『罪とX』
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眼が覚めると其処は見覚えの無い部屋。
横になる身体を起こし周囲見渡すも寝かされていたベッドと自分しか無かった。
此処は何処なんだ?
部屋の壁に一つ扉が有る。
ベッドから降り床に脚を付けて扉へと歩み寄るがロックされているらしく何の反応も無い。
何も無い空間。こんな場所で自分は何を?
自分自身に問い掛ける。
だが答えが見付かる事は無かった。
やはり自分は此処に来た覚えが無い。
誰かに連れて来られたのか?
再びベッドに戻れば静かに腰掛け額に掌を添える。
何故だろうか、記憶がはっきりしない。
此処に居る経緯もそうだが、記憶を辿る内自分が何者なのか曖昧だった。
名前すら思い出す事が出来ない。本当に自分に名前等有ったのかと疑いたくなる程に、記憶の大部分が失われている。
記憶喪失だろうか?
一時的なものであって欲しいと願いながらも他に何か記憶に情報は無いかと瞳を閉じ、脳内を探る。
─!?
突然頭に激痛が走った。
何か、大切な事が記憶が有る筈。
それを思い出そうとした瞬間、身体が抵抗する様に痛みを生んだ。
すぐに痛みは治まるも再びその事を思い出そうとすれば頭痛が起こるのだろう。
何なんだ…一体…─?
悲痛な呟きと同時に反応の無かった扉が機械的な音と共に開いた。
突然部屋に響いたその音に僅かに身体反応させ警戒の視線向ければ、扉の先からやはり見知らぬ人物が現れる。
そして一言。
「眼、覚めました?」
問われた言葉に反応する事無く相手を見詰めた。
金髪の髪は長く、白衣を身に纏っている。声質は女性の様だったが中性的な顔立ちの為に性別は分からなかった。
視界に移る相手は反応の無い此方を気にする事無く話しを続ける。
「気を楽にして貰って大丈夫ですよ?僕は別に貴方に危害を加えるつもり、無いですし。」
微かな笑顔向けられ告げる言葉からは確かに危険な雰囲気は無い。だが素性の分からない人物に気を許せなどそう簡単には出来ないだろう。
「お前…誰だ?」
この空間で初めて口にした言葉だ。
表情も変える事無く問う此方の返事に相手は素直に口を開く。
「名前ですか?僕はルルー、此処の主です。この辺りじゃ結構名前知られてると思うんだけど…知らないですか?」
ルルー…聞き覚えの無い名前。
まして記憶が曖昧な自分に何を問われても分かる筈は無い。
「すまない…記憶がはっきりしない…」
額押さえ此方が告げると相手はその事を把握していた様に動揺する事無く静かに頷いた。
「まぁ良いです。僕の事を知らなくても君は困らないと思いますし。」
やはり敵意は感じないものの、再び向けられたその笑顔からは何か不思議なものを感じた。
「俺は…一体何故此処に居る?」
ふと相手に向ける漠然とした言葉。
記憶が無い、それは得体の知れぬ孤独を生み出し不安が身を包む。
自分すら知らぬ今の自分は、自らの事を把握する事が必要だった。
此方の問いにルルーが口を開く。
「えーと…君はこの施設の前で倒れていたんですよ?僕の部下が発見した君をこの部屋に寝かせておきました。」
勿論この話しを聞いても記憶は戻る事は無かった。故に何も得られるものは無い事を前提に聞いている。
続く話しに静かに耳を傾ける。
「残念ながら君が何者なのかは分かりません、が。…─君の事、寝てる間に少し調べさせて貰いました。…あ、別に変な事してないですから安心してくださいね?」
調べた?
何を勝手に、と普通の人間ならば怒鳴りつけり者もいるのだろうが今の自分にはその言葉に感謝したい。勿論ルルーの「当然」のような言い方には驚きを隠す事は出来なかったが。
「…で?」
表情には出さぬも微かな期待を胸に一言だけ問い掛ける。ルルーは微かに躊躇うように間を開けて口を開いた。
「実は君を保護したのには理由が有ります。勿論善意からの行動でも有りますが…君の傍らに此が落ちていたんです。」
そう語ると彼は白衣のポケットから徐に掌に収まる程の大きさの十字架を取り出した。
「この十字架はX本部所属の証です。此の隣で君が倒れていた訳で…もし君がXに居た人物なのなら、と興味が湧きまして。」
X?説明も無く話を進める様子だとその名前は一般に知られているのだろう。
そんな事すらも思い出せぬ自分にもどかしさを感じる。
此方の様子に記憶が無い事を思い出したようにルルーは言葉を繋げる。
「Xというのは…この世界を守護している者達の事です。彼らの働きのお陰で此迄世界の治安は保たれ、民は平和に暮らす事が出来ていました。
─と、ここ迄は過去の話。
今現在の彼らはある出来事を境に変わってしまったのです。」
この話が自分にどう関わっているのか分からない、しかし今は静かに続きに耳を傾けるべきなのだろう。
「その出来事の数日後の事。彼らXの行動は一変、突然にX本部近辺の街の民を捕らえ本部へと連行、激しく抵抗する者はその場で命を奪われました。」
深刻な表情で発せられた内容は初めて聞いて直ぐに理解するには不可解だった。
Xという正義の味方が居るとして、何故突然に今迄守り続けてきた民を恐怖に陥れる必要が有ったのか。
それは多分、『ある出来事』が鍵を握っているのだろう。
「勿論その街は壊滅。逃げだせた者も居るようですが…それはほんの数名だけ。連行された民もその後X本部からは誰も戻る事は無かったそうです。本部内に入れる人間は関係者のみ、故に誰も本部で何が行われているのか知る者はいません。
