14二学期の終わり、世界が動き出す
二学期が始まった。
空気が、一気に動き出す。
体育祭。学園祭。
行事が立て続けにやってくる。
クラスメイトたちの熱気は凄まじかった。
準備、練習、当日――すべてに全力でぶつかっていく。
その流れに乗るように、俺も一緒に盛り上がった。
気づけば、かなり本気で取り組んでいた。
――楽しい。
素直に、そう思った。
だが、それでも。
現代技術の探求に、手を抜くことはない。
いや、むしろ――さらに力を注ぎ込んでいた。
◇
今、俺は。
王国で車を作るためのロードマップを組み立てている。
必要となる技術を、カテゴリーごとに洗い出す。
エンジン。
駆動系。
制御系。
素材。
エネルギー供給。
それらを一つひとつ、ノートにまとめていく。
完成すれば、十冊は軽く超えるだろう。
◇
そして、学業。
自動運転を知ってから、考えが変わった。
大学で、AIや自動運転といった最先端技術を学びたい。
それも、中途半端ではなく――最先端で。
そのためには、それ相応の大学に進む必要がある。
幸い、県内の自宅から通える範囲に、国内でも有数の工学部を持つ国立大学がある。
目指すなら、そこだ。
だが――
現状では、到底足りない。
英語。国語。
苦手だから、などと言っていられる状況じゃない。
全部、引き上げる必要がある。
◇
さらに――
AIや自動運転の動向の収集。
論文。記事。実証実験のレポート。
調べれば調べるほど、新しい情報が出てくる。
興味は、尽きない。
時間が、いくらあっても足りない。
◇
ときどき。
息抜き――と言うと、少し失礼かもしれないが。
あれ以来、ハルカと二人で出かけることが増えた。
やはり、緊張する。
だが同時に、心が高鳴る。
何気ない会話ひとつで、妙に意識してしまう。
俺には大切な時間となっていた。
一度。
俺とハルカ、サクラ、そして武田の四人で、遊びに出かけたことがある。
ボウリングにカラオケ、最後はガストで腹ごしらえ。
特別でもなんでもない、ありふれたコースだ。
それでも――
少しだけ、緊張していた。
だが。
その緊張は、すぐにどうでもよくなった。
武田が、ずっとサクラの隣でテンパっていたからだ。
武田のフォローに巻き込まれ、気づけば俺の緊張なんて吹き飛んでいた。
――忙しいやつだ。
◇
夜。
解散して、それぞれ帰路につく。
俺とサクラは、並んで歩いていた。
街灯の下。
昼間の騒がしさが嘘のように、静かな道。
自然と、話題はハルカのことになる。
――正直に言えば。
俺は、ハルカとこれ以上距離を詰めることに、戸惑っていた。
理由は、はっきりしている。
いつか――
俺は、この世界からいなくなるかもしれない。
元の世界に、戻ることになるかもしれない。
その時が、いつ来るのかはわからない。
ハルカだけじゃない。
サクラも。
おじいちゃんも、おばあちゃんも。
この世界で出会った、すべての人たち。
――いずれ来るかもしれない、別れ。
その不安が、どこかで引っかかっている。
「……怖いんだよ」
ぽつりと、こぼれた。
「離れることになるかもしれないのに、近づくのって」
少しの沈黙。
隣を歩くサクラは、前を見たまま、ゆっくりと口を開いた。
「別れを気にしてたら、誰とも出会えないでしょ?」
淡々とした声。
「もし別れの時が来たら、その時に考えればいいのよ」
あっさりと。
けれど、まっすぐな言葉だった。
――なるほどな。
胸の中に、すとんと落ちる。
難しく考えすぎていたのかもしれない。
サクラは、普段は明るくて、少し雑で、適当なことも言う。
けれど。
こういうところで、本質を外さない。
本当に、思慮深い。
……武田が惚れるのも、よくわかる。
◇
とにかくだ。
時間が足りない。
だから――
一つの方法を思いついた。
魔法を使う。
◇
俺は、攻撃魔法のほかにも、いくつかの補助魔法を扱える。
攻撃力強化。防御力強化。素早さ強化。
そして――
集中力向上。
戦闘中、神経を極限まで研ぎ澄まし、
敵の動きを見抜き、攻撃の精度を引き上げる魔法。
これを――勉強の時に使う。
魔石を握り、魔力を流し込む。
呪文を唱えた瞬間――
周囲の音が、消えた。
視界に入るのは、目の前の書物だけ。
雑念は消え、思考が一点に収束する。
ページをめくる手が止まらない。
理解が、加速する。
――これなら、いける。
その代わり、魔石の魔力は消耗する。
だが問題ない。
魔石なら、レクサスのトランクに山ほどある。
当分は困らない。
◇
そんなある日。
ふと、違和感に気づいた。
魔石の魔力には、わずかな“揺れ”がある。
以前から感じていた現象だ。
だが――
その周期が、短くなっている。
以前の、半分ほど。
明らかに、変化している。
これは、何を意味するのか。
――まだ、わからない。
◇
二学期の期末テスト。
結果は――学年五位。
英語と国語が足を引っ張ったものの、
数学、物理、化学にいたっては、すべて学年一位だった。
数字だけ見れば、上出来だ。
だが。
これは、魔法を使っての結果でもある。
集中力向上魔法。
あれを使えば、理解の速度は桁違いに上がる。
――少しだけ、後ろめたい。
だが、すぐにその感情を振り払う。
これは、遊びじゃない。
王国で車を作る。
そのための、準備だ。
ならば、使えるものは使う。
そう決めたはずだ。
――これは、通過点にすぎない。
◇
その頃からだ。
魔石の“揺れ”に、急激な変化が現れ始めたのは。
周期が、どんどん短くなっていく。
最初は、わずかな違和感だった。
だが、日を追うごとに、それは無視できないほどはっきりしてくる。
まるで――
何かが、近づいてきているかのように。
◇
そして、冬休みが始まった日。
魔石の魔力の周期は、もはや測れないほど短くなっていた。
増減が激しすぎて、もはや“波”として認識できない。
ただ、荒れ狂っている。
不規則に。
そして、加速するように。
◇
その夜。
――限界を迎えた。
そう感じた。
周期は、極限まで縮まり、
まるで“無限”に達したかのような錯覚。
次の瞬間。
――なにかが、起きた。
説明できない。
だが、確信だけがあった。
変化が、起きた。
直感が、叫ぶ。
――レクサスだ。
積んでいる魔石。
あれが、何かの引き金になっている。
俺は、部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、玄関を抜け、外へ。
冷たい夜気が肺に刺さる。
そのまま、駐車スペースへ走る。
レクサスは、そこにあった。
――だが。
運転席に、人影がある。
誰かが、座っている。
ハンドルを握り、前を見つめている。
鍵はかかっていたはず。どうやって入った?
街灯は遠く、車内は暗い。
顔はよく見えない。
ゆっくりと近づく。
心臓の鼓動が、やけに大きく響く。
ドアの前に立つ。
ノックする。
コン、コン。
その音に反応するように、
運転席の人物が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
その瞬間。
雲の切れ間から、月明かりが差し込む。
顔を、照らした。
――見覚えがある。
いや、そんなはずはない。
けれど。
「ミオ……?」
思わず、名前がこぼれた。




