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第5話

 空には少し肉の付いた半月。肉体よりも精神に応えた仕事を終え、自室へと続く廊下を進む。

 階下の各階からは魔術灯の光が煌々と漏れ出しているのだが、この階には月明かりのみ。

 ミリカの部屋から俺の部屋へと戻る短い途上、ついさっき茜色の消えてしまった空を見て、足を止めた。


 結局あの少女は、手を繋ぐ時に多少の表情の移ろいはあったが、目だけはずっと同じだった。映し出すは、恐怖と絶望。

 どうしてああなったのかは知らない。それに、知らない方が良いだろう。職分は守るべきだ。知りたがりは長生きしない。それでは困る。俺は死ねない。

 それにしても、数年ぶりに見続ける夢。そして出会った、銀髪で死人の目をした少女。そう、まるで彼女のような――やめよう。不毛だ。すべては終わったんだ。


『こんなところでどうした? 何を考え込んでいるのか知らんが、やめておけ。もう夜で、疲れている。確実にロクなことは考え付かん』

『そうだろうな。ロクなことを考えていなかった』

『そうか』

『そうだ』


 それ以上は踏み込んでこない。いつものこと。


 相棒は俺をどう思っているのだろうか。

 異能者は普通、自らの意思ある魔力に名前を付ける。

 それ自身に意味はない。ただ、人格を持ち、共に戦う存在を他から識別する。それだけ。

 俺はそれだけのことを拒んだ。相棒はあっさりと受け入れた。相棒と言う呼び名も、適当に考えた。深い意味はない。客観的に見た俺たちの関係をそのまま呼称にしただけ。名前なんて高尚なものじゃない。


『クラント』

『分かっている』


 とにかく、今は早く休もう。そう思って足を動かそうとするのとほぼ同時だった。


「おやおや。今朝の今でもう悪だくみですか?」


 遊撃騎士殿に黙って礼を一つ。一応は向こうが目上だ。気が向こうが向くまいが、礼節は守らねば。面倒事になれば、個人の問題では済まなくなる。


「まあ、この四階は立ち入り禁止区域ですから、オフにちょっと会話をするくらいは構いませんが。ここ以外の、しかも教会敷地内では特に控えて下さいね。どこからバレるかも分かりませんから」


 思い出されるは今朝の騒動。遊撃騎士殿と別れてからの一連の出来事。

 大丈夫。お互いに大人げなかった。ただそれだけ。結果的に有意義でもあった。わざわざ報告することも、されることもあるまい。


「……分かりました。それでは失礼させていただきます」

「ふむ。大丈夫ですか?」


 立ち去ろうとする俺の背に掛けられた言葉に、振り返る。


「大丈夫、とは?」

「いえ、かなり消耗しているようでしたので」

「まあ、仕事終わりです。元気一杯とはいかないでしょう」

「そういう意味ではなくてですね。何と言いましょうか、生きることに疲れきった――」


 鳴り響く轟音。そう遠くない。遊撃騎士殿が窓の外を見て、笑みに少々苦いものが混ざったのに続いて目を向けると、星空の下に光る赤。火が出ているようだ。


「戦えますか?」

「いつでも」

「でしたらミリカの下へ。状況は分かりませんが、彼女がこの教会の最重要人物であることは間違いありません。私は指揮を執る必要があるので行けませんが、追って指示があるまでそこで待機していて下さい」


 幾分硬い笑みでそう言い残して階段を駆け下りる。

 ミリカの元へと向かうために隠し階段へと向かおうとして、歩みが止まる。

 目に入るのは、廊下に立つ一組の男女。そして、騎士鎧姿の男の肩に担がれる銀髪。


「何のつもりだ?」


 男女は、ついさっき仕事を引き継いだ二人。視線には隠す気もない殺気。


 どういうことか? ――そういうことだろう。


 無駄な問答をする気はないらしい女騎士がレイピアを抜いて突きかかってくる。

 とっさに右手で腰の短剣を抜き攻撃をいなすと、その隙に男が階下へ逃走。その間にも攻撃は続き、三撃目をかわしたところで向こうから間合いを取る。


 通常の軽装騎士装備をしている目の前の女性に、負けはしないだろうが、破壊力の大きすぎる異能以外での攻勢が得意ではない俺では、粘られると簡単には片付けられないだろう。今の攻防からそう判断する。


