Tale 3
[LOG OUT]
目の前に機械的な電気表示が映し出される。
この瞬間は嫌いだ。全てが現実に戻ってくる。
目の中に光が戻る。
目の前のバイザーを取り払う。
暗い、見慣れた天井が目に入ってくる。
おれはそのまま目を閉じる。
(悪いことしちゃったな)
それでも心の中では後悔はしていない。
ゲームはゲームだ。
そして、ゲームの中の俺はゲームの中の俺だ。
気楽に、自分が楽しめる。そうありたいのだ。
(みんなには後で謝っておこう)
ゲームの中でのやり取りは、現実よりも注意をするものだ。どんなに親しくなり、いつもパーティを組んで冒険をしていても、その人の内面や事情を全て知られることはない。自分から知らせようとしなければ伝わることはない。
そこには、見えない壁がある。現実よりも背の高い、高い高い壁だ。
それは、無理に乗り越えていく必要はない。
少なくともおれはそう考えている。
バイザーを戻し、再び目を閉じる。
しかし、ギアは起動せず、仮想世界に向かうことはできない。
目の前に浮かぶのは赤い[ERROR]の文字。
ブルブロには、強制的な休息が設けられている。
ある程度の緩和はなされてきたものの、VRMMORPGにおけるフルダイブ技術が脳に負担をかけることはプレイヤーにとっても世間にとっても周知の事実として認識されている。
ゲーム中であれば、連続稼働可能時間は8時間、ログアウト後には2時間の休息が設定されており、その間はログインすることができない仕様となっている。
一度のログインで、ゲーム中の一日が体感できるようになっているのだ。
8時間後には強制ログアウト、ということになってしまうのだが、もちろん急にはじき出される訳ではない。30分前から警告がなされ、その後時間が経つごとに警告が再度表示、最終的には行動、移動制限がなされログアウトを促す仕組みとなっている。
ダンジョン内であれば近くのセーフティポイント、街中であればホームか宿屋へと送られ、万全の状態で仮想世界から離れる、というシステムが組み込まれているのである。
寝そべってブルブロへとログインしていても、脳が働いていればそれは眠るという行為における休息足り得ない。
よって、現実世界での休息が重視されるのである。
もちろん、この仕様に関しては現在も改善が図られている。
技術は段々と進歩しているため、変遷していくことだろう。
少なくとも現在は、この状況を受け入れた上でのプレーが求められる。
(今は、この仕様が都合がいい)
いつもなら、現実世界に戻ってくると悲壮感がより増し、仮想空間への羨望から、仕様を恨んでいるくらいなのに
今回ばかりは、そう思えない。
落ち着くまでは、皆と顔を合わせたくない。
ふとバイザーを見ると、ランプが青色に点滅している。これは、ゲーム内で誰かからのメッセージが受信されたことの合図だ。
机の奥からUSBケーブルを引っ張りだし、デスクトップにつなぐ。バイザーとパソコンがリンクする。
ブルブロは、基本的にVRでの操作が求められるが、フレンドリストの確認や所持アイテム表示、進行中テイルやサイドの表示、メッセージの確認などの簡易的な操作はパソコン上でも可能である。
攻略情報や掲示板の表示などは仮想世界では扱えないため、事前の調査を補助する名目で機能が設けられているのである。
メッセージは、彩光からだった。
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To ラギ
次回の集合だけど、3日後の夜に決まったよ!ラギは大丈夫そう?
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おれが急にログアウトをした話題に触れていない配慮が心苦しい。だけど、どこか安心感がある。
人には誰しも秘密にしておきたいことが1つや2つあるだろう。
みんなは、それを分かった上で俺に接してくれているということがありありと分かる。
フレンドリストを見ると、4人全員がまだログイン中で、エルトリアの酒場区画の一角に集まっていることが表示されている。
おれの返事を待ってくれているのだろう。
メッセージの執筆フォームを起動すると、彩光に返信を行う。
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To 彩光
3日後の夜ね、了解。
さっきは急に驚かせてすまなかった、皆にも謝っておいてほしい。
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すぐに返信が来る。
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To ラギ
皆気にしてないから大丈夫だよ!
良かった、じゃあ3日後に会おうね。
遅れてきたら後ろから魔法ぶっぱなすからね(* ̄¬ ̄)
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To 彩光
怖ッww
絶対に遅れないようにいくわ!
じゃあ3日後にな。
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フレンドリストを確認すると、皆ログアウトしたようだ。
本当に皆の気遣いが嬉しかった。それに応えられるようにしていかなければと強く思う。
現実と、仮想。
おれには大きな問題であり、心の支え。
我儘かもしれないが、怖い。
今は許してほしいと思う。同時に、許してくれる仲間と出会えたことは奇跡に近い。
何にしろ、おれはこの方法しか知らないんだ。
起き上がる。
時計は21時を回ったところだ。
自分の部屋を出て電気を消すと、辺りは真っ暗になる。
リビングの電気をつけると、誰もいない部屋が目に入ってくる。
これもいつものことだ。父さんは仕事で家にいないことの方が多かった。
だから母さんは愛想を尽かしたのだろう。
そして離れて暮らすようになってからも父さんのこの気質は変わっていない。
キッチンの棚からカップラーメンを取り出す。今日は自分で作るような気にはなれなかった。
父さんと2人で暮らすようになってから、家事の腕がメキメキと上達していっている。正直、あまり嬉しくない。
でもまあ、こんな暮らしが嫌いな訳でもない。
意外と気楽だ。何をしていても文句を言う人もいないし。
唯一気がかりなのは母のもとにいる弟のことだが、あいつは超がつくほどポジティブだし、なんだかんだで上手くやっていることだろう。たまに母からかかってくる電話でも、あいつの元気さは伝わってくるし。
どちらかというと、そのお守りをしている母方の両親のほうが心配になるくらいである。
(まあ、寂しくないといったら嘘になるけどね)
誰にも言うことはないが。
簡単な食事を済ますと、自分の部屋に戻る。
明日は月曜日なので、学校がある。高2の春なんて気楽なもんだ。差し迫った行事もなければ、進路を無理に決める必要もない。ただ毎日を消化するような、そんな日々が続く。
ベッドに寝転ぶ。目を閉じ、考えを巡らせる。
明日学校から帰ってきたら、すぐにブルブロをプレイしよう。
何も考えず、好きな世界で楽しもう。
そういえばやりかけのサイドのクエストも残っているし、週初めには第一の街でのウィークリーミッションが解放される。
武器と防具の修理もせずに出てきてしまったから、紅葉の工房にも顔を出さないといけない。
この前の皆へのお詫びには、ステータスアップアイテムで手を打とう。
それからそれから・・・
こうして夜は深まっていく。
大変お待たせいたしましたッ!・・・待たれていたら嬉しいです(;^^)ちょっと忙しくて停滞してしまっていました。
今回はラギこと如月望君の独白です。ちょっと重いかもしれませんね苦笑
次回も現実世界です。
※全話サブタイトルを変更しました。