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第63話: 中継都市〈ヴァルドレア〉

「……計算が合わないわね」


馬車の揺れに身を任せながら、

セレスが帳簿を覗き込み、

指先で数字をなぞった。


「昨日までの補給計画と、

今日の食糧袋の重さ。

……誰か、途中で摘まんだ?」


外套の裾が風を孕み、

銀色の髪先がきらりと光を弾く。


「俺じゃないぞ」

悠真は苦笑して、

革手袋越しに頭をかいた。


「途中の休憩で、馬がちょっと食っちまったって可能性もあるだろ?」


「それはそれで、もっと計算が狂うわ」

セレスは細い眉をわずかに上げる。


「馬の消費カロリー、

ちゃんと把握してる?」


「……そこまで言われるとは」


「冗談よ」

そう前置きしてから、

彼女は小さく息を吐いた。


「まあいいわ。旅の荷物なんて、世界の縮図みたいなもの。

多少の誤差があっても、前に進むしかないってことね」


「うふふ、相変わらずだにゃ」

リィナが笑い、セレスの隣に腰をずらした。


橙色の髪を三つ編みにまとめつつ、

視線は窓の外へ向けられている。


「でも、そのくらい細かいほうが助かるにゃ。

あたし、数字はほんと苦手だから」


「――ねえ、悠真」

セレスがふと声を落とす。


「馬車って、揺れるわりに落ち着くのね。

なんだか、

数式を考えるには、ちょうどいいわ」


そう言って、外套を整えながら、

自然な動作で悠真の隣に腰を寄せた。


長い髪が彼の肩に触れ、

ひんやりとした香りが漂う。


「数式?」

悠真は天井を見上げて、曖昧に笑った。


「また計算か。食糧の残りでも数えてるのか?」


「ううん、もっと単純よ」

セレスは視線だけで彼を見上げる。


「あなたと、わたしと、リィナ。

誰がどれだけ荷物を持って、

どれだけ休めば効率がいいか――

“旅の最適化”ってやつ」


唇の端が、わずかに上がった。


「不思議なのよ。

あなたを計算に入れると、

毎回“異常値”が出るの」


「……それ、褒めてるのか?」


「もちろん」

迷いなく、セレスは悠真の腕に軽く触れ、

そのぬくもりを確かめるように身を寄せた。


「あなたがいると、安全率が跳ね上がる。

“例外”にできる存在がいるって、安心するものなの」


向かいの席で、その様子をリィナがじっと見ていた。


揺れのせいか、頬がほんのり赤い。


「ね、ねえセレス」

少し遅れて、リィナが口を開く。


「あんまりくっつくと、

悠真も困るでしょ」


「そうかしら?」

セレスは涼しい顔のまま、

肩を預ける角度をほんのわずか変えた。


「揺れ止めにちょうどいいの。

安全策よ」


「それに」

小さく続ける。


「彼の腕、驚くほど安定してる。

旅する椅子としては、優秀ね」


「にゃ……何その言い方……」

リィナは視線を逸らしつつ、

悠真の横にすり寄ると両手で膝を抱え込んだ。


「あたしだって、悠真の腕に――」


そこまで言って口をつぐむ。


悠真は二人に挟まれ、軽く肩をすくめた。

「おいおい、からかわないでくれ」


馬車は交易都市ファルネラを離れ、

北西へ伸びる街道を進んでいた。

広大な穀倉地帯を抜け、

やがて低い丘と森が交互に現れはじめる。


季節はまだ初春のはずなのに、

空気にはどこか張りつめた冷たさがある。


「ねえ悠真」

リィナが窓の外を指さした。


「あれが、例の町?」


進行方向に、大きな石造りの外壁と、

見張り塔がいくつも連なる都市が姿をあらわしていた。


門前には旅人や商人の列ができ、

護衛の兵士たちが通行証を確かめ、

静かな緊張が漂っている。


悠真は頷き、

革袋から地図を取り出した。


「大都市ローダンの外縁にある中継都市――

〈ヴァルドレア〉だ。補給にはちょうどいい」


「噂の震源地、ってやつね」

セレスは窓枠に肘をつき、薄く笑った。


「こういう町の酒場には決まって転がってるものよ。

英雄譚と怪談が、だいたい半々で」


馬車はゆっくりと速度を落とし、

三人を乗せたまま、

街の影へと近づいていった。



町の門をくぐった瞬間、

空気が一段、重くなった。


人の多さと声の洪水。

それだけならどの交易都市にもある。

けれど、

この町には――ざわめきの底に、

張りつめた何かが沈んでいた。


通り沿いの露店には、

剣や槍、簡易防具が所狭しと並び、

乾燥肉や保存食、

薬草の束が乱雑に積まれている。


商人たちは声を張り上げ、

値を叩き合い、笑顔を作っているが――


その合間を縫うように、

