異世界だって人殺しは違法
田嶋作治郎は死んだ。トラックに轢かれたからである。事件ですか事故ですかと聞かれたら間違いなく事故。たまたま歩道に突っ込んだトラックが下校途中の作治郎を直撃しただけの、ありふれた事故。自動車事故で死ぬ人間は一日当たり平均七人ほどらしい。ふうん、なるほど、作治郎はその七人のうちの一人ってわけだ。どこにでもある。目新しさもない。統計的に、一日七人、死んでいる。作治郎はその七人に選ばれて、死んだ。
なので転生して勇者になった。
……食傷気味の展開ではあるが、事実なのでしょうがない。作治郎には何の責任もない。だって事実だから。真実だから。実際にあったことだから。女神様っぽい人(多分人間ではないが……)に可哀想だから勇者にしてあげるだの何だの言われて、はあそうですかと頷いた結果がこれだから。だから、作治郎は何も悪くない。悪いのは……そうだな、運。運が悪かった。それだけ。
運が悪い。
田嶋作治郎は、運が悪かった。
その一言で済む。トラックに轢かれて死んだことも、知らん女神に同情されて異世界転生なんて数奇な運命を辿る羽目になったのも、運が悪かったというどうしようもない流れのようなものに全責任を押し付けて、嘆くだけで済む。田嶋作治郎はどちらかといえばはずれくじを引くタイプの人間だってこと。そういやこれまでの人生もそうだったな。やることなすこと……いや、やらなくてもなさなくても、とにかく作治郎の全てが悪い方向に行きがちで、作治郎の人生は慌ただしかった。目の前でおばあさんが倒れたり、子供が誘拐されたり、怪しげな壺を売られそうになったり、銀行強盗に巻き込まれたり、バスジャック犯にナイフを向けられたり、そういったことがたくさんあった。どんなトラブルだって慣れりゃどうってことない。非日常が日常になってしまえば、ああなるほどおっけーちょっと待ってねで適切な行動が取れるようになる。そして、作治郎はそれができる高校生だった。
それ故。
動揺は損であると思っているし冷静さの大切さは誰よりもわかっているし、そう、だから、作治郎は大抵のことでは揺らがなくて、そのスキルのおかげでこの異世界でも生き残ってきたのだが──
「ど、どどどどっ! どうしましょう!?」
暗い部屋の中には血まみれの少女が──旅の仲間が一人。
そして、少女の足元には、倒れて頭から血を流している少年の死体が、旅の仲間の死体が、一体。
……
状況を整理しようと思った。
前提条件からちゃんとまとめよう。自分、田嶋作治郎は勇者である。女神様とやらから直々に祝福され、人生を勝手に再スタートさせられ、わけわからん別世界で勇者として召喚されたから勇者なのだ。誰がなんと言おうとね。これはお偉いさんが決めたことである。そのお偉いさんから魔王を討てとの命令で、三人の仲間と共に旅に出ていた。うん、そうだ。今は旅の真っ最中だ。だから、ついた町で宿に泊まったのだ。魔物討伐によってお金がたんまりあったので、珍しく一人一部屋とって、寝た。
んで、夜中に悲鳴が聞こえた。
飛び起き悲鳴が上がった部屋に──聖女であるミルドレッドの部屋に突撃した。なりふり構わず、ノックもせず。何が起きたのか把握するために、とにかく急いで扉を開けて、中身を確認した。
ミルドレッドは無事だった。
傷一つなかった。いや、その場では傷の有無なんてわからなかった。だって、ミルドレッドは血塗れだったから。おしとやかな寝間着(ネグリジェって言うんだっけか?)も、長くて綺麗な金髪も、初雪みたいな肌も、全部全部真っ赤に染まっていて、おや、どうやら我らが聖女様は突っ立ったまま死んでんのかと、一瞬だけそう愚考した。考えた。
間違いである。
なぜなら、ミルドレッドは生きていたから。その銀鈴の声を震わせて、作治郎を呼んだから。……いや、それだけじゃあ、ない。もっと確証があった。確信があった。
だって、ミルドレッドは割れた花瓶を逆さにして持っていた、から。
ついでにその足元に、血をだらだら流しながらうつぶせになっている、少年が──剣士のテオドールがいたから。
「……加害者そっちかあ」
どうやら、自分の想定した事態とはちぃと違うらしい。
