旅立ちの朝
外の世界は広大な大地が広がっていた。
見渡す限りの自然の風景。
青い空。鮮やかな緑の草木。心地良い風。
全てが新鮮に感じられたのは記憶が曖昧なお陰なのだろうか。
ルルーの施設を出たのが早朝なのだがもう太陽は低く日が落ちかけている。
結局行く宛が無い為に素直に彼の言葉を信じる事にしたのだが…本当にこれで良かったのかは分からない。
ただ分かる事は、今の自分は自分以外の誰かに頼るしか道は無いという事。
しかし丸一日程歩き続けたにも関わらず視界に映る景色には町など見当たらず、ただ闇雲に前に進んでいるだけの様な気がした。
不安を抱き次の一歩を躊躇ってしまう。
この侭町に着けなかったとしたらどうする?
要らぬ恐怖が身体を支配する。
俺はまるで急ぐ心を抑えるように歩み続けて来た足を止めてしまった。
懐に閉まった十字架を取り出し見詰めると恐怖に怯えた俺の瞳が映っている。
「もう直ぐ日が暮れます。体力回復も兼ね暫く休憩した方が良いと思いますが?」
「あ…ボクも賛成です…お兄さんも大分お疲れの様ですし…」
足を止めた俺を気遣って言ってくれている事は理解していた。
だが不思議と他人にそれを指摘されると無償に反発したくなる。
誰が休むものか。
結果的に彼らの言葉に後押しされる様に無言で止めた足を再び一歩、また一歩と踏み出す。
「あ…置いてかないで下さいー…!」
「強がる必要は無いと思うのですが…」
─
──
「いくら身分を証明するものが有っても記憶が無い君が道中独りで行くのは危険である事に変わりません。そこで、なのですが…僕の助手の一人を護衛として連れて行って貰う事にしました。」
Xの話を聞いてからルルーの所で一晩を過ごした。そして朝方旅立つ寸前、施設の前で彼に呼び止められ護衛の話を聞かされた。
正直護衛など必要は無い。
危険ではないという根拠は無いが一番の理由は1人の方が気が楽だったからだ。
しかしルルーは此方の答えを待つ事無く話を進めている。
そして彼の隣に一人の女性が姿を現した。
彼女は此方を見詰め淡々と告げる。
「『ユメ』と言います。貴方を必ず無事町迄お連れしますので御安心を。」
肩位迄の長さの赤髪で背中に刃を携えている。目を怪我しているのか片目に包帯を巻いている。故に片目で此方を見ている訳なのだが相当の戦闘経験が有るのだろうか、その瞳は人の心の中迄も見据えている様だった。
「待ってくれ。俺は一人で行ける…護衛は要らない。それに親切なのは分かるがそこ迄して貰う必要は─」
「僕達の為に護衛は必要なんですよ。」
此方が拒もうと告げる言葉に割ってルルーが俺の言葉を否定する。
僕達の為?どういう事だろうか。
不思議そうな表情を見せると彼は苦笑を見せ話を続けた。
「何か勘違いなさってませんか?彼女が護衛するのは君じゃなく、君の持っている『紙』ですよ。町迄は結構な距離が有りますから…万が一君が行き倒れ何処かの民に発見された場合、君の持つ十字架と僕の名前と筆跡の有る紙が見付かったらどうなるでしょう?」
一体何が有るというのか。突然の問い掛けに検討も付かない。
此方の答えを待たぬ侭ユメと呼ばれた女性が口を開き、表情を変えぬ侭告げる。
「…ルルー様がXと関係が有るのだと疑われる事になります。そうなった場合、ルルー様が今迄築き上げてきた民からの信頼が崩れてしまう。」
ルルーが一体どれ程の人物なのかは知らない。しかしその言い方を聞くと余程の人物なのだと感じさせる。
それは彼女が『様』付けで呼んだからなのかも知れないが。
確かに理由は納得出来るが少し警戒し過ぎではないのか?そこ迄して俺を町に行かせる理由…やはり何か引っ掛かる。
心ではそう思いつつも、問い詰める事は出来なかった。
今その『何か』を聞いたとしても町へ行くしか道は無いだろうから。
「…勝手にすれば良い…」
もう何を言っても無駄だろう。
そう思い彼らに一言だけ告げ背を向ける。
「因みに、ですが…不用意にその十字架を民に見せない方が良いですよ?Xの一員だと思われ襲われてしまう。」
ルルーが俺の背中に思い出した様に告げる。今頃言う事では無いだろう、そう感じたが理解する様に一度頷き、踏み出す。
さっさと町迄行ってしまおう。
そうすれば少なくともこの女とは別れられる筈。
広がる大地に向かって歩を進めようとした瞬間だった。
「…あの…すみません…」
ルルーでもユメでも無い、別の声が聞こえる。とっさに振り返り声の主を見遣るとそこには華奢な体格の男が居た。
駆けて来たのか少し息が上がっている。
「おや?テツ君、何かありましたか?」
テツというのが彼の名前らしい。見た目は少年と言った所か。
目に付くのは深く被った帽子と口元を隠すマスク。彼自身がボソボソと喋るのに加えそのマスクのお陰で彼の声は聞き取り難かった。
ルルーが問い掛けるとテツと呼ばれたその少年は遠慮がちにルルーを見、告げる。
「あ…えーと…もし良ければ…なんですが…ボクも同行させて貰えないでしょうか…?」
ルルーが戸惑いの表情を浮かべている。
当たり前だろう、きっと彼はルルーの部下なのだろうが突然現れて何を馬鹿な事を言うのだろうか。
同行、という事は俺と共に町迄行く事になるだろう。只でさえユメと呼ばれた彼女が同行する時点で迷惑だと感じているのに、もう一人付いて来る等冗談じゃない。
勿論ルルーは断るのだろう。
そう思っていたのだが。
「…そうですね…良いでしょう、護衛頼みましたよ?テツ君。」
暫く考える様子を見せるも、ふとルルーが笑顔で一言。
馬鹿な!冗談じゃない、面倒が増えるだけだ。俺は驚きを隠せずテツを視界に映す。彼は嬉しそうに目を細めながらルルーに頭を下げ礼を告げていた。
そして此方に向き直れば彼は再び頭を下げる。
「…テツって言います…宜しく御願いしますね…お兄さん。」
助けを請う様にルルーを見るも笑みを浮かべた侭で此方の話を聞いてくれる気は無いらしい。
ユメを見れば彼女は瞳を伏せ何も気にする様子は無い。
一応抵抗はしてみようと思い口を開いたのだが、言葉を割って溜め息が出る。
ふっ、と張り詰めていた気分が和らいだ気がした。溜め息のお陰なのだろうか?
しかし又疑問が増える。何故テツは突然同行する等と言い出したのか。
そして何故それをルルーは反対する事無く承諾したのか。
このルルーという奴が更に分からなくなった様な気がした。
もう気にするだけ無駄か。
これ以上此処で時間を無駄にしても仕方無い。誰が付いて来ようと俺は町に行く事は変わりは無いのだ、それに別にユメとテツを気にする事も無いだろう。
俺は一人だと思えば良いのだから。
俺は改めてルルーに背を向け、未知の世界へと踏み出した。
勿論背後からは二人分の足音が付いて来るのだが。
以上第2話でした。
前回よりも大分短くなってしまいましたね…そこは多目に見て下さいね?
分かり難い部分等あれば気軽に指摘してやって下さい!