


「お、鬼だ……鬼がいる…………」


「鬼じゃ生温い……。

 新しい族長は人族に化けた悪魔だったんだ…………」


 といった感じで、予定の半分も終わらない内に全員が白旗をあげるのだった。

 おかしいな? 魔族って基本的には人族と比べて体力があるから、余裕だと思ってたのに……


(かしら)ーー!! ……げっ!?

 なんすか? この屍の山は?」


「ナルア!! この人、本当に人族なのか!?」


「なんだ。まだまだ元気じゃないか。

 それじゃ、みんなでもうひと頑張りしようか?」


 ナルアに詰め寄った犬人を見て、まだまだ余力がある事を確信した私は、笑顔で鍛錬の続行を告げる。

 なにやら、地獄の底から絞り出された様な声が聞こえた気もするが、そこは敢えて触れないでおこう。

 大丈夫。もう無理だと思った後でも、意外となんとかなるのだから。


「それでナルア、なにかあったのかな?」


「え? あ、あぁ、それがっすねぇ……」


 蘇りかけの屍人(ゾンビ)の様に緩慢な動作で、鍛錬の続きを再開したみんなを尻目にナルアへ向き直ると、何故か冷や汗を流しながら報告を始める。

 彼の話によると、食料調達に出ていた人達が厄介なモノを見つけたので、判断を仰ぎたいとの事だった。


 はて? その厄介なモノとは一体なんなのであろうか?

 まぁ、聞くより見た方が早い。そう判断した私は、ひとまず鍛錬を切り上げてナルアの案内に従い、現場へと向かうのだった。

 余談ではあるが、鍛錬の終了を告げた時に歓声が上がったので、次回はもっと厳しくしようと頭の中に書き留めたのである。


*******************


 ナルアに連れられ、森の奥深くへと進んで行くと、なるほど。確かに厄介なモノがそこにはあった。

 周囲の草木が荒らされており、僅かではあるが、血の跡があったのだ。

 これを見るに、どうやら戦闘があったようだが果たしてどうするべきか……


「頭、どう見やす?」


 状況を把握しようとしていると、改めて確認する様にナルアが聞いてくる。が、これだけでは、どうもこうもない。ないのだが、何かしらの対策を講じなければ不安が伝播し、私達の集落が瓦解する事になる。

 それは避けねばならない。思考に集中する為、片手を挙げることで答えを急ぐ様子のナルアを制し、少しでも多くの情報を得られないかと、より注意深く観察する。


「何か光った……?」


「? どうしやした?」


「いや……。気のせいかもしれないけど、何かが光った様な気がして……」


 周囲の木々に覆われて薄暗いとはいえ、陽の光が届かない程でもないため、何か金属等が反射光を放ってもおかしくはない。故に私は、自身の言葉を確かめる為、先程光ったと思しき場所をより注視する。


 すると、風に靡く草の影から数度光が見える。間違いない。何か金属質の物がそこに落ちているのだ。

 疑念を確信へと変えた私は、戸惑うナルアを尻目に光った辺りの草を掻き分ける。


「これは……?」


「何か見つけたんで?」


「うん。なんか指環みたいなんだけど、何かわかる?」


 草の根の影で軽く土を被され、まるで何かから隠す様に置かれていた指環を見つけた私は、手に取ってナルアに見せるが、彼にもただの指環なのか、はたまた何か曰く付きの物なのか判断がつかない様だった。

 という事は、アレだな。久し振りに『鑑定』の出番だな!

 まぁ、あの駄女神の権能だから、あまり期待しすぎるのは良くないが、何も情報がない今と比べれば悪くなる事はないだろう。


【名称:制約の指環】

【所有者:???(種族:???)】

【自身に制約をかける事により、様々な効果を得られる装身具】

【制約が厳しい物である程、得られる効果は高いものとなる】

【一般的には身体能力向上などの汎用性の高い効果を目的とされている】

【中には使場面・枷などにより、無敵に近い能力を得られる事もある】


 『鑑定』を発動させた事により、得られた情報は役に立つような立たないような……。やっぱり駄女神は駄女神か……。

 というかですね? その『???』になっている部分が知りたいわけなんですよ!!


 いや、まぁ、この指環の効能については、諸々汎用性の高さで非常に有益な装身具ではあるのだけど、こういった魔導具には、魔力による登録がほぼ必須なため、所有者からの譲渡や、余程の事態がない限り、宝の持ち腐れなんだよなぁ……


「か、頭……?」


「あ、あぁ。ゴメン。

 ナルアが知らないって事は、少なくともボクらの持ち物という訳ではないみたいだね」


「そっすね。少なくとも、オレぁそんな複雑な紋様の入った指環は見たことありやせん」


「そっか。となると、外部の誰かの持ち物という事になるんだけど……」


「シグ様ーーーー!!!」


 指環について、他に何か情報が得られないかナルアと話していると、遠くの方からヤーデルの声が聞こえた。

 考えてもわからない物に関しては、ひとまず置いておくとして、なにやら焦った様子のヤーデルが来るまでに思考を切り替える。


「ここに居られましたか!」


「うん。ナルアからちょっと気になる話を聞いたからね」


「ほぅ。気になる話ですか?」


「いや、それは今はいいんだ。

 それより、何かあったんじゃないの?」


「おぉ! そうでした!!

 実は、厄介な客人が来ておりまして……」


「また?」


「は?」


「あぁ、いや。ゴメン。なんでもない」


 今日は厄日なのか? ナルアから持ち込まれた『厄介な』案件に解決の目処が立っていない状況で、更に厄介な事が起きたようだ。

 となれば、私でなくても思わず『また?』と言ってしまうに違いない。そうでないと私が困る。


 閑話休題。ヤーデルの言葉に面倒事の匂いを感じて、思わず現実逃避しそうになるが、そうしたからといって問題が解決する訳ではない。

 内心ではガックリと項垂れているが、そんな事をお首にも出さず、ヤーデルへ続きを促す。


「それで、その厄介な客人というのは?」


「あ、はい。エルフが数名来ておりまして……」


「なんだ? エルフっていやぁ、温厚な奴らってんで有名じゃねぇか。

 オレ達の集落が落ち着いたんで、様子を見に来ただけじゃねぇのか?」


「ワシも初めはそう思ったのじゃが、どうもそうではない様子」


「というと?」


「『攫った娘を返せ』の一点張りで、こちらの話に耳を傾ける様子がないのです」


「そいつぁ、ちと妙だな。

 俺達ぁ、そんな盗賊紛いな事をする訳がねぇし、仮にしようものなら……」


 訝しげな様子でそう言いながら私の方に視線を寄越すナルアへ、『わかってるよね?』と言う代わりに笑顔を返すと、慌てた様に視線を戻して軽く身震いをしていた。

 あるぇ? そこまで強く脅した事はなかったと思うんだけど……

 などと、どうでもいい事を考えると同時に、唐突にやって来たというエルフの意図を考える。


 まず前提として、エルフが言う様な事はやらせていないし、みんなもやっていないと断言できる。

 となると、別の思惑があるのかはたまた、誤解があるのかだが……


「うん。考えていても仕方ない。

 ヤーデル。そのエルフの元に案内してくれるかな?」


 下手な考え休むに似たりってね。時間は有限なんだ。いつまでもわからない事をウダウダ考えているよりかは、元凶と直接対峙したほうがよっぽど建設的というものだろう。


 という事で、私は件のエルフに会いに行く事にするのだった。

 はてさて、どんな厄介事が待っているのやら……

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