15妹との再会、迫られる決断
ミオはレクサスから降り、俺の前に立った。
月明かりに照らされたその姿は――紛れもなく、ミオだった。
だが。
背が、伸びている。
最後に会ったのは、一年半前。
その間に成長した――そう考えるのが自然だ。
しかし。
それにしても、おかしい。
ミオは、俺より四つ下のはずだ。
なのに。
目の前にいるその姿は、どう見ても――
俺と、ほとんど同年代に見える。
ありえない。
一年半で、ここまで変わるはずがない。
「ミオ……なのか?」
自分でも信じきれないまま、問いかける。
「そうよ、兄さん。会いに来たわ」
にこり、と笑う。
その表情は、確かにミオのものだ。
だが――声が違う。
少し低く、落ち着いている。
どこか、大人びていた。
それよりも。
会いに来た?
どうやって?
なぜ、今?
疑問が一気に押し寄せる。
そのとき――
「ハヤト!どうした、急に飛び出して!」
家の方から、おじいちゃんの声が飛んできた。
続いて、おばあちゃんも駆け寄ってくる。
二人の視線が、ミオへと向けられる。
「……んん、どなた、かな?」
当然だ。
この世界の二人は、ミオを知らない。
◇
リビング。
テーブルの上には、湯気の立つカップが並んでいる。
その向こう側に、ミオはちょこんと座っていた。
背筋を伸ばし、どこか落ち着いた様子で。
「はじめまして。おじいちゃん、おばあちゃん。
タカセタクミの娘。ハヤトの妹――タカセ・ミオです」
はっきりとした口調で、名乗る。
おじいちゃんとおばあちゃんは、そろって口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「あなたが……ミオちゃん?」
「ハヤトから話は聞いていたが……」
無理もない。
俺自身も――
再会の喜びより、混乱のほうが勝っていた。
ありえない状況だ。
「ミオ。どうして、ここにいる?」
抑えきれず、問いかける。
ミオは一瞬だけ俺を見つめ――
静かに、口を開いた。
「そうね、兄さん。まずは、説明が必要ね。」
「その前に、言っておかないといけないことがあるの」
その声は、やけに落ち着いていた。
「魔石の波動が、再び臨界に至ったその時――
私たちは、元の世界に戻るチャンスを得る」
――なに?
思わず、ポケットの中の魔石を握りしめる。
先ほどまで荒れていた波動は、今は静かだ。
だが。
あれが、再び起こるというのか。
いや、それより――
戻る?
元の世界に?
勢いよく顔を上げる。
「戻れるのか!? いつだ! いや、それより――どうしてそんなことを知っている!」
「今から、ちょうど一か月後よ」
即答だった。
まるで、すべてを見越しているかのように。
「そして――」
ミオは、わずかに視線を細める。
「兄さん。最初に、一つだけ決めてほしいことがあるの」
空気が、張り詰める。
「それを決めてもらわないと、これ以上は説明できないわ」
――不可解だ。
だが、冗談ではない。
この状況で、軽口を叩くような奴ではない。
深く息を吸う。
ゆっくりと吐く。
「……わかった。何を決めればいい?」
ミオは迷いなく言った。
「一か月後」
「私と一緒に、元の世界に戻るか――」
一拍。
「それとも、この世界に残るか」
言葉が、落ちる。
重い。
あまりにも重い。
――いつか、この選択をする日が来るかもしれない。
どこかで、そう思ってはいた。
だが。
こんな形で突きつけられるとは思っていなかった。
少し前の俺なら、
迷わず「戻る」と答えただろう。
だが――
今は違う。
この世界での生活。
おじいちゃんとおばあちゃん。
サクラやハルカ、学校のみんな。
剣道。
学び。
すべてが、頭をよぎる。
視線を上げる。
おじいちゃんとおばあちゃんが、不安そうにこちらを見ていた。
――時間がいる。
そう言おうとした、その瞬間。
「一日、待つわ」
ミオが言った。
俺の思考を、なぞるように。
◇
「それから――」
ミオは、胸元から分厚い封筒を取り出した。
「これを、お父さんから預かってきました」
そう言って、
おじいちゃんとおばあちゃんへ、静かに差し出す。
おじいちゃんは、震える手でそれを受け取った。
隣から、おばあちゃんがそっと覗き込む。
封筒には、はっきりと書かれていた。
――お父さん、お母さんへ。
手紙だ。
「おお……」
その文字を見た瞬間、
二人の目から、大粒の涙があふれ出した。
言葉にならない声が、喉の奥で震えている。
「おじいちゃん、おばあちゃん。二人で、ゆっくり読んで」
ミオは静かに立ち上がる。
「今日は、兄さんの部屋で休むことにするわ。案内してくれる?」
そう言って、リビングを出ていく。
俺は慌てて、その後を追った。
◇
ミオは、俺の部屋に入ると、
ぐるりと見渡した。
「ここが、兄さんの部屋なのね」
本棚に近づき、指で背表紙をなぞる。
「本がいっぱいある……すごい。こんなにあるなんて」
――聞いていた通り。
小さく、そう呟いた。
俺は、堪えきれずに問いかける。
「父さんと母さんは……元気なのか?」
「それに――」
一歩、踏み出す。
「お前のその姿だ。どうして、急にそんなに成長している?」
ミオは、本棚を眺めたまま、答える。
「詳しい話は、明日にならないとできないのだけれど」
一拍。
「今、言えることだけなら――」
こちらを振り向く。
「大丈夫。父さんと母さんは、元気よ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に詰まっていたものが、ほどけた。
思わず、深く息を吐く。
――よかった。
どれほど心配をかけているのか、
それだけが、ずっと引っかかっていた。
ミオは続ける。
「あとね」
少しだけ、楽しそうに笑った。
「私は、十五歳のときに、あちらの世界からこちらに来たの」
「レクサスに乗ってね」
――十五歳?
