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第82話:静かなる底上げ

戦線は、奇妙な均衡を保ち始めていた。


派手な突破はない。

劇的な反転も起きていない。


それでも――

魔王軍の進撃は、確実に鈍っていく。


前線の一角。


魔族の重装兵が振り下ろした大斧を、

王国兵の盾が正面から受け止めた。


鈍い衝撃音が響き渡る。

だが、盾は砕けない。


一歩、二歩と押し込まれながらも、

兵士は歯を食いしばり、踏みとどまる。

隊列は崩れなかった。


そのわずかな隙に、

隣の兵が素早く前へ出る。


放たれた矢は、迷わない。


飛翔の途中で軌道を変えたわけでも、

奇跡が起きたわけでもない。


ただ――狙った場所へ、正確に当たる。


魔族の喉元を鋭く貫き、

続く矢が、

その背後の個体の肩口を射抜いた。

突撃の列が、そこでわずかに乱れる。


剣戟の音が激しく重なった。


王国兵の剣が、

魔族の装甲ごと力強く振り抜かれる。

切り裂かれたのは、

隙でも弱点でもない。


正面から。

真正面から、叩き伏せる。


「……押し返してる?」


誰かが、思わず呟いた。


だが、それは錯覚ではなかった。

ほんの数歩。

ほんのわずかな間合い。


その積み重ねが、前線全体に、

静かに、しかし確実に伝播していく。


北部防衛線は、動かない。


退かず、進まず、

ただそこに在り続ける。


補給の荷車は止まらず、

負傷兵は確実に後方へ送られ、

代わりの兵が素早く穴を埋める。


武器は、必要な場所へ。

必要な数だけ。


受け取った兵士たちは、

簡単な説明しか受けない。

それでも、握った瞬間に理解する。


「……いける」


それで十分だった。


前線の景色が、少しずつ変わり始め、

押し合いの時間が延び、

崩れるはずだった場所が踏みとどまる。


北部は、前へ出ない。

だが、折れもしない。



その一方で――

中央戦線。


勇者たちのいる部隊は、

作戦通り、わずかに前進していた。


魔族の陣形が崩れ、

空いた場所を素早く突く。

深追いはしない。

確実に、線を押し上げていく。


その中で、違和感が生まれ始めていた。


「……最近、兵の動きがいいな」


一真が、戦闘の合間にふと呟く。


「無理をしてないのに、前に出られてる」


美咲は回復魔法を施しながら周囲を見回す。

負傷者の数が、微妙に減っている。


健吾が盾越しに前線を見渡し、

短く息を吐いた。


「北から来る補給だろ。

武器が……変わってきてる」


特別な光はない。

だが、兵士たちの戦い方が、

揃い始めている。


突出した英雄が増えたわけではない。

魔法の威力が跳ね上がったわけでもない。


それでも、全体の“質”が、

確かに底上げされていた。



――北部戦線。


補給路と前線、

その両方を見渡せる位置。


瓦礫の影に、ひとつの影が立っていた。


漆黒の仮面の奥で、

ヴァルミラの瞳が細くなる。


「……舐めていたわ、まさか、ここまでとは」


一つや二つの戦果ではない。

局地的な奇跡でもない。


特別な兵など、一人もいない。

突出した魔法使いが、揃っているわけでもない


それでも――

戦線は、保たれている。


盾が耐える。

矢が、迷わない。

刃が、確実に通る。


「一つ一つは、致命じゃない」


静かな声。


「でも……量が揃ってきてる」


“質”の高い武器が、

確実に、前線へ行き渡っていく。


「これは、削り合いじゃない」


戦場の“平均値”が、じわりと引き上げられている。


ヴァルミラは、ここにきて、ようやく腑に落ちていた。


「……目立つような、少数の奇跡じゃない」


ましてや、

一撃必殺の切り札でもない。


「これは……積み上げ」

 

