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プロローグ

 右手方向に一発、二発。左手方向にも一発。

 眉間に風穴の開いた真新しい三つの死体の完成を確認し、全弾撃ち尽くした二丁の拳銃の弾倉を振り出す。

 そうしていると、深みのある渋い低音が頭の中に直接響いた。


『随分と回りくどいやり口だ。我らの力を使えば五秒で全部灰にできるだろうに』

『俺がもっと上手く使えればな。目的物ごと一撃でもって一切合切を終わらせるならともかく、襲撃のたびに使っていたら、威力を下げるためにも余計に魔力を使う俺の運用効率では、あっと言う間に魔力切れだ。先の見えない今回のような任務で無駄撃ちできるか』


 今は姿を隠していて視認できない相棒も、不満気ではあるが、後はブツブツと文句を言い続けるだけで強く不満を表すようなことはない。相棒も頭の回転は悪くないのだし、俺が伝えたくらいのことは百も承知だったのだろう。

 黒のロングコートのポケットから替えの銃弾を取り出して、さっさと装填を済ませると、仕事の続きに取りかかるために洞窟のさらに奥へと進む。


 それにしても、よくここまで設備を整えたものだ。

 岩肌がむき出しの洞窟内ではあるが、十分な魔術灯で明かりは十分に確保され、かなり奥まで入り込んでいるのに空気の淀みを全く感じないことからすると換気もしっかりとなされているようだ。さらに、ここに来るまでには数えきれないトラップと脇道。その上、それらを利用した伏撃まで仕掛けてきた。

 入り口付近で相棒に力を借りて三十人近くを一撃で葬ってからは、さっきのように少人数での波状攻撃が間断なく続いている。それが十四回目ともなれば、相棒でなくともいい加減にうんざりだろう。


 だが、幸運なことに十五回目は気にしなくてもいいらしい。


 事前に渡されていた資料通りならば、洞窟内の五ヶ所の候補の中で、目の前の重厚な鉄製の扉の向こうこそが目的の品のある確率が一番高く、同時にまだ探索していない最後の一ヶ所でもある。

 非魔術式の鍵こそ付いていなかったが、代わりに施されていた中級の施錠魔術を、刻まれていた魔術陣の一部を懐に忍ばせていた短剣で物理的に削ることで無効化する。


『ガッハッハ! 相変わらず魔術師泣かせな短剣だ。中級魔術陣を、魔力を欠片も用いずに数秒で破ったなどと知れたら、哀れなことに、世の魔術師が一人残らず引っくり返るぞ』


 だったら少しはその楽しさ溢れる口調を抑える努力をしろ、と言ってやりたくなったが、やめておくことにした。どうせわざとやっているのだから。


 俺たちは、魔術師とは相容れない存在だ。


 特に相棒は、自然の力を強制的に歪めて使役する魔術とは対極にいる存在。故に、魔術師のようにそれぞれが持つ一つの属性から複数の性質は引き出せないが、引き出せる一つに限れば魔術師の追随を許さない。

実際にそのような気はなくとも、魔術師を擁護したと取られて魔術についての愚痴を一晩中聞かされるのは御免こうむりたい。


 見た目通りに中々の重さのあった扉を開け、中に入ると、目的の品は呆気なく見つかった。

 ここまでの通路は、高さは大人二人分ほどで、横幅は大人が三人並んで歩ける程度だった。しかし、部屋の中は高さが倍近くあり、五十人くらいが集まってちょっとした集会を開けそうな円形の空間が広がっている。

 ただし、今は何かの測定機材らしきものや無数の書類の山、用途の不明な珍妙な物体に溢れてしまっていて足の踏み場もないのだが。

 そんな中でも、青色の輝きを放つこぶし大の宝石が、机の上に無造作に置かれた開けっ放しの宝石箱の中で燦然と輝いているのは見逃しようがなかった。


『気配からしてこれが『水精霊の瞳』で間違いないんだろうが、いくらなんでも管理が雑すぎるのではないか?』

『俺よりも魔力に敏感な相棒がそう思うのなら本物だろう。大方、突然の襲撃に慌てて迎撃に向かい、結果的に放置されたというところだな。何せ、途中に小部屋やちょっとしたわき道がいくつかあったとは言え、いくら長くとも基本的に一本道だった以上は、侵入者を撃退できなければ問答無用で敗北。その状況で入り口に居たあの人数が一撃で全滅だと言われれば、パニックの一つも起こすさ』


