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レクサス逆転生――異世界育ちの俺、父さんの世界で科学文明を学ぶ  作者: しばたろう


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09サクラと俺の高校生活

 三月になり、サクラは「県立坂の上高等学校」に無事合格した。


「当然でしょ」


 鼻の穴を膨らませ、どや顔を決めるサクラ。

 とてもうれしそうだった。


 そして四月。

 サクラは「県立坂の上高等学校」に入学した。


 一方の俺の方だが――。


 結果として、四月にサクラと一緒に「県立坂の上高等学校」に入学することはできなかった。


 理由は簡単に言えば、

 俺の戸籍がなかったからだ。


 いや、正確には――

 存在していなかった、と言うべきかもしれない。


 俺はこの世界に来るまで、日本に住んでいたわけではない。

 当然、日本の戸籍にも、住民登録にも、俺の名前はなかった。


 そこで、祖父母の家族として戸籍に登録する手続きを進めることになったのだが、これが思った以上に時間がかかった。


 役所という場所は、とにかく書類が多い。


 出生の確認。

 親子関係の確認。

 住民登録。


 俺が中学の問題集と格闘しているあいだ、

 おじいちゃんやおばあちゃんは、書類と格闘してくれていた。


 おじいちゃんは言っていた。


「役所というのはな、書類で世界を動かしている場所なんだ」


 なるほど。

 たしかにそうかもしれない。


 王国では、役人が判断すればそれで終わりだ。

 だが日本では、紙がなければ何も始まらない。


 こうして、ようやく俺は祖父母の戸籍に入り、住民票も登録された。


 だが、ここで次の問題が出てきた。


 俺には――

 中学の卒業証明がない。


 当然だ。

 日本の中学に通ったことがないのだから。


 そこで教育委員会という場所で、学力の確認が行われることになった。


 簡単な試験と面談。


 数学。

 理科。

 社会。

 国語。

 英語。


 幸い、この三か月で必死に勉強していたおかげで、問題はほとんど解くことができた。


 担当の人は答案を見ながら言った。


「中学卒業相当の学力はありますね」


 どうやら合格らしい。


 これで高校に進学する資格は得られた。


 ――のだが。


 問題が一つ残っていた。


 高校の入試は、すでに終わっていたのだ。


 県立坂の上高等学校の入試は二月。

 合格発表は三月。


 四月には、もう入学式が終わっている。


 つまり――


 俺が戸籍を作り、受験資格を得たときには、

 すべてが終わったあとだった。


 そこで教育委員会と高校が相談した結果、


「特例として六月に転入という形で受け入れる」


 という話になったのである。


 そんなわけで。


 四月。


 サクラは高校生活をスタートさせ、

 俺は祖父の家で、高校の範囲の勉強を自習することとなった。


 そして――


 六月。


 俺の高校生活が、ようやく始まることになる。



 教室の前。


 俺は新しい制服に身を包み、担任の先生の後ろに立っていた。


 教室の中からは、にぎやかな声が漏れ聞こえてくる。


 この教室の中には、俺と同世代の生徒が三十人いるらしい。


 王国では、これほど多くの同世代の人間と一緒に過ごしたことはない。


 少し――いや、かなり緊張していた。


 ポケットに忍ばせていた魔石のかけらを握る。


 わずかに感じる魔力。


 それだけで、心が少し落ち着いた。


 そのとき。


 先生が教室の扉を開けた。


「みんな、ちょっといいか」


 ざわざわしていた教室が、すっと静かになる。


「今日から転入してきた生徒を紹介する」


 先生は俺の方を見た。


「高瀬くん。自己紹介をどうぞ」


 教室の視線が一斉に集まる。


 三十人以上の目。


 思った以上の圧力だ。


 俺は一歩前に出た。


「高瀬隼人です」


 用意していた言葉を続ける。


「最近、この町に引っ越してきました。まだ分からないことも多いですが、よろしくお願いします」


 俺が、失踪していた車から発見されたことは、この学校にも伏せてあるらしい。


 あの事件は少し話題になったそうだが、幸い、俺は未成年だったため、身元は世間に公表されていない。


 そのため、学校では「最近この町に引っ越してきた転校生」ということになっている。


 一瞬、教室が静まり返る。


 そして――


