L'epilogue
『リリアン、本っ当に! 本当に、もう気を変えるつもりはないんだな!?』
マークの尖った声が受話器越しに強く響いた。
その声を受けて、リリアンはもう何度となく繰り返した台詞を、もう一度しっかりと繰り返す。
「本当に、よ。どうしてもやってみたいの。ペキン大佐にもオーケーを貰ったし、心配しなくて大丈夫だから……」
『なにが大丈夫なんだよ。お前は危なっかしい上に、自分の事を分かってないんだ』
「マーク、私ももう大人なの。本当よ? あ、もう行かなくっちゃ」
『おい! 待てっ、待てってば!』
家の外に車が迎えに来たのを見て、リリアンは会話半ばで電話を切った。
今は弁護士として海外で忙しく働いているマークは、最近こうしてほぼ毎日電話をくれる。
悪いとは思うけれど……今回ばかりは譲れない。
リリアンは荷物を手に取ると、それをキュッと握って外へ出た。
あれから、十五年の月日が流れて。
確かにリリアンは、美しい女性へと成長した。
イリスによく似ていて、でも、アレツそっくりの髪と瞳の色を持って。
そして大学を卒業してすぐ、このリリアンが希望したのは、クレフ基地への就職だった。
もちろん、彼女が兵士としてクレフへ赴く事はほぼ不可能だった。
イリスに似て少し身体が弱かったし、女だ。
性格的にも、優しくおっとりしていて、男を凌駕するというタイプではなく。
──そんなリリアンが見つけたのはなんと、基地の給仕係という仕事だった。
これはほぼ女性ばかりの仕事で、彼女が学んだ栄養学も生かせる。
(行ってみたかったの……お父さんが居た、ここに)
この頃すでにペキンは大佐へと昇進し、クレフ基地の責任者となっていた。リリアンは彼に連絡を取り、面接を取り付け……試験に受かり、許可が下りて。
そして今日は、リリアンがクレフ基地を訪れる、初めての日だった。
*
「なんやデーナ。今日はまた、機嫌最悪やな?」
疲れきった兵士たちの群れを見て、ダンはデーナの機嫌をそう評した。
普段はデーナの指揮についている兵士たち。それが、デーナが新しく来る給仕係たちの出迎えをしなければいけないため、ダンの方へ一時的に預ける形になっていた。
相当厳しくしていたらしく、誰もが息を上がらせていたので、ダンはデーナの機嫌が悪かったのだろう……と言ったのだ。
十五年の歳月は確かに、沢山のものを変えてきた。
デーナはあれから、少なくとも兵士としては、順調に成長していった。
史上最年少でクレフ基地の指揮官の座に就き、あの頃のアレツのように、兵士の教育までをする地位にある。
一年だけ遅れて、ダンもまた指揮官へ上がり、今では二人はクレフ基地の名物指揮官だった。
──まるで、あの頃のアレツとペキンがそうだったように。
「毎回、新人が来る時って少し神経質になるよな、お前は」
「お前が俺にそれを任せるからだろ」
「それだけやないと思うけどなぁ。まぁ、今日はただの給仕係やろ? ほとんど女だし、あんま棘々しくすんなよ」
ダンはそう言ってデーナの肩に手を置くと、すぐに訓練へ戻っていった。
残されたデーナはその後姿を眺めながら、しばらく無言で佇んだ。
『新人が来る時って少し神経質になるよな』
──そうだろうか。確かにそうかも知れない。
デーナは、踵を返すと基地の門へと向かった。ダンに言われた事を、頭の隅で考えながら。
確かに、新人を迎えることは、デーナにとって神経質に成らざるを得ない行事だった。
どうしても、自分が新人だったあの頃を思い出してしまうから……。そして、自分を迎えてくれた、あの人をも。
『俺は行かないよ、どこにも』
そう約束して、数日後にはいなくなった、彼を。
トラウマ、という言葉を使うのが、一番正しいのだろうか。
とにかくあれから十五年──
デーナは誰か、自分の心に他人が入り込んでくるのを無意識に拒み続けていた。
なんど女性と付き合っても、心までは許せずに。
(しかも今回は女か……)
デーナは門へと歩きながら、何度目かの溜息を吐いて頭を振った。
(……まあ今更、何も変わらないな)
そう思って、顔を上げる。そして門への道を歩き続けた。
*
──ねぇ、アレツさん。
──どうした?
──私、いま、夢をみたの。とても素敵な、夢。
──へえ、どんな夢だ? イリス……
──私が救った命と、貴方が救った命が、結ばれて。
そして新しい命を産む……そんな、とても素敵な未来の夢を……
*
そして出逢う。
未来への道の、確かな始まり。
誰もがゆっくりと踏み出す、明日への一歩。
最初はきっと、不安定で、不器用で、ゆっくりで。
でも、そこには必ず、道がある。
そしてその道を照らす光は、それぞれの心と、思い出の中に輝いている。
Mi Mancherai
──君が恋しい。
会いたいと思う。それはもう叶わないと、分かっていても。
それでも、この心の中にいる君は、いつまでも微笑んだままだ。
そして、それも、いつかまた還るのだろう……。
この世界のどこかで。未来に向かって。
They shall come, and shall declare his righteousness
unto a people that shall be born, that he hath done this.
──The Psalms 22:31
次の世代が生まれるとき、彼らもまたその救いを知り、それを語り継がなければならない。
──詩篇(Psalms) 22章31節
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
この物語はここで一旦、終わりになります。
そして、このストーリーはこれから先、二人の忘れ形見であるリリアンと、七話以降から登場した青年・デーナの出会いから始まる『Psalms』 という話に続いていきます。
こちらも準備が出来次第、順次、改稿と転載を始める予定ですので、またお目を通して頂けたら、この上ない幸せです。
では。
Jules拝