しかし不思議な事に彼らはその事件以後、本部から姿を現していないんです。本部周辺を警備する者だけなら姿を確認出来た者も居るようですが…話など聞ける筈がありませんし、また何時彼らが動き出すかも分かりませんから不用意に近付けないんです。」
未だ真相が明かされる事のない話の内容は理解するだけで大変なものだ。
今の世界の状況を認識しておかなければならないのは分かっているが、普通では異常なこの話を聞くにつれ謎が増えるばかり。
耐えきれず問い掛けてしまった。
「『ある出来事』とは一体何なんだ。悪魔にでも取り付かれたと言うつもりじゃないだろうな?」
此方が口を開くとルルーは静かに頷いて見せた。
静かにそして此方を見詰め返す。
「悪魔…確かに悪魔なのかもしれません。実はその惨劇の幾日前に自ら『神』を名乗る人物が現れたらしいです。何者かも分からぬ者であるにも関わらずX本部の人間は何故か彼を疑う事無く極秘である筈の本部内へ招き入れました。その後は話した通り。…彼があの事件に関係している事は間違い無いと僕は考えています。」
『神』と名乗る者。
一体この世界に何が起きているのかは知らない。しかしルルーから聞いた話によればXが活動停止している時点で今の世界の状況は危ないのだろう。
「つまりこの十字架を持っている時点で危険な人物となる…か。」
ルルーの持つ十字架を見詰め、呟いた。
記憶がない故に自分が何者かは分からない。しかし可能性からいけばそのXという名の団体に所属していた、という説が有力だろう。
それは同時にルルー達のような民にとって危険な存在となる。
ルルーは手に持つ十字架を此方に差し出し、優しい口調で語る。
「心配しないで下さい。確かに君はX本部に所属していたのかもしれない。しかし今の君には記憶が無い、つまり少なくとも街を襲撃した者達のような残虐な心は無いという事。…この十字架は君の物です、持っていて下さい。」
ルルーの表情は穏やかであり、彼のその言葉は理解出来ないながらも微かな不安を感じていた此方の心を落ち着かせてくれた。
差し出された十字架を受け取るとルルーは何か思い出したように折り畳んだ紙を取り出し、それを此方に渡す。
不思議そうにその紙を受け取り中を開けると何かが書いてある。
「…ルルー…レイン…?」
聞き覚えのある名前がそこに有る。そして続いている文章に目を通していると目前の彼が此方の言葉に反応するように答えた。
「アルバート・ルルーレインは僕の本名。長くて呼びにくいので皆にはルルーと呼んで貰っています。しかしそんな事はどうでも良い事。その紙は君を安全な人物だと保証する物、身分証明書と思ってくれて構いません。」
手に取った身分証明書代わりの紙を見詰めながら耳を傾ける。
「僕はこの施設にずっと居る訳では無いですし、君を此処に居させる訳にはいきません。そこでなのですが…この先、丁度南の方角に向かうと小さな町が有ります。その町にはXに詳しい僕の友、シールという老人が住んでいる筈。保証は出来ませんが彼なら君の事を何か知っているかもしれません。勿論強制する訳では有りません…しかし少なくとも宛無くさ迷うよりは良いと思います。」
確かに彼の言う通りだとは思うがこの侭彼に従うように道を選んでしまっていいのだろうか。足らぬ情報からこれからの道を考えるもやはり宛無く広大な大地を歩く事は命に関わるだろう。
彼の判断は懸命だとすぐに思い知らされる。
「各街はあの惨劇が起こってから閉鎖的になっていますから怪しい者は街には入れない筈…シールの元へ行かないにしろ君の身分を証明する為にその紙は役に立つ筈です。」
持っていても邪魔にはならないだろう。
身分証明書の大変な役割を得た紙もこの唯一の手掛かりの十字架も共に大切にしなければならない。
しかしこのルルーという奴…この紙の内容と今の話が嘘ではない限り余程の権力を持っているか余程民に信頼されているのだろう。
しかし不自然な点が否めない。
「そこ迄して何の利益が有る?記憶喪失の本来敵かも分からない奴を軽々しく保証するなんて…─」
疑いの瞳をルルーに向ける。
きっと何か理由が有る筈、それを聞き出せなければ素直に彼の言う通りには動けない。
保護して貰い感謝はしているがやはり彼が自分にとって敵か味方かを見極める必要が有るだろう。
「君に興味が有った、それだけです。Xの人物と話せる機会は今では滅多に有りませんから詳しい事が聞けるかと。…まあ記憶が無いのは予想外でしたけどね。それに僕は困っている人を見捨てる事が出来ないだけですよ。」
此方の問い掛けに動じる事無く微かな笑みを浮かべ彼は答えを返す。
その笑みからはやはり不思議な雰囲気が漂っていた。
人が良い、とう言ってしまえばそれで納得出来てしまう答えだがどうも引っ掛かるものが有る。
しかしそれが何かは分からない。
もしかしたら消え去った記憶にはこの人物と面識が有ったのかもしれない。
今はルルーを信じる事しか出来なかった。
第1章、どうだったでしょうか?
今回初めて小説(と呼べるか分かりませんが…)を書かせて頂きましたAGEと申します。ほぼ初心者なので文章等が滅茶苦茶かと思われますが読んで頂き本当に有難う御座いました!
図々しいようですがもし宜しければ感想やアドバイス等頂けたら励みになります!