着古した外套を羽織った人々や、

包帯を巻いた兵士の姿が目についた。


肩を落とした背中。

視線を伏せたまま歩く足取り。


活気と不安が、同じ通りで同時に息をしている。


「……なんか、思ったよりもピリピリしてるにゃ」

リィナが耳を伏せ、声を潜めた。


「戦況が悪化してる証拠よ」

セレスは通りを一瞥し、淡々と言った。


「人はね、不安な時ほど声が大きくなる。

飲んで、笑って、騒いで……そうしないと、夜を越えられないから......よくある話よ」


悠真は答えず、

二人を促すように歩調を早めた。


町の中央広場に面した、

ひときわ大きな木造の建物。

年季の入った看板には、

《勇者の角笛亭》の文字。


「ここだ」


昼間だというのに、

扉の向こうはすでに満席だった。


扉を押し開けた途端、

熱気とともに、酒と燻製肉の匂いが一気に押し寄せてくる。


油染みの床、

壁に掛けられた鹿角と盾、

揺れるランタンの光が、

酔客たちの顔を赤く照らしていた。


怒号と笑い声が渦を巻き、

断片的な言葉が、耳に飛び込んできた。


「黒炎の城、勇者たちが攻め落としたらしいぞ!」


「おい、それ、本当か? 

おめぇ、到底落ちないだろうって言ってたじゃねぇか」


「いや、確かな筋から聞いたんだ」


「...ついにあの魔城が――」


「……でも、無事じゃ済まなかったって話だ」


「仲間を何人も失ったとか……」


「冗談だろ

……他の前線は総崩れだって聞くぜ」


「竜までやられてるって……

……もう、終わりなんじゃねぇか」


朗報と悲報が、同じ杯の中で混ざり合っている。


酔いで赤くなった顔、震える指、

無理に笑い飛ばす者、

誰もが噂を掴み、噛み砕き、

都合のいい形にして飲み込んでいた。


悠真たちはそんな喧騒をすり抜け、

壁際のカウンターの隅に腰を下ろした。


椅子は硬く、

傷だらけの木の感触が手に伝わる。


給仕の少年が忙しそうにグラスを拭きながら顔を上げる。


「いらっしゃい、何にする?」


「鹿肉の煮込みと黒パン、

それにエールを」

悠真が即座に答える。


「あたしはミネストラとチーズ、温かいミードにゃ」

リィナが続ける。


「じゃあ私は――この町で一番辛いシチューと、冷えた白ワインを」

セレスがさらりと言い、

視線を客席に走らせた。


料理を待つ間も、

ざわめきは途切れない。


勇者の戦果、失われた仲間、竜の噂――

誰もが、明日の生存率を量るように言葉を重ねている。


「黒炎の城……本当に落ちたのかにゃ」

リィナがぽつりと言った。


「勝っても、負けても、血は流れるわ」

セレスがスプーンを指先でくるくる回しながら、皮肉っぽく笑った。


「それに、今聞こえた話の半分は誇張。

四分の一は伝言ゲーム。

残りだけが……たぶん、事実ね」


「それでも、あの三人が前に進んでるのは確かだ」

悠真は静かにうなずいた。


「すごいと思うよ。

……でも、あいつらが無事かどうかはわからないし、

俺たちは俺たちで、もっと力をつけなきゃいけない」


その横顔を見て、

セレスは一瞬、言葉を失った。


理由はわからない。

ただ、胸の奥が妙に熱い。


「……悠真、あなたって、不思議な人ね」


「え? 急にどうした」


「あなたを基準にすると、

人生の計算式がいつも崩れるの」


セレスは冗談めかして笑う。


「でも……その誤差、嫌いじゃないわ」


リィナは視線を落とし、指先をぎゅっと握った。

「……あたしも。あたしだって、

悠真の隣に立てるくらい、

強くならなきゃにゃ」


そのとき、奥のテーブルから、

低い声が聞こえてきた。


「飛行魔物が輸送路を潰してるらしい」


「護送隊が、丸ごとやられたってよ」


一瞬、空気が沈む。


すぐに別の笑い声がそれを掻き消したが――

不穏な響きは、静かに残った。

第63話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。(^^)

皆さんのおかげで、

なんとか続いてます。感謝です。


次回は、

第64話『冒険者ギルドでの危険な依頼』です。


職員は静かに言った。

「受けるのか、受けないのか。

決めるのはあんたたちだ」


悠真は深呼吸を一つ置き、頷いた。

「……わかった。俺たちがやるよ」


「決まりね」セレスは軽い笑みを浮かべた。


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。

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