第74話: 旧トラネス城塞
「にゃっ!」
「させないわ!」
刹那――雷鳴を轟かせる閃光が戦場を切り裂いた!
リィナの短剣が青白い稲妻の軌跡を残し、敵の喉元を狙う。
その直後、セレスの放った魔弾が爆発的な光とともに炸裂!
二人の魔族は悲鳴すら上げられず、
吹き飛ばされ、
瓦礫の山に激しく叩きつけられた。
戦場の中心に残ったのは――
悠真と、屠魔将グレヴァ。
ただ二人だけ。
「ぐぉおおおおっ!!」
巨斧が振り下ろされる!
その風圧だけで地面がびりびりと割れ、
土煙が舞い上がった。
悠真は低く身を沈め、
滑り込むように懐へ飛び込む。
――そして、剣を横薙ぎに振り抜いた!
雷を帯びた刃が黒い甲冑を深くえぐり、
青白い火花が爆ぜる!
グレヴァは巨体をひねり、
反撃の逆袈裟斬りを叩き込む。
だが悠真は一歩踏み込み、
斧の軌道の内側へ。
柄を抑え込むように受け流しつつ、
剣を鋭く突き上げた!
ズブリッ――
手応えとともに甲冑が裂け、
黒い瘴気が噴き上がる!
「舐めるなァァ!!」
グレヴァの咆哮が響く。
巨腕がうなりを上げ、
横薙ぎに薙ぎ払われる!
悠真は肩をわずかにずらし、
死角から二撃目を胸元に叩き込んだ。
――ドゴォンッ!!
雷光が爆発的に炸裂!
焼け焦げた肉の臭いが戦場に立ち込める。
グレヴァの巨斧が地面に叩きつけられ、瓦礫が跳ね上がった。
巨人の膝が揺らぎ、
巨大な体がゆっくりと沈む。
悠真はためらわない。
最後の一歩を踏み込み、
剣を深々と突き立てた!
グレヴァの赤い瞳に、
初めて“恐怖”の色が浮かんだ。
噴き上がっていた瘴気が霧のように薄れていき――
巨体が、静かに、崩れ落ちた。
風が通り抜け、
戦場の喧騒が遠のいていく。
残っていた稲光が消え、
悠真は長く息を吐いた。
――その瞬間。
戦場の空気が変わった。
屠魔将グレヴァが倒れるのを目の当たりにした魔族たち。
喉の奥から、一斉に濁ったうめき声が漏れる。
それは、戦場の支柱が崩れ落ちた瞬間だった。
長く張り詰めていた緊張の糸が、
ぷつりと切れた。
魔族たちの悲鳴が、
波のように広がっていく。
さっきまで猛然と押し寄せていた黒い鎧の軍列が――
一歩、また一歩と、後退を始めた。
ガチャガチャと鎧が擦れ合う音。
剣が地面に落ちるカランという音。
混乱した叫び声。
それは統率の崩壊というより――
純粋な“恐怖”に飲み込まれた群れのざわめきだった。
リィナが肩越しに戦場を見やり、
息を呑む。
「今にゃ……!」
セレスは杖の先をくるりと回し、
薄く笑った。
「恐怖ってものは連鎖するものよ。
数学で言えば、
マイナスの累乗みたいなものかしら」
悠真は深く息を吸い込み――
剣先を高く空へ突き上げた!
「立て!! 押し返すぞ!!
ここが踏ん張りどころだァァ!!」
それは命令というより、
魂を叩きつけるような咆哮だった。
だが、その一喝が火種となった。
市民兵たちの瞳に、
死にかけていた光が一瞬で蘇る!
槍を握り締める手が震え、
金属音が一斉に響き渡った。
矢が放たれ、瓦礫を蹴って前線へ飛び出す影が増えていく。
「おおおおおおっ!!!」
鉄壁だったはずの魔族の陣列が――
穴だらけの砂袋のように、
みるみる崩れ始めた!
戦場の空気が、
はっきりと逆転した。
リィナの放つ雷矢が、
瓦礫の陰に潜む魔族を次々と撃ち抜く!