 さらに左手に防御用の短剣を抜いた女騎士は、最短距離で間合いを詰める。

 再び短剣でレイピアを逸らし、左手で拳銃を抜き眉間を打ち抜く――直前で向こうの短剣に銃口を逸らされる。銃声がむなしく響く。

 後ろに大きく跳び下がり、体勢を整えた。

 階段を挟んで向き合うが、隙が見当たらない。異能で焼き払えれば楽だが、使わずとも勝てる相手に、紫色の炎なんて見るからに怪しいものを教会のど真ん中で使うリスクは犯せない。


 そう長くはない睨み合いを破ったのは女騎士だった。

 俺も左の武装を短剣に持ち替え、正面から迎え撃つ。

 互いに両手の武器を打ち合い、もう一度間合いを取ろうとしたところで腹部に重い衝撃を受け、無様に地面を転がる。


()った!」


 風を刃にまでは精製する暇がなかったようで、初級相当の魔力を塊のままぶつけたのだろう女騎士は、勝利を確信して突っ込んできた。


「まったく、銃声がするから慌てて来てみれば。この程度の相手に苦戦しないで下さい。リスクを犯してまで招き入れた戦力なんですから。それに、今朝は偉そうに講釈垂れていましたが、結果がこれでは示しが付きませんよ」


 今にも突き掛かろうとする女騎士の両ふくらはぎから生えるのは氷の矢。その向こうには不機嫌そうに杖を向けているリーネ。


「殺すだけならもっと楽にできた。生け捕りにするためにわざわざ貴重な銃弾を浪費した上に、攻撃まで受けて隙を作ってやったんだ。その辺は正当に評価して欲しい」

「はいはい。そうですか」


 緊張感の欠片も感じられない雰囲気で近付いてくるリーネに、跳ね起きた女騎士が膝立ちで突きを放つ。


「無駄な抵抗はやめなよ、っと」


 リーネの後ろから一気に踏み込んできたサーレがみぞおちに蹴りを叩き込み、耐え切れずに女騎士がレイピアを取り落とす。

 今のは火属性の身体強化を使っていた。同じ属性だと言うのに使えない身としては羨ましい限りだ。


「バカ! 油断するのが早いわよ!」


 リーネがそう言うや否や、女騎士がまだ持っていた短剣で自らの喉を切り裂く。

 慌てて駆け寄るリーネだが、ため息を吐いたところからすると、呪いや病、精神を癒すのに向いた光属性と違い、傷を癒すのに向いた水属性の治癒でも手遅れだったのだろう。


「まったく、内通者を生け捕りにしながら自決を許すなんて」


 ジト目のリーネに、サーレも気まずそうに目を逸らす。


「で、何があったんですか?」


 状況を見失わずさっさと切り替えたリーネの問いに、俺を置いてさっさと彼女が帰っていってからの出来事を簡潔に伝える。


「ああもう、中央の連中め。内通者なんか送ってくるんじゃないわよ。終わったらエレア様に文句言ってもらうんだから。せめてもの救いは、余所者だからって渡す情報を選んでたことくらいかしら。クラント殿の正体とか言ってたら、外部に情報を流されたって信仰機関が黙ってないでしょうし」


 一度彼らの眼前で念話を使っていたような気がしないでもないが、気にしないで置こう。

 そうだ。単に異能者だと知られただけで、それ以上ではない。致命的ではない――はず。


「てゆうか、こう、ビビっとミリカの居場所分かったりしないんですか? 騎士様とミリカは、同じ異能者同士みたいなものなんだし」

『とのことだが?』

『違和感はあるがそれだけだ。近くに居るだろうことは分かるが、それ以上ではない』


 サーレの思い付きは実行できないことを伝えると、二人は揃ってため息。

 そもそも、あの娘が異能者かもはっきりしていない上に、異能者同士にそんな便利機能はないんだがな。


「まあ良いわ。つまりは、無数にある逃走ルートからの逃亡阻止を、外の大規模襲撃の迎撃と平行してやらないといけないのね」


 げんなりした様子のリーネ。

 確かに考えるだけで気が重い。ミリカのことを大っぴらにできないのだから、積極的に捜索できるのはここの三人だけだろう。遊撃騎士殿は指揮があるから頭数には入るまい。


「エレア様には私が報告します。クラント殿とサーレは手分けして先に捜索に当たっていて下さい」


 その場で三人の担当を割り振り、それぞれの持ち場へと駆ける。

 一つ階を下りたところでリーネと別れ、一階に着いたところでサーレと別れる。


 そこで事態の深刻さを思い知らされた。

 すでに一階には襲撃者らしき黒ローブの連中の侵入を許しており、廊下には少なくない両陣営の死体が転がっている。だが、何とか追い返しはしたらしく、負傷者の後送や手当てを行っていた。