どうしましょうしか言えなくなったミルドレッドを一回放っておいて、作治郎はもう一人を起こしにいった。魔王討伐メンバーは全部で四人。勇者である作治郎、事件の中心であり聖女のミルドレッド、殺されちゃった剣士のテオドール、そしてもう一人、この事件とはなんら関係はないし、なんなら起こしに行くまでグースカ寝ていた呑気者、魔女のシャルロッテ。寝間着にも着替えず机に突っ伏して寝ていた彼女を揺すって起こし、また舞い戻った。
事態を見分したシャルロッテは開口一番。
「あ、殺したの。ふうん」
と言った。
「ノリ軽くね?」
作治郎が言ったことなど気にもせず、暗い紫をした、いかにもな魔女の衣装に身を包んだシャルロッテは長い木の杖で床を叩きながらあくびをした。ちっとも真剣に考えちゃいない。作治郎はとりあえずあわあわしているミルドレッドを宥めつつ、これからどうしたものかねという意見を求める視線をそれとなくシャルロッテに送る。しかしシャルロッテはこちらを見ようともしない。殺したからなんだとでも言いたげな、睡眠を邪魔されて腹立たしいなんて顔で、ひたすらあくびを嚙み殺している。そんな魔女。
作治郎はとりあえずミルドレッドに話を聞くことにした。
「ミルドレッド、何があったか話せるか?」
「えと、えとえとえとえとっ!」
せわしなく視線を動かしながら、ミルドレッドはたどたどしく。
「よ、夜中にですね。……これは不可抗力でして! だ、だから、わたくしはあんまり悪くないと言いますか、えっと、その、テオドール様がし、死んじゃった、のは、あくまでも身を守るためで、こ、殺そうだなんてそんなまさか! 事件というか事故というか、その、故意ではなく過失で、だから」
「おう、落ち着いて。順番にゆっくりな」
「テオドール様が急に襲ってきたからです!」
……うん?
作治郎はどちらかといえば紳士的だった故人のことを思い出しつつ、慌てふためく聖女の証言を聞く。
「ゆ、夕食後、です。多分。テオドール様に、夜中に来てもいいかって聞かれて、なんだか嫌な予感がしたので断って……で、でも、食い下がってきたので、話は平行線で、なあなあで終わっちゃったんですけど、今思うとそれがだめだったのかなあなんて思わなくもないですが、えと、それで、来ちゃったから、と、とっさに──」
部屋の装飾品であった花瓶で殴ったと。
ふむ、なるほど。つまりこれはミルドレッド的には正当防衛である、と。まあ、そうだろな。好いてもねえ男に言い寄られて、夜這い的なことされたら、誰だってそうするだろう。あのキザったらしいいいとこの坊ちゃん剣士がそんなことするなんて思ってもなかったが、被害者(加害者?)が言うのならそれが事実。今思い出してみると、この二人、夕食後に何か揉めていたような気がしなくもない。記憶は定かではないがね。
とにかく、テオドールはミルドレッドに惚れていて、強行突破に出たと。
そんなとこ。
よし、原因解明終わり。あー、すっきり。事件ってよりかは事故っぽいし、お偉いさんどもにちゃんと報告すれば平和的に終わらせられそう……。
「マズイね」
端的に、シャルロッテが評する。
まあなんとかなるかだって悪意ないしと考えていた作治郎の思考が一気に冷えた。マズイ。マズイ? なぜマズイ? これは立派な正当防衛で、事故に近しいナニカであって、してしまったことはしょうがないから、馬鹿正直に告白して、お偉いさんに解決してもらおうと、そう考えていたのだが。
「……まじいの?」
「マズイよ。よくよく考えてよ。この状況がマズくなくて何なの? すっげえピンチなのに、何をそんな呑気に考えてんの」
ウチの聖女サマが悲鳴あげても呑気に寝てたやつはどこのどいつだよって言葉はすんでのところで飲み込んだ。目線で先を促す。シャルロッテは隅に置かれていた机をずりずり動かし、魔法で足りない椅子を増やした。それぞれ座る。作治郎はミルドレッドと並んで。シャルロッテはその正面に。
「いい? まず、殺人は違法だよ」
「知ってるけど」
「いいや知らないね。殺人はどんな場合でも違法だ。王様が黙っちゃいない。そりゃ、魔王討伐の旅なんだから死者なんてものは珍しくもなんともないかもだけど、それでも、仲間殺しはご法度ってこと。いや、それだから、かな」
