八話『シャガル・後編』
私の様子に気づく事なく、フィーに良いようにおちょくられているディーリ。
先の早さを考慮するなら、大技だと発動前にこちらが危ない。
かと言って、チマチマやっていても埒があかない。
さてどうしたものか……
そこまで考えて、そういえば憑依なんてのがあったが、それは何ぞ? と思い至る。
字面から察するに自分がナニカに乗り移るか、ナニカを自分に乗り移らせるかって所だろうが前者だとしたら、今はあまり有効ではないので、ここでの選択として妙手ではないと思う。
思うのだが、確信に似た何かが現状を打開できると告げている。
「おうガキ。休憩はもういいよなぁ?」
逡巡していると、唐突にディーリが振り返り獰猛な笑みを浮かべる。
時間を掛けすぎたか! 後悔しても何も変わらない。
今は他の策が思いつくまでやり過ごすしかない。
「さぁ、続きを始めようじゃねえか!!」
そう吠えたディーリの姿が再び消えるが、先程から発動し続けている『未来予測』のおかげでどこに攻撃が来るのかがわかる。
幻影のようなモノの動作線上に、自分の体が重ならない様に動きディーリの攻撃をやり過ごす。
その際に『偶然』避けられたと思わせる様、意図的に体勢を崩して見せた。
「運がよかったなぁガキ。
だが、次はそうはいかねぇぜ!」
その言葉と同時にラッシュを仕掛けてくるが、どこに来るかわかっている攻撃を避ける事は容易い。
だが、このままではいずれ体力が尽きて避けきれなくなるのは明らかだ。
「がっ!?」
「おいおい。やっぱりさっきのはマグレかよ。
まぁいい。このまま決めさせてもらうぜ!!」
思考に意識を割きすぎた代償としてディーリのラッシュに捉えられてしまう。
マズイな……今ので足にきた…………
もう迷っている時間が惜しい。そう感じた私は憑依を発動させた。
【死霊魔法・憑依の発動を確認しました】
【所有している魂を検索します………………】
【所有している魂が一つのため赤光大熊の魂を自動選択します…………ERROR】
【対象が条件を満たしていない為完全変化に失敗しました】
【限定変化で再度実行します…………SUCCESS】
【形態変化実行段階に移行します】
「ーーーーーーーーーっ!?」
頭の中でそう声が聞こえると、身体から暴力的なまでの力が溢れ、殻を破るかの様に体内で荒れ狂うのを感じ、堪らず声にならない叫びをあげた。
そして荒れ狂う力が、そのまま熱に変わったかのような感覚が襲って来ると、私の体に徐々に変化が生じる。
年相応の子供の身長が伸び、口の辺りが盛り上がり歯は鋭く尖り牙へと変化する。
立っているのが辛くなり、自然と四足の姿勢に変わり、手足は枝の様に細かったのが、成人男性の胴回りはありそうな程逞しく、爪もそれに合わせて伸び始め、鉄さえも容易く切り裂けそうな程に鋭い。
そして体全体を鋼の様に強靭な赤黒い毛が覆う。
そこでようやく体内で暴れていたナニカが大人しくなった。
「おいおいおい聞いてねぇぞそんなの!!
テメェ! ニンゲンじゃなかったのかよ!?」
困惑した様子でディーリがそう叫ぶのを聞き、周囲を見回す余裕ができた。
小鬼達は困惑、怯え、畏怖などの感情が入り混じっている様子で、さすがのフィーも困惑を隠しきれていなかった。
「お、おおぉ…………
ティラニエ大森林の支配者様がお戻りになられた……」
シャガルを取り仕切った小鬼が、思わずといった様子で小さく呟いたのが聞こえる。
そうか、私の姿はアノ赤光大熊になっているのか。
「ナニヲ怯エテイル?
オマエガ望ンダ殺シアイハ終ワッテナイゾ」
うん。身体のツクリが変わったせいか喋りづらいな。
まぁ今は気にしない事にしよう。
そんな事よりも、今後の事を考えると身体の動かし方に慣れる事を優先しよう。
「はっ! どうせ見せかけだけのハリボテだろよ!
一気にケリ付けてやるぜ!!」
ディーリを睨み威嚇しながら各部の動作確認をしていると、虚勢なのが丸わかりな様子で叫ぶのが聞こえた。
背後を取ろうと動いているようだが、憑依による形態変化のおかげか、その姿をハッキリと捉える事ができている。
それに加え、先程から発動させている『未来予測』の効力により、何をしようとしているのかさえ予想できる。
「がっ!?」
試しにディーリの動作線上と重なる様に腕を伸ばしてみると、その早さが仇となり、首を刈るような形で引っかかり地面に背中を強く打ち付ける。
「がはっ! ごふっ!