 この街で一番守りが堅い教会の中でも本丸に当たる中央聖堂への侵入を防げなかったことは、奇襲であったことを差し引いても敵の錬度の高さと数の多さを表している。


 いや、どんな状況だろうと、打開するのは遊撃騎士殿の仕事だ。駒は駒らしく役割を果たすまで。割り振り通りに建物の外へ出る。


『くそっ! やつら思ったよりもしぶといぞ!』

『そのまま引き付けていてくれ。もう少しで後ろに出られる』


 念話か。まあ、異能者の敵である教会側に異能者が居るなんて想定はわざわざしないだろう。つまり、内通者からは俺の情報が流れていない証でもある。下手に連絡を取れば内通者だと足が付きかねないのだから、十分にありえた話ではあった。

 しかし、逆に言えば向こうにも筒抜けるのだから、念話は控えざるを得ない。有効距離を絞ろうと、完全には念話の傍受を防げないのだから。相棒もその程度は判断が付くだろう。


 念話の方向に向かうと、聖堂の正面玄関前で簡易陣地を築いて銃撃や魔術を浴びせ掛ける教会兵と、弾幕の前に思うように前進できない侵入者たちが一進一退の攻防を繰り広げていた。 

 恐らく、こういう事態を想定して貴重品の銃を配備しておいたのだろう。魔術だけでは突破を許していたのは間違いあるまい。

 そして――居た。意識が逸れているのを良いことに闇に紛れ、まったく遮蔽物のない中で玄関から少し外れた窓からの侵入を試みているのが一人。窓から漏れ出す明かりにその影が映し出されている。

 右手で銃を抜き、狙い、撃つ。

 それだけで黒ローブの人物は倒れ、動かなくなる。

 戦況を確認すると、陣地のバリケードの裏に息を潜め、近付いた敵をその牙で貫こうと眼を光らせていた剣士の一人がこちらを見ていた。このまま立ち去って余計な疑念を持たれるのも困るので、こちらから陣地に近付く。


「見ない顔だな。誰だ?」

「第十三騎士団所属騎士クラント・バルディエーリ」


 名前を聞いた瞬間、剣士が驚きを浮かべる。しかも、顔を見れば、この剣士は昨日の襲撃を主導していた治安部隊長だった。


「……身分証は本物だが、武装はいかがなされた? そもそも、騎士様がこんなところで何を?」

「ここの遊撃騎士殿宛てにお使いだ。この状況ではのん気に着替える暇はあるまい」


 信仰機関の表向きの名前である第十三騎士団員であることを示す、複製防止の特殊加工がされた身分証を胡散臭そうに見ていた治安部隊長は、一応は味方らしい行動をとった俺を疑うのを止めることにしたらしい。

 本来なら騎士の装備を用意しておくべきなのだが、魔術を使えない以上はローブでなく鎧になってかさ張り、しかも異能者なので教会にはまず近付かず、騎士を名乗るのは年に一回あるかないかとなれば疎かにもなる。今回は短期なので、調達できた頃には仕事が終わっているので事前準備もできなかったのが痛い。


「で、騎士様はここの手伝いに来てくれたので?」

「いや、もっと根本的なところを叩く。遊撃騎士殿も了解している」


 嘘は言っていない。

 この襲撃はミリカを狙ったものだろうし、遊撃騎士殿にもリーネがとっくに報告しているだろう。そして、遊撃騎士殿にはこの件については追認するしか選択肢はない。


「そうですか。では、サーレ様より伝言です。「二号館方面」とだけ。騎士クラントに出会ったら伝えて欲しいと」

言伝(ことづて)ありがとう。そう言えば、裏口にも寄ったが防衛線が崩壊寸前だった。取り敢えずは敵襲もやんでいたが、気を付けた方が良い。下手をすると挟まれるぞ」


 剣士は形ばかりの感謝の言葉を述べた後、周囲の兵士たちに次々と指示を出す。


 襲撃時に自身では俺たちの顔をしっかり確認してなかったか、暗くて気付いていないか、気付いて見逃してくれているのか。どれかなのかどれでもないのか知らないが、ボロを出してまた攻撃される前にそそくさと側面から陣地を飛び出し、正面の敵を避けるように迂回しつつ進むことにした。

 お付き合いいただき、ありがとうございました。


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