シャルロッテは落ち着かぬミルドレッドに目線をやる。
「ねえ聖女様。きみ、自分の立場わかってる?」
「……まあ、少し、は」
「わかってなさげだから解説しよう。無知蒙昧な勇者様もいることだしね」
シャルロッテはビッとテオドールの死体を指さして。
「そこの剣士様はまあまあいいとこの家出身だよ。それでも、聖女様には立場で負ける。なんでだと思う?」
「……えー? 王国の大事なとこ担ってるから、とか?」
作治郎は適当に答える。聖女がどんな役職とかはよく知らんが、まあ重要なんだろうということはなんとなしに察せられることなのだし。だから、当たらずとも遠からずって感じなのだが……。
「五十点ってとこかな」
「……五十点満点で?」
「百点満点に決まってるでしょ」
シャルロッテの評価は散々だった。
見かねたのか、ミルドレッドがもじもじしながら答えてくれる。少しだけ内面に踏み込んだ話をするときのような、シリアスと羞恥が混じり合った空気感。
「えっと、ですね。それは……わたくしが、王の、いや国の所有物だからです」
所有物。
王様の、国の、物。
作治郎の頭はショートしそうだった。理解不能の意味不明。物、モノ……つまり物体? しかし隣でため息を吐いている彼女はどう見たって人間である。生命体である。物ではなく者である。あ、あれか? AIに人権はないとか、そういう話? だったらわかる。じゃあこの聖女様ももしかしたら科学技術ではなく魔法技術でつくられた人工生命なのかも……。
「おっと、勇者様には刺激が強すぎたかな? じゃあ、もっかい。──そこの聖女様は国の所有物で、人権なんてない。神と交信するための道具に過ぎないってね」
という考えは吹き飛ばされた。
あまりにも前時代的なお話に、作治郎は卒倒しそうだった。この、まっことかいらしい幼気な女の子に、どうやら人権はないらしかった。国の備品扱いらしかった。生物ではなく道具、らしかった。
これなら奴隷扱いの方が、よっぽどマシなんじゃない?
「聖女ってのは基本的に神様の言葉を聞いて民衆に伝えるためだけの道具なの。国を運営していく上でなくてはならない装置なの。サクジロウにとっちゃ受け入れがたいかもしれないけど、それが事実。死んだら……つまり使えなくなったら葬儀もせず焼却処分。人間じゃないんだよ。徹底的にね」
それが常識とでも言わんばかりにシャルロッテが語り、張本人であるミルドレッドも否定はしない。それが当たり前であるのだと、そう態度に表して。
だから、作治郎がどれだけ受け入れ難くとも、事態は進行する。
「さて、聖女が貴族の息子を殺した。別にそれ自体は問題じゃない。聖女を穢そうとする方が悪いし、実際、それが成功してたらわたしたちが直々にテオドールを殺さなきゃいけないぐらいの大罪なんだよ。うん、だから、問題点はもっと別」
シャルロッテはじと、とミルドレッドを睨む。
「聖女様が人を殺した」
「……」
「つまり、聖女様は穢れてしまったってこと」
……ああ、なるほど。
聖女という存在について、作治郎は詳しくは知らないが、それでも。
シャルロッテが言わんとしていることは理解できる。
「つまり、ミルドレッドはもう聖女失格ってこった」
「大正解だね」
ミルドレッドが俯く。ぼそぼそと、奇跡が使えなくなっていますと報告する。ミルドレッドはもう神とやらに愛されていない。潔白ではなくなったミルドレッドは用済み。
シャルロッテは苛ついたように鼻を鳴らして話を戻す。感傷に浸っている場合ではないと、しみったれた空気を吹き飛ばす。そう、実際問題これからの話が重要だった。どう行動するかが課題だった。
「さて、ミルドレッドは、聖女は壊れちゃったわけだけど、じゃあこれは誰の責任だと思う?」
「テオドール」
「死人を勘定に含めないとするのなら?」
「……誰も悪くない?」
「悪いのはわたくしです……」
「そう気に病まないでくれよミルドレッド。誰も悪くねえったら悪くねえ。少なくとも、俺の中ではな」
「そう、わたしたちの中じゃ誰も悪くない。悪いのはそこの死人だけ。でもね」
でもね?