 ぱちぱち、と拍手が起きた。


「じゃあ席は……あそこだな」


 先生が指さしたのは、窓際の席だった。


 俺は軽くうなずき、席へ向かう。


 その途中。


 見覚えのある顔に気づいた。


 サクラだ。


 胸の奥の緊張が、少しだけほどけた。


「やっと来られたね。おめでとう」


 サクラがほほ笑む。


「ああ、ありがとう」


 短い言葉を交わし、俺は席に座った。


 すると、サクラの横に座っていた男子生徒が、こちらをちらりと見た。


「サクラ、あの転入生と知り合いなのか?」


「うん。まあね」


 サクラは軽くうなずく。


 すると、その男子生徒は――


 俺を、じっとにらみつけてきた。


 短髪。

 鋭い目つき。


 いかにも気の強そうな男だ。


 ……あれ?


 俺、なにか悪いことしたかな。

 


 休み時間になった。


 途端に、教室の空気が一気ににぎやかになる。


 そして――。


 サクラを先頭に、数人の男女が俺の席のまわりに集まってきた。


「ねえ、サクラと高瀬くんって、知り合いなのよね?」


 女子の一人が興味津々といった様子で聞いてくる。


「うん。いとこ」


 サクラがあっさり答えた。


「ねえハヤト。この子、友達のハルカ。ハヤトのこと紹介しろってうるさいの」


「ちょっと、いきなり何言ってんのよー!」


 ハルカが顔を赤くして抗議する。


 サクラはにやにやしながら肩をすくめた。


 その様子を見て、周りの女子たちがくすくす笑う。


 教室の空気は、思っていたよりずっと和やかだった。


「なあ、高瀬はなんで引っ越してきたんだ?」


 今度は男子の一人が聞いてきた。


 俺の前の席の生徒だ。


「うーん、それは……」


 どう説明したものかと、言葉に詰まる。


 すると。


「複雑な事情があるのよ。察しなさいよ」


 サクラが腕を組みながら、ぴしっと言った。


「それは悪かったよ。サクラ、こええよ」


 男子が肩をすくめる。


 周りから、どっと笑いが起きた。


 とりあえず――。


 みんな、気さくそうでよかった。


 俺は少し肩の力を抜いた。


 そのとき。


 ふと、視線を感じた。


 顔を上げる。


 教室の少し離れた席。


 さっきの男子生徒が、こちらをじっと見ていた。


 明らかに――


 にらんでいる。


 ……うーん。


 やはり、俺はなにかやったらしい。

 

 

 こうして、俺の高校生活が始まった。


 俺はやる気満々で臨んだ。


 特に、数学。

 物理。

 化学。


 この三つは、しっかり学ばなければならない。


 車を作るには、絶対に必要になる学問だからだ。


 ――が。


 高校の授業というのは、思っていた以上にレベルが高かった。


 スピードが早い。

 内容も濃い。


 先生は黒板に次々と式を書き、説明を進めていく。


 俺は必死でノートをとり、説明を聞いた。


 わからないところがあると、授業のあとに先生のところへ行き、積極的に質問した。


「ここなんですが、この式の意味が――」


 そんなことを繰り返しているうちに、先生にも顔を覚えられたらしい。


「高瀬くんは熱心だね」


 と、よく言われるようになった。


 だが――。


 どうも、クラスの雰囲気は少し違っていた。


 皆、授業中は静かに聞いている。

 だが、休み時間になると、みんなすぐに雑談を始める。


 放課後も、部活や遊びの話ばかりだ。


 俺のように、授業のあとすぐ先生のところへ質問に行く生徒は、ほとんどいない。


 ある日、そのことをサクラに聞いてみた。


「なあ。みんな、あまり勉強しないんだな」


 サクラは少し笑った。


「そんなもんよ。みんな、ハヤトみたいにがつがつは勉強しないわね」


「なぜだ?」


「うーん……」


 サクラは少し考えてから言った。


「ハヤトみたいに、勉強する明確な理由がないのよ。みんな」


 なるほど。


 サクラはさらに続けた。


「それに、うちの高校のレベルだと、みんな難しい大学はあんまり狙わないしね」


「そんなものか」


「そんなもんよ」


 サクラは肩をすくめて笑った。


 俺は少しだけ考える。


 なるほど。


 理由がなければ、人はそこまで本気にはならない。

 ということか。

 

 この国は、あまりにも満たされすぎている。

 だからこそ、夢を持つ理由が見えにくいのかもしれない。

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