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第81話: 漆黒の魔将、降臨

漆黒の仮面で顔を覆い、

鎖の短剣を腰に吊した女魔将、

ヴァルミラ。


先ほどよりも、

はるかに戦線へ近い場所。


崩れた砦の影に身を潜めながら、

彼女は静かに戦局を見渡していた。


空気は重く、戦火の匂いが鼻を突く。

遠くから聞こえる剣戟の音が、

心臓の鼓動のように響いた。


「今回のも駄目……崩れないわね。

普通なら、三度は折れているはずなのに」


仮面の奥の瞳が、わずかに揺れる。

鋭い視線が、敵陣を貫く。


王国軍の陣形。

補給の流れ。

前線の息づかい。


そして――その奥で、ごく小さく輝く“異質な点”。


まるで闇に浮かぶ一点の星のように、

ヴァルミラの注意を引く。


「どこかに相違点が?

戦線を、何度でも立て直す、

ほんの少しだけずらすような何か……」


ヴァルミラは、指先で空をなぞる。

まるで糸を操るように、戦局の流れを追う。


「――やっぱり。さっき見た“あの子”ね、

それ以外は考えられない」


理由はまだ分からない。方法も掴めない。


だが、確かに感じる。

肌が粟立つような予感。


〈進化〉という言葉に、まだ届かない形で――そこに、戦局を傾ける“何か”が存在している。


ヴァルミラの胸に、好奇心が疼く。


「放っておけば、こちらが削られるだけ。

壊すのは簡単……でも」


ヴァルミラの口元がゆっくりと笑みに歪む。

仮面の下で唇が弧を描き、

危険な魅力が影のように滲んだ。


「知りたいわ。

“どうやって”勝ち筋を作っているのか」


鎖の短剣を指先で軽く弾く。

甲高い音が、夜の闇に溶け、消えた。

残るのは、静かな緊張だけ。



リオナス北部・防衛拠点のすぐ外。


「前列、交代! 負傷者を後ろへ!」


リィナの声が響き、

治療班と交代要員が整然と走る。


土煙が舞い、

傷ついた兵士たちの喘ぎ声が混じる。

戦場は生々しく、命の瀬戸際だ。


セレスは魔法陣を重ね、

押し寄せる魔族の足を鈍らせていた。


青白い光が地面を這い、

敵の進撃をわずかに遅らせる。

汗が額を伝うが、彼女の集中は揺るがない。


そして――少し後方。


悠真は、汗を拭う暇もなく武器に手をかざしていた。指先から溢れる力が、金属に新たな息吹を吹き込む。


「次は、こいつを前列の突破班へ!」


渡された兵士の顔に、わずかな希望が宿る。

目が輝き、握る手が強くなる。

あの絶望的な戦況が、

少しずつ変わり始めている。


(……まだ押されてる。

けど――繋がってる)


前進する中央の勇者たち。

それを支える北部の補給線。


すべてが噛み合いはじめている感触。

まるで巨大な歯車が、

ゆっくりと回り始めるように。


悠真の心に、微かな高揚が広がる。


その瞬間だった。


――風が、切り裂かれる。


空気がびりりと震え、何かが迫る気配。


「下がって!」


セレスの声が先に動いた。

鋭い叫びが戦場の喧騒を切り裂く。


空間のゆがみを察知したかのように、

リィナが即座に悠真の腕を引いた。


次の瞬間。


ズン……!


悠真のすぐ足元へ――

鎖の短剣が、音もなく突き刺さった。


土が静かに裂け、刃が深く食い込む。

キン、と透明な金属音が跳ね、

澄んだ響きが、周囲の空気を凍らせた。


誰よりも早く、

その前に立ったのはリィナだった。

短剣を握る手がわずかに震える。


「……誰?」


瓦礫の影から、女が歩み出る。


足音一つなく、闇から現れる幻のように。


仮面。

黒衣。

余計な威圧の欠片もない──だが、

逃げ場を奪う存在感。


まるで周囲の空気が、

彼女に引き寄せられたかのように、

重く淀む。


「ふふ……はじめまして。

遠くからじゃ、物足りなくてね。

――近くで、じっくり見たくなったの」


ヴァルミラは、

まるで散歩の途中のように近づき、

穏やかな声で言った。


セレスが息を呑む。

「まさか……魔王軍の四大魔将、ヴァルミラ!?」


「戦場の“要”にしては、

派手じゃないのね。あなたたち」


だがその目は、獲物を値踏みする獣の輝き。


リィナが短剣を構える。

セレスが詠唱に入る。


悠真は、喉が勝手に鳴るのを感じた。

乾いた唾を飲み込み、背筋に冷たい汗が伝う。


(まずい――ただ者じゃない)


次の瞬間、


鎖が走った。


鞭のようにしなり、

空気を切り裂く音が耳を打つ。

銀色の軌跡が、悠真めがけて迫る。


悠真は、とっさに踏み込んだ。


掌に宿る光。

生まれる一振り。


雷光らいこうの剣》が、手の中で目覚めた。


青白い稲妻が、ぱちぱちと火花を散らす。


刃を包む閃光が弾け、

迫る鎖と激突。


バリィィィッ!!