「国はミルドレッドを無慈悲に処理して、わたしと勇者が悪いって決めつけて裁いてくれるだろうね」
忌々しそうに、シャルロッテが言い切った。
なぜに? ホワイ? だってこれってほぼ事故じゃん。テオドールが無理やり迫ってきたからミルドレッドは抵抗して、んで、結果的に殺しちゃった。正当防衛以外の何物でもない。いや、日本の法律だとやりすぎだとか過剰防衛だとか言われるかもしれんが、彼女は聖女である。自分の命が──価値がなくなると考えれば、それは死と同じこと。自分の命を守るために殺した。
だからこれは不慮の事態である。
「でも国はわたしたちが悪いのだと決めつける。神の声が届かなくなるってのは一大事だからね。事態を招いた張本人であるテオドールはその死体を家畜の餌にされるだろうし、ミルドレッドは焼却処分という名の火刑。んで、その事態を防げなかったわたしたちは斬首刑」
「……り、理不尽!」
「理不尽だろうがなんだろうが、それが正当だからねえ。わたしたちは自身の無罪を知ってるけど、信じているけど、他人から見りゃそうじゃないってこと。一人一部屋取っちゃったのが悪かったかな。いつも通りに、女子と男子で分かれべきだったかも」
しょぼんとするミルドレッドを横目に、そういうのを後の祭りだとか後悔先に立たずとか言うんだぜって思ったけど、口には出さなかった。出してもどうしようもないからである。今置かれている状況を一言で表したとしても、それに何の意味もないからである。故郷の言葉を懐かしむ暇があったら、この事態をどう乗り越えるかを考えた方がいくらか生産的。
「ど、どうしましょう、か……」
ミルドレッドがどうにかといった調子で言葉を絞り出す。こう見るとただの少女だなあ。いや、前からそうなんだけど。
「どうしようかねえ」
シャルロッテも同じ言葉を発した。オウム返し。反響言語。つまり何も進展していない。
「どうすっか」
作治郎も前ならえで言った。だって何の解決策もないから。思い浮かばないから。死体は生き返るそぶりを見せず、ただそこに横たわるのみ。さて、どうする? テオドール。殺したのがシャルロッテか自分だったらまだ魔物にやられて~とか言い訳できたのに、よりにもよって聖女であるミルドレッドが殺してしまったってのが最悪。
どーして彼はミルドレッドを狙ったんだろう。
テオドールという人間は、剣士は、貴族は、まっこと紳士的で論理的な男であった。誰に対しても丁寧で、ぽっと出の作治郎にも優しかった。剣技も教えてくれた。好きな食べ物は酒場にあった野イチゴのパフェで、出発前に死ぬほど食べていた。だって死ぬかもしれなかったから。彼はリアリストである。魔王討伐なんだからそりゃ生きて帰れる可能性のほうが少ないよなと、未練を断ち切りやり残しを消し、死ぬ準備を整えて、しかし恐怖は微塵も態度に出さず、出発した。きっと一番魔王の危険性をわかっているのが彼だった。自分は転生したてで現実味がなかったし、シャルロッテはどうにかなると楽観視していて、ミルドレッドは神のご加護があるから負けることはないと信じ切っていて。だから、そう。彼がいなきゃ、とっくに野垂れ死んでいたことだろう。真面目で現実的な彼がいたからこそ、この旅はここまで来れたのである。
彼はなぜ、ミルドレッドを犯そうなんて考えた?
