ムダの1 名前を忘れられた街
ムダを愛するすべての人々に、僕のムダを捧げます。
ムダを憎むすべての人々に、叩きつけます。
ムダ話なので、ぼんやり読んでくれるとうれしいです。
名前を忘れられた街があった。
街がいつから名前を忘れられてしまったのか、住人の誰も覚えていなかった。
もともとは素敵な名前があったのに、記憶の金庫からひゅるりと抜け出してしまったのだ。
住人たちは自分たちの街を、ただ『街』と呼んだ。
名前があるかないかなんて、特に気にしてはいなかった。
鳥は街を飛んで、人々は職場への道を歩いた。
四角いビルだけが並ぶ街には、もう名前を思い出す気力も愛も余裕もなかったのだ。
「なんで街に名前がないのだろう」
たまに、本当にたまに、最初の雨粒が鮮やかな絵の具に入り込むように、街の名前について思索する人もいた。でも、すぐにその疑問は中空に掻き消えた。ムダなことを考える前に、やらなければいけないことが山ほどあった。
街の名前なんて気にしていたら、
「会社に遅刻してしまう」
「パンを焼くのが遅れてしまう」
「洋服の仕立てが間に合わなくなる」
「時間に追いつかれてしまう」
「お金をうんと稼げなくなってしまう」
街の人々は、何かに追われるように働いた。
でも街は、住人たちに名前を思い出してほしかった。