 念話越しにも分かるほどに相棒は呆れているが、人間とはそういうものだろう。危機的な状況下で冷静に最善を選ぶことは、言うほど簡単なことではない。


 何はともあれ、一刻も早く仕事を終えたかった俺は、部屋の奥へと足を進めて水精霊の瞳を手に取り――とっさにしゃがみ込み、近くのガラクタの山の陰に飛び込む。

 部屋の中には細切れになった書類の破片が舞う。

 どうやら、後ろから風属性の攻撃魔術で襲われたらしい。威力は初級だろうか。


 俺の短剣は、魔術陣を循環したりしている純粋魔力は斬れるが、変換済みの魔力には干渉できない。なので、自身の魔力をイメージに沿って一人に一つある適性ある属性に変換することで発動する攻撃魔術に対しては、一度に運用している魔力量で付けられるランク分けのうち、一流の証と言われる中級どころか、とにかく魔力を使えれば認定される初級の魔術にすら対抗できない。


 こうなると、これ見よがしに水精霊の瞳を置いていたことも罠か? それとも、罠にしてはわざとらし過ぎるし、ただの偶然か?

 とにかく状況を確かめようと、物陰から攻撃の来た方を伺うと、一人の少女が座り込んでいた。呼吸も荒く、戦闘を継続できる状態には見えない。

 右手で腰の戦闘用の短剣を構えつつ、左手の拳銃の銃口を向けながらゆっくりと近づく。


『魔術の反動だな。低魔力で扱いに慣れていないものがよくやる失敗だ。加減が分からずにありったけの魔力を込めようとして、体調にまで影響が出る。技術力は皆無でも、魔力量だけは桁違いのお前には縁遠いことだろうがな』


 目の前の少女は、見たところ十歳ほど。魔力の使い方を習い始める年頃だ。この部屋に隠れていて、覚えたばかりの技能で生き残るために全力を使ったのだろう。

 だが、ここの連中は壊滅させねばならない。銃弾を使うのももったいないし、必要もない。だから、右手の短剣を振りかぶった。


「こ、殺してやる……!」

『よかっ、た。おに、いさまが……ぶじ、で』


震えながらも強がる少女に突然、在りし日の少女の面影が重なった。


「絶対に……殺してやる……!」

『ダメ、だよ。いき、て。や、くそ、く……ね?』


 落ち着け。飲まれるな。

 この娘は黒髪だ。あの娘は金髪だった。

 この娘の瞳は黒だ。あの娘の瞳は碧だった。

 黒眼はまだあきらめていない。碧眼は絶望を映していた。


『どうした。やれないか?』

「……やれる。そうさ。やれるさ」


 深呼吸を一つ。改めて短剣を振りかぶる。

 ――ああ、ダメだ。一度思い出すと、頭から離れない。手を伝う不快な生温かさまで、はっきりと思い出せる。


「せめてもの慈悲だ。安らかに眠れ」


 左手の拳銃を向け、一撃で眉間を撃ち抜く。

 崩れ落ちた少女が確実に死んでいることを確認し、一息吐いた。


「やったぞ」

『そうだな』


 そのとき、開けたままであった扉が閉じられる。さらに、調べると再び施錠されていた。

 まだ生き残りが居たらしい。果たして、目的は逃走の時間稼ぎか、出たところを袋叩きか。

 扉に再び施錠魔術を掛けられようと、こちら側の魔術陣から無効化することは簡単にできる。しかし、外の状況が分からない以上、出て行った瞬間に弾幕にさらされる恐れもある。


