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第66話: 群れの襲撃、セレスの消耗

谷の奥はさらに狭まり、

切り立った崖が左右から迫っていた。

まるで巨大な獣の喉奥に踏み込んだかのようだ。


足元の岩は風に削られ、

鋭く尖っている。

踏みしめるたび、

靴底に冷たい痛みが走る。


悠真は剣を抜き、先頭に立った。

背後にリィナ、さらに後ろにセレス。

裂け目から吹き上がる乱気流が、

三人の髪と衣を荒々しく巻き上げる。


「……タイミングを狙ってる!」


リィナの耳が羽音を捉えた。

弓を構え、視線を鋭く走らせる。


「位置が読みにくい……」

セレスが短く息を吐く。

「風が音を歪めてる。

反射も遅延も、ひどすぎるわ」


広げた冷気が白い粒子となって宙を舞い、風の流れを描き出す。

だがすぐに乱され、崩れ落ちた。


次の瞬間――

谷全体を震わせる甲高い鳴き声。


風の迷路を抜け、

群れをなす飛行魔物が姿を現した。


鷲のような頭部、コウモリの翼、鱗に覆われた脚。

十数体が一斉に旋回し、風を刃のように伴って急降下してくる。


「来たにゃっ!」


リィナの矢が唸りを上げ、

先頭の一体の翼を貫いた。

魔物は悲鳴を上げて墜落するが、

別の個体が死角から滑り込んでくる。


悠真が踏み込み、剣を振るう。

鱗を擦る嫌な金属音が谷に響く。


「セレス、援護だ!」


「……了解!」


セレスが両手を広げた。

崖面の水分が凍りつき、

鋭い氷槍となって群れを迎え撃つ。


一直線に走った三本が、二体を貫いた。


――だが。


乱気流が氷の軌道を歪め、

次の槍は構造ごと砕け散った。

魔物たちは、まるで風そのものを味方につけているかのようだった。


「風が矢を逸らすにゃ……っ!」

リィナの声に悔しさが滲む。


「右へ回れ!」

悠真が叫ぶ。


弾き返した爪が岩壁を裂き、

砂礫が視界を白く染めた。


その隙を突き、一体がセレスの背後へ迫る。


「――っ!」


セレスは反射的に氷壁を展開するが、薄い。

魔力の消耗が、そのまま厚みに現れていた。


爪が氷を割り、

肩へ食い込もうとした瞬間――


「セレス!」


悠真が飛び込み、

剣で弾き飛ばす。


同時にセレスの体が崖縁で揺れ、

足元の石が崩れた。


悠真は迷わず彼女の腰を抱き、

引き寄せる。


「しっかりしろ!」


「……ごめんなさい……」

セレスは荒い息を吐きながら呟いた。

「もう……魔力が……底を……」


リィナが横目でそれを見て、

「……抱きすぎにゃ」

とぼそりと零すが、

次の瞬間には矢を放っていた。


翼の根元を射抜かれた魔物が悲鳴を上げ、群れが一瞬散開した。


わずかな静寂。


風だけが谷を満たし、

倒れた魔物の血と羽根が舞い上がる。


悠真は息を整え、セレスを支えながら低く言った。

「向こうも攻めあぐねてるな。

……こっちの抵抗が予想外だったみたいだ」


セレスは震える指先を見つめ、弱々しく頷く。

「私たち、完全に“使われてる”。風ごと誘導されてるわ……」


だが群れの動きは止まらない。

むしろ統率され、知性すら感じさせる編隊を組み直していく。


その瞬間――再び急降下。


「いけない……!」

セレスの顔が青ざめ、

