13試合に負けて、未来を見た日
試合会場を後にし、外へ出る。
試合の余韻が、まだ体の奥に残っている。竹刀を握っていた手が、少しだけ震えていた。
「ハヤト!」
背後から声が飛ぶ。
振り返ると、サクラとハルカが人混みをかき分けて駆け寄ってきた。
「来てくれていたのか」
俺が言うと、サクラは肩で息をしながらも、いつもの強気な笑みを浮かべた。
「残念だったわね。でも、ハヤトの勝負、すごかった。あんた、本当に強いのね」
「高瀬君、すごく、かっこよかった!」
ハルカが目を輝かせて言う。
まっすぐなその言葉に、胸の奥がむずがゆくなる。
「そうか、ありがとう」
うまく言葉が出ず、少しだけ目を逸らす。
そんな俺の様子を見て、サクラがにやりと笑った。
「ふふ、こういうの、『試合に負けて勝負に勝つ』っていうのよ」
「なっ!」
思わず声が裏返る。
「サクラ、うるさい」
ハルカが頬を赤らめ、視線を逸らしながら抗議した。
◇
この試合をもって、三年の先輩たちは引退だという。
あとは大学入試に向けて、勉強に専念するらしい。
この国の、大学進学への情熱は、正直驚くほどだ。
何かをやりたいから、というよりは、将来の安定のため。
そういう理由で進学を目指す人が多いらしい。
これだけ豊かな社会でも、さらに安定を求める――
少し不思議に思っていたが、話を聞けば、個人単位では決して余裕があるわけじゃないらしい。
むしろ、多くの人がぎりぎりで日々を回しているという。
そうなのか、と。
俺は素直に驚いた。
どんな世界でも、結局は同じなのかもしれない。
――それでも。
剣道部は、これから二年生が主導していく。
世代が、ひとつ上がる。
ついこの前、入部したばかりだというのに、
気がつけば、周りはもう次の段階へと進もうとしている。
取り残されるわけにはいかない。
みんなが一歩進むなら、
せめて同じだけ、いや、それ以上に前へ。
ゆっくりしている時間なんて、ない。
◇
大会が終わった後は、少し気持ちを切り替え、車の知識の探求と習得に力を入れることにした。
最近は、エンジンの仕組みについて調べている。
縦方向の力――ピストンの往復運動を、回転へと変換する機構。
クランクシャフト。コンロッド。
単純な動きの組み合わせで、あれほど滑らかな回転を生み出す。
よくできている。
だが同時に、思う。
燃料として使われているガソリン。
あの世界で、それを精製するとなると――気が遠くなるほどの工程と時間が必要になるだろう。
原油の採掘、分留、精製、輸送……。
どれも、簡単に再現できるものじゃない。
ならば――
別の動力源は使えないか。
例えば、魔力。
あの世界に満ちている、あの力。
活用できれば、燃料問題は一気に解決する。
理屈としては、悪くない。
むしろ、かなり現実的な気がする。
この世界より、ずっと早く辿り着けるかもしれない。
そんなことを考えながら調べていたとき――
俺は、あるキーワードに出くわした。
「自動運転」
一瞬、目を疑った。
この世界の自動車技術は、すでに完成しているものだと思っていた。
だが、違う。
まだ――進化の途中だったのだ。
コンピュータ。
そして、その先にあるAI。
それらの登場によって、この世界は、産業革命以来とも言われる大きな転換期に差し掛かっているらしい。
人が運転しない車。
判断を、機械が行う世界。
それは単なる便利さじゃない。
社会の構造そのものを変えてしまう可能性を秘めている。
――革命前夜。
そんな言葉が、はっきりと頭に浮かんだ。
その時代に、自分は立ち会っている。
そう思った瞬間、体の奥が震えた。
知りたい。
この先を。
自動運転についてさらに調べていくと、
実用化に向けた実証実験が各地で行われていることを知った。
中には、一般参加のモニター募集もある。
試しに応募してみたら――当選した。
都市部の主要駅と近隣施設を結ぶ区間での自動運転車の走行実験。
もちろん参加するつもりだが、そのあたりの土地勘が無いため、サクラに同行を依頼した。
二人まで参加可能とのことなのだ。
「いいわよ」
サクラは、快諾してくれた。
さすが、頼れる従妹だ。
◇
自動運転の試乗前日。
夜。
胸の高鳴りを覚えながら、実証実験の記事を何度も読み返していた。
ルート、車両、制御方式――どれも興味深い。
そのとき、スマホが震えた。
サクラからだ。
「ごめん。急用で明日いけなくなった」
「代わりの者、よこすから、よろしく」
「は?」
短いやり取りだけ残して、通話は切れた。
◇
翌日。
最寄り駅で待っていると、現れたのは――ハルカだった。
「なんか、サクラがドタキャンしたとかで、ごめんね。
わたし、あのあたりよく知ってるから、案内は大丈夫だと思うよ」
そう言って、少しだけ照れたように笑う。
……いつもより、少しだけおめかししている。
かわいい。
その瞬間、悟った。
――サクラのやつ、やりやがったな。
◇
俺たちは電車に乗り、会場へ向かう。
並んで座る。
女子と、二人きり。
――初めてだ。
いや、待て。サクラとは何度も出かけている。
だが、あれはノーカンだ。妹のミオと一緒にいるような感覚だからだ。
よって――これは、初めて。
妙に緊張する。
ちらりと横を見ると、ハルカもどこか落ち着かない様子だった。
会話は続かない。
沈黙が、少しだけ長く感じる。
――なんだこれ。
◇
そうこうしているうちに、目的地に着いた。
「こっちよ」
ハルカが迷いなく歩き出す。
複雑に入り組んだ地下街を抜け、地上へ。
人の流れを縫うように進み、気づけば目的の停留所にたどり着いていた。
「さすがだな。ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
少し嬉しそうに笑う。
そのとき、ちょうど車両が到着した。
白いミニバン。
一見すると普通の車だが、屋根には複数のセンサー。
ボディの各所にも、見慣れない装置が取り付けられている。
思わず、テンションが上がる。
「これか……!」
係員に案内され、車内へ。
基本は自動運転だが、安全確保のため、運転席にはドライバーが待機しているという。
完全ではない。
だが、それでも十分すぎる。
車内は広く、驚くほど静かだった。
「それではまもなく出発します」
スタッフの声。
ドアが閉まり、外の音が遠のく。
車は、静かに動き出した。
ハンドルに手をかける者はいない。
それなのに、迷いなく車線へ入り、信号で自然に減速する。
ぴたり、と止まる。
青に変わると、滑らかに発進。
揺れがない。
無駄がない。
交差点。歩行者。前方の車。
すべてを“理解している”かのように、正確に対応していく。
――人が、いらない。
「すごい……」
気づけば、ずっと前のめりになっていた。
横を見ると、ハルカがくすっと笑っていた。
◇
短い乗車は、あっという間に終わった。
その後、ふたりで、近くのカフェに入る。
アイスコーヒーを一口飲んで、息をつく。
「あの制御だけど、多分――」
気づけば、俺が一方的に話していた。
センサーの話。
判断アルゴリズムの話。
将来の応用の話。
ハルカは、うんうんと頷きながら、ずっと聞いてくれている。
「高瀬君、ほんと好きなんだね、こういうの」
「……ああ」
少しだけ照れくさくなる。
気づけば、さっきまでのぎこちなさは消えていた。
サクラの思惑通りなのかもしれない。




