第77話:乾杯する勇者たち
彼らと最後に会ったのは、
もう何ヶ月も前だった。
この世界に召喚されてから、
ゆっくり腰を据えて言葉を交わしたことなんて、一度もない。
互いに別々の戦場で戦い続け、
ただ遠くの報告書や噂だけで存在を知る――
そんな、関係だった。
(……今さら、どんな顔して会えばいいんだか)
喉の奥で小さく自嘲の笑いが漏れる。
笑いともため息ともつかないそれは、
街に染みついた火薬と血の匂いに溶けていった。
背後で軽い靴音が止まり、
セレスが肩越しに声をかけた。
「肩に余計なテンションがプラス二〇%ってとこね」
「……数字で言うなって」
「ええ。あなたは彼らとは違う形で戦ってきたわ。
でも、その結果が今、この街を救ったのよ。
――そこに、誇りを持ちなさい」
セレスの皮肉めいた口調が、
今日は少しだけ柔らかかった。
リィナもくすっと笑う。
「にゃ、悠真がそわそわしてるの、
久しぶりに見たかも」
「そわそわしてないってば。
ただ、考えてただけだよ」
悠真は苦笑して肩をすくめた。
やがて、
仮設の広場にざわめきが走った。
王国軍の青いマントをなびかせた一団が、
石畳を踏みしめてこちらへ歩いてくる。
先頭に立つのは――坂本一真。
その横に青山美咲。
少し後ろに高橋健吾。
鎧は土埃にまみれ、傷だらけ。
それでも、三人の眼光は戦場をくぐり抜けた者だけが持つ、研ぎ澄まされた輝きを失っていない。
リオナスの兵士たちが、
自然と道を開けた。
誰もが知っている。
王国に召喚された「勇者たち」――
伝説の担い手である三人が、
今、この焼け焦げた街に足を踏み入れている。
悠真はゆっくりと立ち上がった。
「……久しぶりだな」
自分でも驚くほど、
声は落ち着いていた。
鉄と血の匂いがまだ漂う街の中で、
まるで時間がゆっくり巻き戻ったような錯覚に陥る。
一真が悠真を見据える。
わずかに目を細めたが、
かつてのような軽蔑や敵意は、
そこにはなかった。
ただ、戦場を生き抜いた者同士だけが共有できる、
冷たく、しかし深い視線だけが残っていた。
「ここが……お前の戦場か」
短い言葉に、悠真は静かに頷いた。
健吾が口元をほころばせ、
いつもの調子で言った。
「すげぇじゃねえか、悠真。
あの屠魔将を落としたって話、
もう噂になってるぜ」
その言葉に、茶化す色はなかった。
純粋な、認めざるを得ないという響きだけがあった。
「それによ、お前がくれたあの盾……
あれがなきゃ、今頃俺の腕はなかった」
美咲は穏やかで、
どこか優しい瞳で悠真を見つめる。
「リオナスが持ちこたえたのは……
あなたがここにいたからよ」
悠真はわずかに目を伏せ、首を振った。
「違うよ……俺一人じゃない。
ここにいる誰もが必死だった。
全員が、命をかけて戦ったんだ」
一真は何も言わず、腰に下げた剣――
悠真から受け取った《烈火の刃》に視線を落とした。
刃はまだ赤く熱を帯び、
戦いの余韻を残している。
「……助かったぜ」
それだけ、短く呟く。
かつてなら決して口にしなかった言葉が、
今は素直に零れた。
悠真は小さく笑った。
「道具が勝手に戦うわけじゃない。
お前たちの腕があってこそだよ」
それ以上、言葉は続かなかった。
戦いを生き延びた者たちの間にだけ流れる、
奇妙で、でも心地よい静寂が訪れた。
健吾が両腕を組み、
肩をすくめて笑った。
「ま、何にせよ……こうしてまた会えたのは、悪くねぇ。
ゆっくり話したいもんだな」
美咲も頬をほころばせ、
柔らかく微笑む。
「そうね……この街で一息つけるのは、
きっとそのためかもしれないわ」
やがて、健吾が目を輝かせてニヤリと笑った。
「野暮用が片付いたら、
一杯ぐらい飲めるんだろ?」
一真は何か言いたげに口を開きかけ――
しかし、すぐに閉じた。
彼の視線は悠真を捉え、
そして街の奥、焼け落ちた建物の向こうへと移る。
「……まあ、俺たちもここに長居はできない。
戦力の把握と作戦を伝えに来ただけだからな」
だが、その声には以前のような刺々しさは、もうなかった。
むしろ、認めざるを得ない――
そんな、静かな敬意のような響きが込められていた。
悠真はその視線を追いながら、
小さく返す。
「そうだな。
俺たちも、まだ途中だからな」
美咲が一歩近づき、
優しい笑みを浮かべた。
「でも、こうしてまた同じ場所に戻ってこれたわ。
あの時より、ずっと強くなってね」
健吾も力強く頷く。
「ああ、全員な」
リオナスの夕闇の中で、
四人はしばし立ち尽くした。
かつて同じ世界から召喚されながら、
別々の道を選んだ者たち。
その距離感は、
まだ完全に埋まりきってはいない。
だが、今この焼け跡の街で――
彼らの道は、再び交わった。
遠く、王国軍の旗が夕風にはためく。
戦いはまだ終わっていない。
けれど、ここに確かに、
一つの節目が訪れていた。
――陽が完全に沈みきると、
リオナスの街は一日の緊張をほどいたように静まり返った。
あの地獄のような戦場が、まるで遠い夢だったかのように思えるほど。
瓦礫の山と焦げ跡はまだ残っているが、
仮設の灯りが並ぶ通りには、
わずかながら笑顔と人々の声が戻りつつあった。
悠真は救護所からの帰り道、
ふと背後を振り返った。
そこには、一真、美咲、健吾の三人が並んで立っていた。
ほんのり漂う香草と酒の匂い――
この街が、まだ確かに生きている証だった。
「……今夜くらいは、落ち着けるんだろ?」
健吾が肩をすくめて目を細め、ニヤリと笑った。
「ね?」
美咲が淡い、優しい笑みを浮かべる。
「せっかくだから、四人で飲みに行かない?