た、たまたまだ、見切られてるわけじゃねぇ……」
「本当ニタマタマカ試シテミルトイイ」
「ほざけ! 俺様がニンゲン如きにやられるわけねぇんだよ!!」
そう吠えると先程よりも激しい猛攻を始めるが、そもそも熊の身体に対して、魔族とは言え犬の身体では勝ち目があるはずもない。
ディーリの繰り出す猛攻も残念ながらちょっと痛いぐらいにしか感じないだろうが、身体の具合を 確かめるため避ける事に主眼を置いて動く。
「ーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
大分身体の動かし方に慣れてきたので、今度は脅し程度にはなるだろうと思い試しに咆哮を放ってみると、予想以上に強烈で空気が大きく振動した。
それを正面からまともに浴びたディーリは、生物としての本能か身体が硬直して動けなくなった様子である。
それを黙って見ている程私もお人好しではない。
四足の身体を起こし腕を大きく振りかぶり、そのまま全力で振り切る。
「がっ!!」
ディーリはなす術もなく直撃し、光壁に勢いよく叩きつけられた。
殴った際に骨を何本か砕いた感触があり、ついでに爪が引っかかったのだろうか?
肩の肉が大きく抉れ夥しいほどの血を流し、折れた骨が肺に刺さったのか吐血もしていた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?
クソがクソがクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
冗談じゃねぇぞ! 何で俺様が追い詰められなきゃならねぇ!!
違うだろ! そうじゃねぇだろ!?
俺様がニンゲン如きに殺られるなんざありえねぇ!
認めねぇぞ! 俺様はこんなの認めねえぇ!!」
執念のようなモノだろうか? 流れる血をそのままに、痛みなど感じない様子で呪詛を吐くディーリ。
その凄惨な様子に気圧され、思わずたじろいでしまっていると、突然その場に膝から崩れ落ちた。
「なんだよこれ! なんで力が入らねぇ!?
ちげぇだろ! 俺はやれる! まだやれるんだ!!!!!」
自身でも全くの想定外だったのであろう。
何が起こったのか分からないといった様子で叫ぶが、それが最期の力だったのか糸の切れた人形の様にパタリと動かなくなってしまう。
念のため騙し討ちを警戒していると、ディーリの姿が末端から石化が始まり、すぐに全身が石となる。
そのまま重みに耐えられなくなったのか砂の山と化し、風に吹かれるままかつてディーリだったモノはその痕跡すら残さず消え去ってしまった。
その異様な光景に呆然としていると、何かが割れる様な甲高い音が周囲に響き渡る事で、ようやっと我に帰る。
「えっと、勝者はシグさんという事で……?」
フィーが確認する様に言うと、周囲の止まっていた時間が再び動き出したかの様にm周囲が魔族達が慌ただしく跪く。
というか、憑依ってどうやって解除すればいいんだ?
【対象の意思を確認しました】
【赤光大熊の形態変化を解除します】
ひとまず元の姿に戻るように念じてみると、世界の声が聞こえるのに合わせて体毛が抜け落ち、身体も小さくなっていくのを感じた。
一通り変化が終わったのを感じ、自分の手を見てみると、見慣れた人間の手になっていた。
うん。任意で解除できるのはいいな。成り行きとはいえ、いい経験ができた。
けど、段々人間離れしていくなぁ……
「さて、犬人族の皆さんはこれからどうするのかな?」
確認の意味を込めて聞いてみると、少しの間動揺していたがすぐに立ち直り、一人の犬人が進み出てきた。
「俺たちゃ強い者に従いやす。
ディーリが族長やってたのも、アイツが部族内で一番強かったからでさぁ。
小鬼族に迷惑かけちまったが、そいつぁ部族の総意じゃありやせん。
むしろ不本意な事でやした。が、族長の決定には逆らえやせん」
「それで?」
「なのでこの場でお詫びいたしやす。
詫びにもなりやせんが、俺ら犬人族はアンタに忠を捧げやす。
その事が不可侵条約に引っかからなければいいんすが……」
「確認だけど、それはキミの独断ではなく、総意と考えていいのかな?」
「へい! その通りでさ!」
「悪くない提案だね。わかった。
不可侵条約に関してはこのまま破棄してしまおう。
ただ保険はかけさせてもらうよ?」
「と、いいやすと?」
「そんなに難しい事じゃないよ。
ただ八百長に乗ってくれればいいだけだから」
こうして私は、人族の身でありながら、小鬼族と犬人族の族長をやる事になったのだった。
はてさて、私はドコに向かっているのだろうな?