彼は優しい。ミルドレッドに言えば治してもらえるしと考え、無暗に突撃する自分を怒った。仲間が傷つくのを一等嫌う御仁だった。この点はシャルロッテと正反対かも。だって、前線で戦う自分らを無視して敵ごと爆破するようなやつだもの。彼女は考えなしである。……とにかく! 誰よりも仲間思いな彼が、こうなってしまうことをわかっていた上でミルドレッドを襲おうと考えたのは何故だ? 実は変態だった? そうかもな。しかし作治郎はミステリで犯人役の異常行動を全部『頭がおかしいから』で片づけるのを嫌う人間である。そう簡単に人間が狂うものか。狂うのにも才能がいる。平凡の反対が非凡であるように。非凡の類語が狂人であるように。常識とは十八歳までに身に着けた偏見であり、その偏見から逃れられる人間は少数派ってこったな。いつだって人間は他人からの評価を視線を気にしてしまうから。
だから、彼にはきっと、理由があったはず。
彼が実は変態だったから、だなんて、そんなつまらない結末であるなんてことはありえない。
「どうしようかねえ」
シャルロッテがまた同じ言葉を吐いたので、作治郎の意識はそちら側に引っ張られた。死人のことを考えたって仕方がない。自分の身の安全をどう確保するか。それが重要。
「ぶっちゃけさあ、魔王なんてものに歯向かおうとするからこうなるんだよねえ。ありゃ災害とかと一緒だよ。変に抗おうとするからこうなっちゃうの。いくら民に勇者の素晴らしさやら剣士のすごさやら魔女の有能さやら聖女の神聖さを説いたって、現実は変わらない。劣勢であることに違いはない」
シャルロッテが苦々しく語る。ほとんど独り言である。この現状を嘆くだけの愚痴。
しかし内容は聞き逃せない。
「え、劣勢なん?」
「当たり前でしょ。来たばっかの勇者様は知らないかもだけどね、もう世界の三分の一は飲み込まれちゃってるんだよ。魔物の国になっちゃってんだよ。死んだ人間は数えたくもないほどだし、いくら勇者とはいえ負ける可能性はゼロじゃないどころか負ける可能性のほうが大きいし、ぶっちゃけ人間に未来がないんだよねえ」
あれ?
この物語って、俺TUEEEEする感じの、よくある異世界ラノベじゃない感じ?
少なくとも作治郎は探せばどこにでもあるような、チートスキルで成り上がり系の、読んでてスカッとする勧善懲悪モノだと思ってたんだけど、違う?
ここの世界はもう終わる寸前で、それをよしとしない人間が足掻いて足掻いて努力して、そうして呼び出されたのが自分だったってだけで……。その実、ハッピーエンドなんて用意されていない、もう終わった世界なのだとしたら?