青白い閃光が走るたび、
黒い影が悲鳴を上げて倒れ伏した。
セレスの氷槍が、
逃げ惑う魔族の背中を冷酷に貫く。
鋭い氷の槍が空を切り、
命中するたびに凍てつく爆音が響き渡る!
その一撃一撃が、敵の混乱をさらに煽り立て、
逃げ腰になった魔族たちを容赦なく押し下げていく。
黒い血が石畳をべっとりと染め、
魔族の足取りは乱れに乱れ、
転倒する者さえ現れた。
悲鳴、武器を投げ捨てる金属音、
逃げ惑う足音の嵐――
まるで退却が伝染病のように広がり、
魔族の軍列は次々と崩壊していった!
街路の流れが、一気に逆流する!!
悠真はその中心を疾風のように駆け抜け、剣を閃かせる。
雷を帯びた剣閃を、
ひときわ強く、
大きく振り抜いた!
それはまさに、
勝利を確実に引き寄せる楔だった。
しだいに、
戦場の構図が逆転していく。
さっきまで街路を埋め尽くしていた黒い影が、
じりじりと後退を強いられ、
ついには郊外へと押し出され始めた。
敵は必死に抵抗を試みるが――
統率の糸が切れた集団など、
脆いにもほどがある。
攻撃の間隔が目に見えて長くなり、
我先にと逃げ出す魔族が激増していく。
「下がれ! 全軍下がれ!!」
誰かの絶望的な指示の声も虚しく、
統率を失った群れは、
もはやただの敗走だった。
――そして、夕暮れ時。
大門の外に黒煙が棚引き、
最後の魔族の影が、
地平線の彼方へと消え去った。
リオナスは、勝った。
残ったのは、静かに吹き抜ける風と舞う埃、
そして肩で荒い息をする人々だけ。
街路に、
勝利の甘い匂いが満ちていく。
剣を下げた悠真の頬には、
乾いた血が筋となってこびりついていた。
誰かが、
信じられないというように呟いた。
「……勝ったのか?」
それをきっかけに――
歓声が一斉に爆発した!!!
市民兵たちが互いの背中を叩き合い、
崩れかけた壁の向こうから、子供たちの泣き声と笑い声が重なって響いてくる。
リィナが肩で息をしながら、
短剣をくるくると回した。
「終わった……ね」
セレスは杖を地面に突き立て、
ほとんど独り言のように呟く。
「終わったかどうかは、
確率論的にはまだ半々ってところよ」
「数学で言えば、マイナスの累乗みたいなものかしら。……冗談よ」
そのいつもの皮肉めいた調子に、
リィナがくすくすと笑った。
「うふふ、いつものセレスに戻ったにゃ」
悠真も思わず口元を緩め、
笑みがこぼれる。
その軽いやり取りが、
張り詰めていた空気をふっと和らげてくれた。
やがて三人は市庁舎の仮設広間へ向かう。
崩れた壁を補修した即席の広間には、
街の指揮官や市民兵の代表が集まっていた。
重苦しい空気と疲弊した顔、
そして安堵の入り混じった目が悠真に向けられる。
「ありがとう……君たちがいなければ、
街はとっくに落ちていた」
指揮官の声は震えていた。
その言葉に悠真は、
首を振り、答えた。
「俺たちだけじゃない。
市民兵の奮闘かあったから、
皆さんが命をかけて戦ってくれたから。
――守れたんです」
しばらくして、
他の前線からの報せが次々と届き始めた。
瓦礫の中に広げられた地図の上に、
使い込まれた小石や木片が、
戦況を示す駒として並べられていく。
全員が少しずつ落ち着きを取り戻した頃、
情報伝達役の兵士が中央に立ち、報告を始めた。
「現在、各地の戦況を集約しております。
報告によりますと――ほとんどの前線が崩壊、
あるいは後退を余儀なくされています。ただし……」
兵士は一枚の報告書を差し出した。
「勇者一行様が守る城の戦線だけは、
むしろ敵を押し返している模様です。
そして、このリオナス……
ここもまた、踏みとどまった唯一の地点であります」
広間が、
水を打ったように静まり返った。
誰もが、
その重い意味を理解していた。
もはやリオナスと、勇者の拠点だけが――
魔族の猛攻に対抗し続けている。
セレスが片眉を上げ、