膝がわずかに揺れた。


悠真は即座に前に出る。

セレスを背に庇いながら、叫んだ。


「下がって!」


横薙ぎに斬りつける。

火花が散り、谷に金属音が反響した。


「突破口は、俺たちが作る」


リィナも歯を食いしばり、

悠真の横に滑り込む。

「止めるにゃ!」


矢が唸りを上げ、乱気流を強引に裂いた。

鋭い矢じりが翼の付け根を抉り、魔物が悲鳴を上げて墜落する。

群れが一瞬怯み、再び距離を取った。


――嵐の前の、死のような静けさ。


悠真は息を整え、セレスを支えた。

「大丈夫か?」


「……ええ……まだ、戦える……」


だがその瞬間。


谷全体が、低く、深い――地鳴りのような振動に包まれた。


ゴゴゴ……。


崖の上を、超巨大な影がゆっくりと横切る。

翼の幅は谷の幅を超え、空を完全に覆い隠した。

ただの影なのに、空気が重く沈み、肌が粟立つほどの圧迫感。


群れの魔物たちが、一斉に姿を消した。

まるで主に道を譲るかのように。


残ったのは――ただ一つ、

圧倒的な“存在感”だけ。


悠真の背筋に、冷たいものが走った。

これまで感じたどの魔物とも違う。

本能が、はっきり告げている。


――これは、ヤバい。


「……終わりじゃない」

悠真は低く呟き、剣の柄を握り直して崖の上を見上げた。

「ここからが……本番だ」


谷は不気味な静寂に沈んだ。

群れの気配は完全に消え、

代わりに――上空から降り注ぐ、重い視線。


セレスが息を呑む。

リィナの耳がピクリと震え、尾が警戒で膨らんだ。


三人とも理解した。

これまでの戦いは、ただの“前哨戦”にすぎないのだと。

本当の敵は、今――ゆっくりと姿を現そうとしている。


ーーーーー


一行は息を潜め、谷の奥へと前進を再開する。

足取りは重く、風は耳鳴りのような低音を響かせ、肌から熱をじわじわ奪っていく。


その後も、散発的な奇襲は容赦なく続いた。

だが、群れの動きは明らかに変わっていた。


最初はただの狩りだった。

今は違う。


――ただ襲うだけじゃない。

囲い、追い立て、逃げ場を一つずつ削っていく。

まるで――牧夫が家畜を檻へ導くように


「風向きが......また変わったにゃ……たぶん罠だよ」

リィナは弓を構えたまま、低く言った。


悠真は谷の奥へ視線を走らせる。

「......ああ。あきらかに、誘い込んでるな」


セレスは荒い息を必死に抑え、足元に薄い霜を散らす。

「……進むたびに逃げ道が消えていく。

風も、音も、全部――“こっちへ来い”って言ってるわ」


三人は顔を見合わせた。

誰も口にしないが、理解は共有されている。


この谷の奥に待つものは――

ただの強敵じゃない。


“支配者”だ。


やがて、谷はさらに狭まり――

巨大な喉の奥へと、飲み込まれていく。


崖沿いの道はここから先、一本道。

背後は崩れかけの岩場で、

引き返すほど危険が増すだけだった。


「……もう、戻れないにゃ」

リィナが矢を一本つがえ、低く呟く。


「よし、ここでひと息入れよう」


悠真は短く言い、

剣の切っ先から滴る黒い血を振り払った。

岩に落ちた雫が、

じわりと染み込む。


セレスは岩壁に身を預け、

胸元を押さえて深く息を吐いた。

魔力の流れは乱れ、

指先に集まる冷気も不揃いだ。

 