……私、ちょっと着替えてくるわ」
一真は渋い顔のまま、観念したように大きく息を吐いた。
「明日は補給日だ……まあ、いいだろ」
――その後、作戦会議を簡単に済ませ、夜が更けていく頃。
四人は、リオナスでも比較的無事だった裏路地の小さな酒場へ足を運んだ。
店内は戦士や市民でごった返していたが、
運良く二階の隅に空いたテーブルを確保できた。
美咲は戦場の重装備ではなく、
淡い灰色のワンピースに着替えていた。
髪を軽くまとめ、首筋には銀色のペンダントが控えめに輝いている。
ほんの少しおめかししたその姿は、戦場で見せる鋭さとは打って変わって、
ひどく柔らかく、優しい印象を与えた。
「似合ってるじゃん」
健吾が素直に言うと、
「ありがと」
美咲が小さく、
照れたように笑みを返す。
その笑顔が、悠真の胸にそっと残った。
悠真は何も言わずジョッキを手に取り、視線を逸らす。
だが、耳の奥に微かな熱が、じんわりと残ったままだった。
四人は木製のジョッキを高く掲げ、
軽く、けれど確かに――乾杯した。
カチン。
戦場の張り詰めた空気が嘘のように、
麦酒の甘い香りがテーブルを包み、
心地よく和ませていく。
「こうして普通に飲める日がくるとは思わなかったな」
健吾が豪快に喉を鳴らし、
一気に飲み干す。
「次の戦いまで、ほんのわずかでも息抜きが必要だと思ってね」
美咲が優しく笑うと、
悠真の方に視線を向けた。
「あなたも、ずっと走りっぱなしだったんでしょ?」
「まあ、道具作りばっかりで肩はこってるかな」
悠真が自嘲気味に苦笑いすると、
健吾が吹き出した。
「冗談になってねぇよ、それ」
「……それにしても」
一真がジョッキを軽く掲げ、
静かに口を開いた。
「城塞でもないリオナスを、
ここまで持たせるとはな。
俺たちじゃ、到底無理だったろう」
悠真は肩をすくめ、穏やかに返す。
「お互いさまだ。
お前たちが北部で踏ん張ってくれたおかげで、こっちも息ができたんだ」
一真の口元に、かすかな――しかし確かに笑みが浮かんだ。
(……こいつがいなければ、俺たちはもっと苦戦していた)
「……まあな」
その一瞬、かつての険悪な空気はもうほとんど残っていなかった。
むしろ、テーブルを囲む空気が少しずつ溶けていくのがわかった。
互いの立場、互いの力を認め合った結果生まれた、
奇妙で、でも心地よい信頼感――
それが、ようやく芽生え始めていた。
やがて、
話題は自然と装備のことへ移っていった。
「そういえばよ、悠真」
健吾が豪快に笑いながら、
自分の巨大な盾を床にドンと置いた。
「なぁ、例の“進化”。
もう一回、頼めねぇか?」
「私も」
美咲が微笑みながら、
長杖を軽く掲げてみせる。
「前にもらった炎光のランタン、
今でも大事に使ってるの……
それに、この杖ならどうなるのか、
かなり興味があるわ」
悠真はジョッキを置き、静かに頷いた。
「ああ、もちろんそのつもりだ。
でも……実のところ、
どんなものができるのかは、
俺にも選べないんだ」
「ああ、聞いてるよ」
一真が低く、落ち着いた声で言った。
以前のような疑いや棘は、
もうどこにもなかった。
「それでも――前にもらったこの剣は、
予想をはるかに超えて凄かった」
そう言って、一真は腰の《烈火の刃》の柄に軽く手を置く。
刃はまだ微かに熱を帯び、卓上の灯りを赤く反射していた。
健吾が目を輝かせて身を乗り出した。
「選べないってところが、逆に燃えるんだよ!
次はどんなチート装備が出てくるか、楽しみで仕方ねぇぜ」
そう言って、ジョッキを豪快に煽る。
美咲も照れくさそうに頬を緩めながら、
悠真をまっすぐに見つめた。
「私も、どんな風になるのか……
今からドキドキしてる」
悠真は少し顔を赤らめ、視線を逸らすと、
ジョッキを軽く掲げた。
「期待されるとプレッシャーだけど……
まあ、せっかくだから、やらせてもらうよ」
四人のジョッキが再び軽く触れ合い、
小さな、でも温かい音が響いた。
戦場の外で、こうして笑い合える時間が訪れたこと――
それだけで、今夜の酒は格別に美味かった。
第77話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
本当に本当に(T ^ T)ありがとうございます。
次回は、
第78話: 灼斬・蒼紋・重絶
「……これ、本当に私がやってるの?」
美咲自身が目を見開く。
詠唱の言葉は口にしていない。
杖から流れ出る魔力が、まるで意思を持つかのように形づくっていく。
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