乾いた笑みを浮かべた。
「成功例が二件、
失敗例は山ほど……というわけね」
リィナが「そんな言い方しないにゃ!」
と軽く肩を小突く。
悠真はそのやり取りを聞きながら、
静かに拳を握りしめた。
――決して他人事ではない。
誰よりも、それを痛感していたからだ。
瓦礫の窓から夜風が吹き込み、
蝋燭の炎をゆらゆらと揺らした。
リオナスの街は、
かろうじて生き延びた。
だが、
これはほんの序章にすぎないことを――
悠真たち全員が、肌の奥底で感じ取っていた。
――場面は、北部の旧トラネス城塞へ。
かつて王国北部を守護する不落の要衝だったこの地は、今や凄惨な戦場と化していた。
城壁は半ば崩れ落ち、
塔のいくつかは黒く焦げ、
瓦礫の隙間からは、蒸気のように不気味な瘴気がゆらゆらと立ち昇っている。
それでもなお――
王国軍の旗は高く掲げられたまま、
風にはためいていた。
そこに立つ兵士たちの士気は、絶望的な状況の中で逆に最高潮に燃え上がっていた。
その中心には、
一真、美咲、健吾―― 三人の"勇者"の姿があった。
この一週間、彼らは休む間もなく魔王軍の波状攻撃をすべて受け止め、撃退し続けてきた。
王国軍の誰もが、
心から信じて疑わなかった。
――この三人がいる限り、
陣は絶対に崩れない。
「――来るぞ! 南門側だ!!」
伝令の叫びが響いた瞬間――
美咲が風を切り裂くように駆け出した!
長杖の先端が青白く輝き、
周囲の空気が一瞬で凍てつくほど冷え込む!
霧のような水蒸気が舞い上がり――
次の瞬間、城壁の上から青白い水刃が無数に飛び出した!!
ズバァァァッ!!
轟音とともに閃光が奔り、
魔族の射手部隊を一気に薙ぎ払う!
矢を放つ暇すら与えず、
突撃部隊は跡形もなく瓦解した!
「一真! 左翼の突進が早いわ!!」
「ああ――まとめて燃やし尽くしてやるよ!!」
一真が一歩前に出る。
聖剣を握り直し、
全身に灼熱の闘気を纏った!
剣身が赤く熱され、
周囲の空気がゆがむほどに震える!
刃に走る赤い紋様が瞬く間に炎の輪郭を描き――
轟く熱波が爆発的に広がった!!
――次の瞬間。
一真は二十メートル先まで一気に踏み込み、
敵の突撃部隊の先頭を、
たった一刀で真っ二つに斬り伏せた!!
ゴォォォォン!!
地面が深く裂け、
粉塵が爆発的に巻き上がる!
振り抜かれた一撃の余波は城門の外まで達し、
群れを成す魔獣たちの間に巨大な火柱が次々と立ち昇った!
「グオオオオ!!」
獣たちの咆哮が、
たちまち絶望的な悲鳴に変わる。
魔獣の列がみるみる崩れ、
混乱が広がっていく!
「健吾、合図だ!!」
「任せろ!!」
「鎧強化――突撃準備!!」
健吾の豪快な声が響き渡った瞬間――
前線の兵士たち全員の身体に、
淡い金色の光が奔った!
健吾が掲げた巨大な盾から、
無数の防御結界が放射状に広がり、
兵士たちを一斉に包み込む!
鉄鎧がひとまわり、いや、ふたまわりも厚くなったような重厚な感覚。
兵士たちの瞳に、
燃えるような闘志が宿った!
「うおおおおおっ!!」
兵士たちが一斉に咆哮を上げ、
槍や盾を打ち鳴らした。
士気が、一気に天井知らずで跳ね上がる!!
第74話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
次回は、
第75話『二つの防衛拠点』です。
「そう。北方の街は――まだ落ちてない。
防衛線を維持したって」
美咲の声には、
わずかな驚きと安堵が混ざっていた。
一真が肩で息をつき、
短く吐き出す。
「しかも、その街には“悠真がいる”って噂が流れてる」
ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。
ぜひ応援よろしくお願いします。
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