思考が、一瞬止まる。
計算する。
時間が、合わない。
つまり――
未来のミオが、ここにいる?
時間軸が、ずれている?
それに、レクサス?
あちらの世界に、レクサスは、無いはず。
理解が、追いつかない。
「……ふふ、混乱するわよね」
ミオが、くすりと笑う。
「明日、ちゃんと説明できると思うわ」
そう言って、
ベッドの端に腰を下ろす。
「だから今夜は――」
こちらを見上げる。
「兄さんの話を聞かせて」
「こっちの世界のこと。生活のこと」
一瞬、言葉を選ぶようにしてから、
少しだけ声を落とした。
「正直ね……」
「私、今、けっこうドキドキしてるの」
「初めて見るものばかりで」
その言葉に、
俺は、ふと――
この家に来た日のことを思い出した。
すべてが新しくて、
すべてが未知で、
ただ、圧倒されていた、あの日。
「……そうだろうな」
思わず、笑う。
「驚くよな」
ミオも、少しだけ笑った。
その表情は、やはり――
俺の知っているミオだった。
だからこそ、
余計に不思議だった。
俺は、ゆっくりと口を開く。
この世界に来てからのことを、
一つずつ、思い出しながら語り始めた。
◇
「ハヤトー。ミオちゃん。ごはんよー」
おばあちゃんの声で、目が覚めた。
昨晩は、話が尽きず、気づけば明け方近くまで語り込んでいた。
そのまま、ベッドに寄りかかったまま眠ってしまったらしい。
肩に、毛布。
そっと掛けられている。
――ミオか。
ぼんやりとした頭で、そう思う。
顔を上げる。
視線の先。
ミオは――
しっかりと、俺のベッドを占領し、
布団にくるまりながら、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
――やっぱりな。
昔から、こいつはこうだ。
「ミオ、朝だぞ」
声をかける。
「ううん……」
小さくうめいてから、
ゆっくりと目を開けた。
「兄さん、おはよう」
寝ぼけた声が返ってきた。
◇
ミオと二人でリビングに降りると、
すでに四人分の朝食が並んでいた。
湯気の立つ味噌汁。
焼き魚の香ばしい匂い。
玉子焼きのやさしい甘み。
いつもの、我が家の朝だ。
「タクミからの手紙な、何回も読み返してたらさ」
おじいちゃんが、少し腫れぼったい目で言う。
「ふたりとも、寝不足だよ」
そう言いながらも、その顔はどこか穏やかだった。
四人で食卓を囲む。
ミオは、ひと口食べるたびに目を丸くする。
「すごい……おいしい」
「これ、ほんとに毎日食べてるの?」
驚きっぱなしだ。
その様子を見て、
おばあちゃんがくすりと笑う。
「ふふ。ハヤトがうちに来た頃を思い出すわね」
確かに。
俺も、最初は同じような顔をしていた気がする。
「ミオちゃんのことね、今朝アケミに連絡したの」
おばあちゃんが続ける。
「今夜、みんなで来るって」
アケミさんとケンジおじさん。
そして――サクラも。
そう思った瞬間。
ポケットの中で、スマホが震えた。
取り出す。
画面を見る。
サクラからだ。
『私、今から行っていい?』
――早いな。
思わず、小さく息を吐く。
どうやら今日は、
静かな一日にはならなそうだ。