必死に冷気を集めようとするが、

指先が震え、魔法陣のイメージすら浮かばない。


「……もう、魔法は連発できない。

氷槍も……せいぜい一、二発が限界よ」


リィナは崖縁に片膝をつき、

弓弦を張り直しながら周囲を警戒する。


ふと、風の中に混じる匂いが変わった。

冷たい空気に、鼻の奥を刺す生臭さが絡みつく。

古い血の匂い――長く岩と風に染み込んだ、逃げ場のない残り香。


「……嫌な匂いにゃ」


リィナが足元を矢尻で突く。

崩れた岩陰に、人の腕ほどもある黒い羽根が貼りついていた。

「でかい……こんなの、見たことない……」


セレスは膝をつき、

羽根を冷やしながら慎重に観察する。

「この大きさ……さっきの超巨大な影ね。

乾ききってないわ。

……ついさっき抜け落ちたばかり」


視線を上げ、息を飲んだ。

「巣は、すぐそこよ。かなり近いわ」


さらに奥へ進むと、崩れかけた小屋の残骸が見えてきた。

古い見張り台だろう。屋根は半ば吹き飛び、床も傾いている。


「休憩にゃ?」


「少しだけ。物資が残ってるかもしれない」


悠真が先に入り、床を踏みしめて強度を確かめる。

崩れた梁の下から何か布のようなものが覗いていた。


「……これは」

引きずり出すと、

それは古びた黒いマントだった。

裂け目は多いが、

布地そのものは異様にしっかりしている。


「……見覚えがあるわね」

セレスは目を細め、縁をなぞった。


「王国の紋章。

それも、正式な護送任務か、

身分を伏せた要人用の外套……

普通の旅人が持つものじゃない」


悠真は記憶を探るように眉をひそめた。

「……全滅した大規模な輸送隊の話があったな。

確か、王都が情報を徹底的に伏せてたって噂だ。要人が混じっていた可能性は高い」


「え、王族にゃ……?」


「断定はできない。でも、ここに残ってる理由としては十分すぎるわね」

セレスが静かに頷く。


リィナがマントを見下ろす。

「でも、もう力は残ってないよね……?」


「完全に、とは言い切れない」

悠真は布地を軽く引いた。

裂けているのに、破れが広がらない。

「防護の名残がある。風や刃を少しは弾くはずだ」


「悠真が着るにゃ?」

リィナが少しだけ笑う。

「今よりは、だいぶマシに見えるかもにゃ」


「そうかな?……じゃあ、応急用にでも」

悠真は苦笑しつつ、マントを肩にかけた。


冷たい感触が背中を覆い、

風の当たりがわずかに和らぐ。

(悪くない……それに......)


悠真はマントを羽織ったまま、

小屋の奥に視線を移した。


床板の隙間に、黒く変色した血痕がいくつも広がっている。


「……っ」

言いかけた言葉を、

喉の奥で飲み込んだ。


リィナが鼻をしかめ、低く呟く。

「……ここ、死んだやつらの最期の場所......だにゃ」


セレスは膝をつき、

血痕にそっと冷気を当てて固めた。

凍りついた表面に、

細かな爪痕のような傷が浮かび上がる。


「……三年以上は経ってるわ。

だいぶ前に、ここで――狩られたのね。

一人残らず」


空気が、重く沈んだ。

誰もが理解した。

この小屋は、休憩所じゃない。

ただの――墓標だ。


沈黙が落ちる。

やがて悠真は無言で踵を返し、

小屋の入り口へ向かった。


外に出ると、風が再び肌を刺した。


「……ここから先は、

完全に“向こうの庭”だな」


粉じんが舞い上がり視界をかすませる。

足元の道は狭く、

下を覗けば、霧が渦を巻き、

底は見えない深淵が広がっていた。


「……こりゃ本当に戻れないにゃ」

リィナは矢をつがえたまま、

視線だけで悠真を見た。


「戻らないさ」

悠真は迷いなく言い切った。


――来るなら、来い。


三人の覚悟が、

谷の風に溶けていく。

奥から低い羽音が、

少しずつ近づいていた。

第66話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)

なんとか続いてます。感謝です。


次回は、

第67話『伝説の魔物〈ガルザ=ヴェルグ〉』です。


しかしその隙を狙っていたかのように、怪物が二人の背後に影を落とした。


「しまっ――」

悠真の叫びより早く、ガルザ=ヴェルグの尾が岩を叩き割り、崖縁が崩れた。


「リィナ、セレス!」


二人の身体が宙に浮く。その一瞬が、悠真には永遠に見えた。


無防備――。


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。

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