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一人で帰ります(男性視点)

作者: Wataru
掲載日:2026/01/24

 仕事帰り、駅前の掲示板の前で足が止まった。

 白い紙に黒い文字で、「不審者出没」。通り魔、という言葉だけが妙に目に残る。


 改札を抜けると、空気が少し張りつめていた。

 人の流れが速い。みんな、早く帰ろうとしている。


「女性の方は、できるだけ男性と一緒に帰ってください」


 警備員の声は穏やかだった。

 命令じゃない。善意だ。

 だから、誰も反論しない。


 すぐに動いたのは、同僚の一人だった。

 女性の同僚の隣に並び、軽い冗談を言って距離を詰める。

 彼女は、少し安心したように笑った。


 ――正しい光景だ、と思った。


 次に、視線がこちらに向く。

 俺だ。


 一瞬、迷った。

 俺は、特別強いわけじゃない。

 喧嘩も得意じゃないし、ヒーローでもない。


 でも、何もしなかったら。

 それはそれで、「冷たい男」になる気がした。


 仕方なく、歩み寄る。


「よかったら、一緒に帰ります?」


 声は、思ったより低く出た。

 断られてもいい、という逃げ道を含んだ言い方だったと思う。


 彼女は、立ち止まらずに答えた。


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


 少し間を置いて、はっきりと。


「一人で帰ります」


 その言葉は、拒絶じゃなかった。

 でも、俺の役目は、そこで終わった。


 何も言えず、立ち止まる。


 背中に視線が集まるのが分かった。

 心配と、戸惑い。

 そして、少しの「理解できない」という空気。


 彼女は、振り返らなかった。


 その背中を見送りながら、胸の奥がざわつく。


 ――正直、ほっとした。


 守らなくていいと言われたことに。

 強い男を演じなくて済んだことに。


 同時に、少しだけ恥ずかしかった。

 自分が、最初から「役」を引き受けようとしていたことが。


 外に出ると、夜は思ったより静かだった。

 街灯の位置。人影の間隔。

 彼女は、それを自然に見て歩いていく。


 落ち着いた足取りだった。


 不安そうでも、無防備でもない。

 ただ、自分で決めて進んでいる背中。


 俺は、その後ろ姿を、しばらく見ていた。


 ――強いな。


 そう思った瞬間、違和感が走る。


 違う。

 強い、じゃない。


 選んでいるんだ。


 守られない役を。

 一人で帰る役を。

 どちらも、自分で。


 それに比べて俺は、どうだ。


 守る役を、

 やりたいからじゃなく、

 やらないといけない気がして引き受けただけだ。


 家に着いて、鍵を閉める。

 靴を脱いで、息を吐く。


 今日、何も起きなかった。

 それでいい。


 守れなかったわけじゃない。

 無力だったわけでもない。


 ただ、

 役を降ろさせてもらっただけだ。


 それでいいと、俺も思っている。


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