量。時間。配置。


時間が経つほど、

王国軍の“土台”そのものが、厚く書き換えられていく。


「まずいわね……」


それは、計算で測るようなものではなく、直感だった。


「まさか、あの子の力が……

 いえ、あの小さな積み上げが、

 ここまで戦場を変えるなんて」


前線を潰しても、意味がない。

補給を断っても、間に合わない。


「このままいけば――

 いずれ、押し返される」


初めて、

魔将ヴァルミラの思考に、

はっきりとした“焦り”が差し込んだ。


北部防衛線の奥。


補給と交代が、滞りなく回り続ける場所。

戦線の“裏側”。


ヴァルミラは、ゆっくりと一歩を踏み出した。


(……ここで、終わらせる)


前線を支える“土台”。


戦場に残り続ける、あの進化士。

ユウマを消せば、

この違和感は、必ず崩れる。


そう――判断し、即座に動く、はずだった。


だが.......



北部防衛線・補給拠点。


セレスは、詠唱を止めた。


「……?」


理由は、説明できない。


魔力の乱れでもない。

敵意を感じたわけでもない。


けれど――

“線”が、わずかに揺れた。


(……今の、何?)


張り巡らせている索敵の感覚。

その一角だけが、ほんの一瞬、沈んだ。


誰かが触れたような。

あるいは、触れようとして――やめたような。


セレスは、視線を動かす。


前線。後方。補給路。


どこにも異常はない。


それでも、胸の奥に残る引っかかり。


「……リィナ」


小さく名を呼ぶ。


「今日、交代の間隔……詰めて。

それと、盾兵。配置、もう一段だけ後ろ」


「何かあったの?」


「分からない。でも――」


セレスは、ゆっくり息を吐いた。


「何か“来る”気がする」


理由のない警戒。

だが、それは無視できないほどの感覚。


その直後――

場面は、静かに切り替わる。


ヴァルミラは、足を止めた。


「…………」


空気に、微かな“張り”がある。


直接視られているわけではない。

殺気を向けたわけでもない。


それでも――

踏み込めば、触れる。


(……視られてる?)


ほんの一瞬、思考が走る。


次の瞬間、

彼女は、すべてを理解した。


「……なるほど」


仮面の奥で、視線が細くなる。


「あの魔法使い、やっかいね。

 索敵が――“張り巡らされている”」


北部一帯に、薄く広がる感覚の網。

結界ではない。

だが、確実に“線”が引かれている。


「あの子に近づこうとした瞬間、

必ず、線が走る」


ヴァルミラは、舌打ち一つ。


視線を横に流す。


「それに......」


距離を保ち続ける弓兵の配置。

射線が、自然にユウマを覆っている。


「あの……弓使い」


不用意に踏み込めば、

影に入る前に射抜かれる。


「魔法使い一人なら、問題ない」


冷静な判断。


「でも――」


ユウマ。

魔法使い。

弓使い。


三人が揃ったままでは、

“静かに消す”選択肢は取れない。


「……想定より、面倒ね」


だが、その声音に迷いはない。


「なら――やり方を変えるだけ」


単独ではなく。

暗殺ではなく。


「……正面から、潰す」


仮面の奥で、冷たい光が宿る。


「少数精鋭。

短時間で、確実に」


ユウマを中心に、

一気に叩き潰す。


補給も、索敵も、連携も――

すべてが意味を失う瞬間を作る。


ヴァルミラは、音もなく踵を返した。


「準備をしましょう」


誰にともなく、そう告げる。


風が吹き、

鎖が低く鳴った。


北部防衛線は、今日も崩れない。

だがその裏で――


“次は、本気で来る”という決断だけが、

密やかに下された。


――そして、

それは確実に、次の夜へと繋がっていく。

第82話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


次回は、

第83話『壊れるまで、抵抗せよ!』


間に合わない。


もう、

逃げ場はなかった。


ヴァルミラは、疾駆しながらすでに間合いを計っている。

悠真だけを見ている。


その距離が、

一瞬ごとに、削れていく。


「……ヴァルミラ」


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

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