第64話: 冒険者ギルドでの危険な依頼
昼下がり、傾きはじめた陽光の中で、
悠真たちは町の中央大通りに面した建物の前に立っていた。
〈ヴァルドレア冒険者ギルド〉
大理石風の外壁は長年の風雨に削られ、
中央に据えられた巨大な木製扉だけが、
今も変わらぬ威圧感を放っている。
鉄製の装飾が鈍く光り、内側からは怒号と笑い声が入り混ざって漏れてきた。
戦時下ということもあり、
人の出入りは普段以上に激しい。
入口にはすでに長い列ができ、
鎧姿の冒険者や包帯を巻いた者まで混ざっていた。
「うわ……思ったより混んでるにゃ」
リィナが声をひそめた。
「町は平穏そうに見えても、
中身は完全に非常時ね」
セレスは掲示板の方へ視線を送ったまま言った。
「緊急依頼が増えるほど、
冒険者の数も増える。
それに比例して——」
「生存率は下がる、だろ?」
悠真が苦笑しながら言葉を継いだ。
「ええ。ざっくり二割よ」
セレスはさらりと答えた。
「聞きたくなかったな……」
悠真は肩をすくめ、
二人を促して中へ入った。
ギルドの中は、煙と革と鉄の匂いが混ざり合った大広間だった。
壁一面に依頼書がびっしり貼られ、各所テーブルでは剣を磨く者、地図を広げる者、酒を煽る者が入り乱れている。
天井の梁に吊られた簡易魔道具が空気を浄化しているらしいが、それでも熱気と喧騒は収まらない。
「ほら、見て」
リィナが掲示板を指さした。
「これ、さっき酒場で聞いた話と同じにゃ」
そこに大きく書かれていたのは——
《飛行魔物による輸送路遮断》
「護送隊、全滅……」
セレスが紙の端をつまみ、目を細めた。
「言葉を濁してないわね。相当ひどい状況よ」
悠真は無言で依頼書を剥がし取り、ざっと目を通した。
——補給路の要衝が複数壊滅。
——原因は谷間に異常発生した飛行魔物の巣。
——調査、もしくは討伐を要請。
「……状況は、想像以上に悪いな」
悠真は眉をひそめ、二人を振り返った。
「このままだと前線だけじゃ済まない。
この町自体が干上がるぞ」
背後から足音が近づいてきた。
振り向くと、薄い鎧にギルドの紋章入りマントを羽織った男が立っていた。
三十代半ば、目つき鋭く、どこか戦場帰りの兵士のような雰囲気だ。
「その依頼、受ける気か?」
悠真は少し考え、口を開いた。
「……まだ決めてない。
でも、詳しい話を聞きたい」
男は小さく頷き、
机の上に分厚い資料を広げた。
地図には赤い印がいくつも打たれ、
補給路が点線で示されている。
「飛行魔物の数が異常だ。
原因はこの《グリフ谷》
——ここに巨大な巣があると見て間違いない」
「グリフ谷……」
リィナが耳をぴくりと伏せた。
「“風の墓場”って呼ばれてる場所にゃ」
「ああ。谷の地形が複雑で、
空からの襲撃を避けにくい。
護送隊が全滅したのも、
無理はない状況だ」
男は声を落とした。
「このままじゃ補給路が完全に断たれる。前線はもちろんだが、この町も長くは持たない。
各地のギルドで人員を集めてるが……志願者は少ない」
「飛行魔物に強い冒険者は、
そうそういないものね」
セレスが腕を組んだ。
「魔族の動きは?」
悠真が尋ねる。
男は一瞬ためらい、
さらに声をひそめた。
「……噂レベルだが、
魔王軍は竜にまで手を出しているらしい」
空気が一瞬、凍りついた。
「竜……!?」
リィナが小さく息をのむ。
「実験戦みたいなものらしい。どちらが勝つかはわからんが……確かなのは、あの連中が竜の力すら取り込もうとしていることだ」
「最悪ね」
セレスが眉をひそめる。
「竜と魔王軍……それ、もはや自然災害と人災が合体したようなものじゃない。確率で言えば、世界の終わりにかなり近づいてるわ」
悠真は黙って地図を見つめたあと、静かに依頼書を机に戻した。
「……どうする?」
男が問いかける。
セレスが横目で悠真を一瞥し、
いつもの薄い笑みを浮かべた。
「ふふ、危険が高いほど不確定要素も増える……それが冒険の醍醐味、ってやつかしら?」
悠真が苦笑交じりに返す。
「また何か確率でも出してくれるのか?」
セレスは小さく首を振り、
計算するまでもない——という仕草で片手を軽く振った。
「出すまでもないわ。
あなたは結局行くんでしょう?