『おい。何を考えているのか知らぬが、さっさと帰ろうではないか。回収も終わったのだから、三十秒で片が付くだろう?』


 相棒の言うとおりだ。それが一番確実だろう。

 宗教上の事情で、公衆の面前では力を使ってはいけないというルールに縛られてはいても、町から遠く離れた敵地のど真ん中ならば、遠慮も加減も必要あるまい。


「ならば出てこい、『紫炎の蛇』」


 その言葉を合図に、右腕の肘から手首にかけての部分から紫色の炎が現れる。

 まるで腕が燃えているようにも見えるが、腕どころか衣服にも焦げ跡一つ残らない光景は、理解はできても、何度見ても慣れない。


 そして、炎はそう時間を置かずに螺旋状に収束し、そのまま右腕に巻きつく。――さながら、一匹の蛇のように。


『よし。それでは、さっさと焼き尽くして帰ろうではないか』


 ちょっとそこまで散歩に行ってくる程度に軽く言い放つ相棒の言葉を受け、俺は両腕を前に突き出し、力を発動させる。


 魔術のように歪めて使役するのではなく、自然の力を受け入れる。相棒を通じて人間にも扱えるようになった力に余計な加工を施さず、在るがままに構成し、自らの魔力で具現化して、解き放つ。

 故に、魔術師よりも不器用なれど、魔術師よりも強大なる力。『異能』を感じとり、ただ放つ。


『相変わらずひどいものだ。この程度の火力で炎球の直径がお前の身長を超えるなど、収束技術がド素人レベルから進歩していない証拠でしかないぞ』


 呆れ返った声での念話も気にならない。力を使うたびに言われている上に、今日も洞窟の入り口で使ったときに同じようなことを言われたばかりだ。言われるたびに気にしていたら胃が持たない。


 そして、俺の眼前には巨大な紫色の炎球。相棒によると直径が俺の身長を超えているらしいが、視界を埋め尽くす炎の塊の大きさなんて分からないし、技術が未熟な俺には気にする余裕もない。

 だが、正確な大きさが分からなくとも、扱う技術が未熟でも、発動することはできる。

 焼き尽くせ――その一言を念じ、自らの放てる最大威力の炎球を射出する。

 炎球は、一般人が全力疾走するよりも少し早い程度の速度で扉に向かい、両者が衝突した瞬間、轟音と共にすべてが紫一色に染まる。

 一面の紫。一面の業火。

 だが、強力な魔術師でもない限り、人間はこの光景を正しく理解する間もなく燃え尽きただろう。これはそういう炎だ。

 扉とその周囲の壁は消し飛んだものの、その後に広がる炎は洞窟の壁面までは焼いていないことを確認し、洞窟が崩落して生き埋めになることはないと判断して一息吐く。酸素ではなく魔力を燃焼しているから、窒息の危険もない。

 火力も、戦闘を含めて二、三時間ほどで回りきれる程度の洞窟くらいならば、すべてを炎で呑み込めるだけの威力はあるはずだ。それに、入り口は最初に殲滅した時の炎で塞がれているはずだから逃げ出した敵は居ないはずだし、ここに来るまではこの部屋以外には扉もなかったことから、殲滅もほぼ完了したと言っていいだろう。


『ふう。これでやっと帰れるのか』

『まだだ。この奥に行っていない区画が一つある。そこに生き残りが居ないかを確認してからだ。一人でも取り逃がして、信仰機関が責められることになっては困る』

『……今更、その思考回路をどうこう言う気はない。だが、お前が火力を御しきれないせいで仲間を付けてもらえないからそんなことまで一人でやる羽目になる。改めて言うが、異能は魂と深く関係する力だ。心のどこかで拒絶したり恐れたりしているうちは、使いこなせんぞ』


 それだけ言うと、右腕の蛇は姿を消す。


 俺だって上手くなりたいが、七年経ってもほとんど進歩しなかった技能が、ある日突然急成長するとも思えない。

 それでも、我がことながら、訓練を初めて一月にも満たない子供にまで負ける現状はひどいとは思う。

 しかし、考えてどうにかなる問題ではない。どうにかなるなら、とっくにどうにかしている。


 ――溜め息を一つ。


 取り敢えずは目の前の仕事を終わらせるために、俺と相棒で作り出した紫色の灼熱地獄を進んでいく。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




 では、よろしければこれからもお付き合い願います。

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