空気が裂け、雷鳴が響く。

ヴァルミラの鎖が跳ね返され、

地面がえぐれて粉砕された。


「……雷?」


仮面の奥で、彼女の瞳が細くなる。


悠真は、わずかに息を吐き、

さらに踏み込むと――


一閃。

雷光が地を裂き、鎖の軌道をまとめて断つ。

稲妻が逆流し、ヴァルミラの指先がピクリと跳ねた。


(振り抜くたび、電撃が連鎖する――!)


ヴァルミラは、興味深げに舌打ちした。


「やっぱりね。

ただの補給係じゃ、ない」


鎖が絡みつく――

しかし、その瞬間。


悠真の身体が、ふっと消えたように見えた。


瞬電加速。


ヴァルミラの背後へ回り込む。


刃が閃く。


「――!」


火花が散る――直前で、

悠真の左腕に《氷柱の盾》が展開されていた。


ヴァルミラの鎖が叩きつけられるたび、

盾の表面に鋭い氷柱が生まれ、逆に彼女へ跳ね返る。


氷の棘が、ヴァルミラの頬を掠め――

一筋だけ、仮面の下へ血が落ちた。


静寂。


風が止まる。


「……へえ」


と口元がわずかに緩む。


だが、次の一撃は――

先ほどより、はるかに速かった。


鎖が影のように加速し、視界を埋め尽くす。


「悠真!」


リィナの声。


鎖が円を描き、

悠真の足元を刈り取ろうと迫る。


(間に合わない――!)


地面へ盾を叩きつける。


《氷柱の盾》の第四特性が起動。


大地全体へ白い線が広がり――

瞬時に、氷結結界が展開された。


ヴァルミラの鎖が凍りつく。

霜が這い、動きを封じ込める。


宙で止まった鎖を見て、

彼女は小さく息を漏らした。


「……本当に、面白いわね」


好奇心が、ますます膨らむ。


次の瞬間。

氷が粉砕された。


破片が飛び散り、

キラキラと光を反射する。


悠真の背筋が凍る。


(力で……割った!?)


ヴァルミラの足取りは、変わらない。

速度も、無理も、見せない。


それでも──

一歩進まれるたび、

体が勝手に後退してしまう圧。


優雅な足取りで近づき、まるで散歩の延長のように、

彼女は鎖を軽く振り回しながら言った。


「可愛い抵抗ね。けど、まだまだ」


「もういいわ、確認できたし。

 あなた――“前に出る側”だけじゃない」


鎖が、喉元まで届く位置で止まる。


「……でも、ここが折れたら、

 前線は全部、崩れる」


冷たい声。


そして次に紡がれた言葉は、

淡々として、残酷だった。


「壊すなら、最優先」


リィナが踏み込もうとした瞬間、

ヴァルミラは一歩だけ下がる。


「おっと、今日はここまで。

 あなたが、どこまで“出来る”のか――」


仮面越しに、まっすぐ見据える。


「楽しみにしているわ、進化士。  

……次は、本気で壊しに来るから」


その言葉に、悠真の背筋が凍った。

(......っ、見られたのか......)


風が吹き、

鎖が揺れ――


その姿は、戦場の雑踏へ溶けた。


追撃は不可能。

残されたのは、破片と静かな雷の余韻。

空気に残る帯電の匂いが、戦いの痕跡を語る。


悠真は息を吸い、

剣を握り直した。


(今のは……あくまで“様子見”。

 本気じゃない)


それでも、


膝が、わずかに震えている。


リィナが隣に並び、

わずかに笑う。


「……でも、退かなかった」


セレスが、安堵と警戒の混じった声で言った。


「狙いは、あなたね。

彼女には、もう見つかった……ヴァルミラに」


リィナが剣を握り直し、

苦笑交じりに続ける。


「報告書で名前は知ってたけど……

まさか北部戦線に直々に現れるなんて」


悠真は空を見上げた。


遠くで、雷光が散って消えた。

嵐の予感が、胸に広がる。


(――来る。

 あいつは、また来る)

第81話、最後までご覧いただきありがとうございます。


ちなみに、悠真の使用した装備の詳細をまとめておきます。過去話で登場済みですが、復習用にどうぞ。


■悠真の装備メモ


雷光らいこうの剣》

特性①:振り下ろすことで雷光が走り、斬撃と同時に稲妻の衝撃を与える。(電撃の付与、命中時に感電と連鎖ダメージ)

特性②:瞬電加速(短時間、使用者の移動・攻撃速度を上昇させる)

特性③:導雷耐性(使用者に雷属性への耐性を付与)


《氷柱の盾》

① 雪崩や氷雪の衝撃を吸収し、氷の障壁に変える

② 敵からの物理・魔法攻撃を受け止めると、表面に氷柱が形成され、反射的に凍結反撃を行う。

③ 短時間であれば巨大な氷壁を展開し、仲間を包み込む防御障壁として機能する。

④ 盾を大地に突き立てることで、大規模な氷結結界を展開できる。


次回は、

第82話『静かなる底上げ』


セレスは、詠唱を止めた。


「……?」


理由は、説明できない。


魔力の乱れでもない。

敵意を感じたわけでもない。


けれど――

“線”が、わずかに揺れた。


(……今の、何?)


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。


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