私の計算では、その確率は百パーセントよ」
セレスはわざとらしく肩をすくめ、
細い指で髪をくるりと巻きつけた。
リィナは不安げに悠真を見上げる。
「……でも、今回は本当に危険にゃ。
大規模な護送隊が全滅するなんて、聞いたことないにゃ……」
「わかってる」
悠真は二人をまっすぐ見つめた。
「でも、放っておけない。ここが崩れたら、俺たちの旅も続けられなくなる。それに……たくさんの人が死ぬ」
セレスはその横顔をじっと見つめ、
思わず小さく呟いた。
「……そういうところ、本当に厄介ね」
ごく小さな声で、しかし確かに。
「惚れる理由が、増えるじゃない」
「え?」
悠真が振り向いた時には、
セレスはもう地図に視線を落とし、指先で赤い印をなぞっていた。
さっきの言葉など、最初からなかったかのように。
リィナは一拍遅れて意味を理解し、
耳まで真っ赤になる。
何か言いかけて、結局ごまかすように小さく咳払いをした。
一瞬、テーブルに微妙な沈黙が落ちた。
男は静かに口を開いた。
「受けるのか、受けないのか。
決めるのはあんたたちだ」
悠真は深呼吸を一つ置き、
静かに頷いた。
「……わかった。俺たちがやるよ」
その声は酒場のざわめきに紛れそうだったが、
迷いの欠片もなかった。
「決まりね」
セレスは肩の力を抜き、軽く笑ってテーブルに肘をついた。
「じゃあ、次の宿題は“飛行魔物の巣”ね。
いいじゃない、未知の変数は嫌いじゃないわ」
「ほんとにもう……」
リィナは呆れたように言いながらも、
耳をぴくりと立て、
尻尾を軽く振って頷いた。
「あたしも覚悟を決めるにゃ」
⸻
ギルドを出ると、夕陽が町全体を赤く染めていた。
遠くの山脈に低く垂れこめた雲は、まるで巨大な翼が地上に影を落としているようだった。
セレスはその空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……飛ぶものたちって、自由に見えて、
案外逃げ場のない場所に閉じ込められてるのかもしれないわね」
「どういう意味だ?」
悠真が尋ねる。
セレスは皮肉めいた笑みを浮かべ、
悠真をちらりと見て答えた。
「自由って“高さ”じゃなくて、“選択肢”の数だってことよ。
……まあ、あなたと一緒なら、
檻の中でも退屈しなさそうだけど」
その言葉に、リィナがちらりとセレスを横目で見る。
唇をかすかに噛み、視線を少し逸らした。
夕闇が三人を優しく包み込み、
次なる冒険への長い影を地面に引いていった。
⸻
輸送路沿いの道は、もはや「道」と呼べる状態じゃなかった。
ひび割れた石畳の上に、荷馬車の破片が散乱している。
焦げついた木箱、ちぎれたロープ——かつてここに護送隊がいたことを、無言で物語っていた。
馬蹄の音を控えめにしながら、三人はゆっくりと進んだ。
「……まるで戦場の跡みたいにゃ」
リィナが吐息混じりに呟いた。
彼女の靴先が焦げた革袋を蹴ると、
中から乾いた穀物がぱらぱらとこぼれ落ちる。
「戦場よりもひどいな」
悠真は前を見据えたまま答えた。
「飛行魔物の仕業……襲ったやつらは“略奪”じゃなくて“狩り”をしてる。完全に獲物扱いだ、この破壊力は並じゃない」
セレスは崩れた荷馬車の残骸に近づき、そっと指先で煤をすくい上げた。黒い粉が風に散り、雪のように散っていく。
「高度と速度、それにこの炎の痕跡……
生き物というより、“兵器”ね。
空から降ってきた災害そのものよ」
「……さらっと怖いこと言うにゃあ」
リィナが眉をひそめ、耳を少し伏せた。
道端には、盾を構えたまま倒れた兵士の亡骸があった。
鎧は焼け焦げ、剣は途中から溶けて歪んでいる。
悠真は足を止め、短く目を閉じて黙祷した。
「抵抗はしたんだ……
でも、勝負にならなかったんだろうな」
セレスがぽつりと続けた。
「抵抗の数と、壊滅までの時間……ってところかしら」
彼女は小さく息を吐く。
「数字にすれば答えは簡単。
だからこそ、嫌になるわね」
リィナが振り返った。
「……ほんと計算好きだにゃ」
「好きと信頼は別よ」
セレスは淡々と返したが、
いつもの軽さが少し欠けていた。
「計算しても、結果は冷たいもの。
数字だけは、嘘をつかないから」
悠真はその横顔を見て、
声を少し和らげた。
「……大丈夫だ。
俺たちは、同じ目には遭わない」
セレスはかすかに笑い、
髪をかき上げて空を見上げた。
「遭わないって信じるのは自由よ。
……ええ、もちろん。私も信じるわ」
風が三人を優しく撫で、
遠くの谷間から、かすかな翼の音が聞こえた気がした。
第64話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
なんとか続いてます。感謝です。
次回は、
第65話『速すぎるセレスの魔力消費』です。
悠真は立ち止まり、二人を振り返った。
「セレス、少し休め」
「……ごめんなさい、
計算上はまだ持つと思ってたんだけど」
わずかな休憩のあいだにも、
風は次第に強まり、
谷全体の音が低い咆哮のように変化していった。
薄暗い空の高みに、巨大な影がひとつ、
風を割るように動いているのが見えた――。
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