……。
ああ、だとしたら。
誰よりも真面目なテオドールは、仲間だけでも生き残らせたいと考えたのかもしれない。
自分が殺されること前提で。
ぽんと思いついた仮説はいやに現実味を帯びていた。だって、そうじゃないとテオドールの行動原理がわかんなくなっちゃうんだもの。こう考えた方がしっくりくる。あの仲間思いのテオドールがこんな破滅を招いた訳。
死人の意思を尊重するのなら、気づいた作治郎が提案すべきである。
「裏切らねえ?」
端的に、作治郎は言った。案を出した。下ばかり見ていたミルドレッドは驚いたように顔を上げ、頬杖をついてため息を吐いていたシャルロッテは狂人を見る目でこちらを見てくる。冷てえ反応だこと。
「何言ってんの?」
「いや、どうせ死刑なら人間様裏切って魔王に仕えましょうよって話」
「……ふうん」
ミルドレッドはあわあわと口を動かしているが声になっていないので割愛。きっと不敬だとか神の意志に反するだとか、そういうことが言いたいんじゃないかなあと邪推してみる。彼女はテオドールに負けず劣らず真面目だからな。敬虔なる信徒さんってこと。
しかしシャルロッテはこちらの意図をくみ取ってくれたのか、簡潔に納得した。
「それがテオドールの狙いだったってことね」
「そういうこったな。人間様裏切って魔王に従った方が、命だけは助かるんじゃねえかって寸法さ」
そう、テオドールはなんとしてでも生き残りたかったし生き残らさせたかった。
どこまでも真剣に生きている彼はこの世界の寿命が、人間の残り時間が、わかってしまったのだ。このまま抗い続けても意味がないことを知ってしまったのだ。なら、どうする? この戦いが負け戦であると知った彼はどうしたと思う? 自分の──いや、仲間の命だけでも助けたい。しかしこんなこと言っても誰も真に受けちゃくれねえというか、冗談やめろで流されてしまうだろう。真面目なミルドレッドは怒るだろうし、シャルロッテはかかかと笑って会話を終わらせる。自分は言わずもがな、何言ってんだで終了だ。
だから。
裏切らないと死ぬ状況を作り出した。
自分の命を使って。
「あいつ、結構馬鹿だったんだね」
シャルロッテが死人を評す。ああ、馬鹿である。馬鹿以外の何物でもない。自己犠牲ってのは結局自己満の塊でしかないからな。自分はキモチイイかもしれないけど、残された方はたまったもんじゃない。この事実に気づかなかったらなんてことを、テオドールは少しでも考えなかったのだろうか? 無責任にもほどがある。おかげこっちはあとちょっとで全員死刑コースだったんだぞ。
しかし死人に耳はない。
なのでどれだけ馬鹿だなんだ言おうが意味はない。
「じゃ、じゃあ、どうするん、ですか?」
ミルドレッドもこの事態を飲み込めたらしく、おどおどと聞いてくる。どうする? 人間の味方のまま潔く死ぬか、それとも一か八かで魔王に傅くか。潔白なまま(いや人殺しちゃってるけど)死ぬか醜く汚く生き残るか。
「どうするもなにも」
魔女がけけけと笑って、立ち上がる。血に濡れた床に魔法陣を書き始める。
ここら一帯を焼け野原にする魔法を。
「まだ生きてたいかな」
「……前方に同じ」
作治郎はおざなりに頷いた。生きていたかった。死にたくはなかった。生き返るわけがないから死にたくなかった。あの奇跡は二度と起きぬから、生きていたい。危機を回避して生き延びてきた作治郎は生に貪欲な少年である。何千回もの死線を潜り抜け乗り越え飛び越えてこられたのは作治郎が頑張ったから。死ぬ気で生きたいと思ったから。
人の命はそりゃもう重い。
フィクションじゃああるまいし。
「……自殺はしてはいけませんからね」
ミルドレッドも死にたくはなかったらしく、適当な理由をつけて逃げる準備をし始めた。手際よく荷物をまとめていく。ついでに死体も埋めに行くらしい。一応の証拠隠滅? それか埋葬かな。
さて、自分は何をしよう。とりあえず店主脅して根こそぎ金品奪おうかな。
「ミルドレッドのやってる死体遺棄は犯罪奴隷として十年働かされるやつだし、サクジロウがやろうとしてる強盗は手首切り落としの刑になるよ」
「そういうシャルロッテのやろうとしてる放火はどうなんだよ」
「フツーに死刑」
命が軽いなあ。
作治郎は自分の部屋に戻って剣を取ってこようと思った。なに、殺しはしないさ。人が死ぬのは嫌だからね。




