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第60話: 雪嶺の村の少女

雪が決して止むことを知らない、

白銀に覆われた壮大な山脈。


その厳しくも美しい懐深くに

ひっそりと寄り添う、

小さな集落が一つ、存在していた。


――雪嶺の村。


一年中、苛烈な雪と風に閉ざされたこの極寒の地は、古くから「氷精霊に愛された村」として語り継がれている。


かつては、吹雪が天然の壁となり、

氷が堅固な盾となって、

外敵の侵入を一切許さなかったという。


村人たちはそれを最大の誇りとし、

自分たちを「雪嶺の守り手」と呼び、

胸を張って生きてきた。


しかし、時は無情に流れていく。


精霊の加護は、次第に薄れ、

その力は失われつつあった。


《氷柱の盾》

――かつて勇者が、恐るべき氷鱗王ヴァルスルグと互角に渡り合ったという、あの伝説の遺物――は、


今や村の祭壇に封じられ、

わずかな残り火のような霊力で、

かろうじて結界を保っているにすぎない。


氷精霊の囁きを聞き取れる者。

氷魔法を自由自在に操れる者。


そんな才能を持つ者は、

村にほとんど残っていなかった。


――ただ、ひとりの少女を除いて。


セレスは村はずれの雪原に立っていた。


灰色の空から、細かな雪が舞い降りる。

頰を刺すような冷たい風が、

容赦なく吹き荒れていた。


肩まで伸びた銀色の髪が、風に乱れ舞い、

長いまつ毛に白い雪の粒が積もっていく。


まだ十歳にも満たない小さな両手。


彼女はそっと目を閉じ、

掌の上に意識を集中させた。


「……氷の欠片よ、来て」


小さな唇から零れた囁き。


それに応えるように――


掌の上で一つ、

ぽつんと氷の丸粒が生まれた。


透明で、美しく、完璧な結晶。


一瞬、きらりと光を放ち――


次の瞬間、音もなく霧散した。


「……あ」


失敗。


セレスは悔しそうに唇を噛み、

視線を落とす。


「やっぱり……まだ、精霊さんには届かないのかな……」


それでも、彼女だけは知っていた。


冷たい雪の向こうから届く――

かすかな“声”を。


それは、意味を持った響きではない。

けれど、確かに生きて「呼吸している」何か。


村の誰に話しても笑われ、

中には気味悪がって距離を置く者さえいた。


でも、ただ一人――祖母だけは、違っていた。


かつて氷精霊の巫女として村を守ってきた祖母は、セレスの話を決して笑わなかった。


いつも真剣な眼差しで耳を傾け、静かに頷く。


「その声を、決して忘れないでおいで」


そう優しく諭しながらも、

必ず付け加えた。


「でもね、精霊さんは気まぐれだから、

深入りしすぎてはならないよ」


セレスには、聞こえていた。


風の奥に眠る、氷精霊たちの、かすかで冷たい吐息が。

まるで、遠い記憶を呼び覚ますような、懐かしい響き。

  

そんなある日。


雪嶺の村に、久しぶりの“外の客人”が訪れた。


白銀の世界に、淡いピンクのコートが溶け込むように揺れ。

細身のレザーベストに、旅人らしい実用的な装備。

膝まである頑丈なブーツで、深雪を軽やかに踏みしめて歩く、若い女性。


雪道とは思えぬほど足取りは軽く、まるで自分の庭を散策するかのように自然だ。


柔らかな赤い髪には、陽だまりのような温かな輝きが差して揺れ、 琥珀色の瞳には、子どものような純粋な好奇心が宿っている。


そして微笑んだとき――


その唇の端に浮かぶ、

ほんの少しだけ人を惑わせるような、

愛らしい魅力。


彼女の名はルヴェリア。


遥か南の大都市から招かれた、

天才魔法使い。


村人たちが広場の一角に集まり、

興奮を抑えきれずに囁き合う。


「結界の状態を調べに来た、って本当か?」


「王国でも指折りの魔術師らしいぞ」


「あの人が来てくれたら、村はもう安泰だ!」


ルヴェリアは、そんな熱い視線を穏やかな微笑みで受け止めながら、一人ひとりの話に丁寧に耳を傾けていく。


柔らかく、しかし芯の通った声で応じるその姿には、

気取ったところなど微塵もない――


ただ静かな品格と、

すぐにでも行動を起こせそうな、

確かな意志だけがあった。


セレスは、少し離れた石垣から、

その様子をじっと見つめていた。


ルヴェリアは、

村人たちとの挨拶を終えると、

迷うことなく奥へと進んだ。


目指す先は――


村の最奥、

《氷柱の盾》が眠る、あの神聖なる祭壇。


胸の奥がざわついた。


あの場所は、精霊の声がいちばん強く響く“特別な場所”だったからだ。


祭壇は、雪と氷で形づくられた静かな聖域。

光を放つ氷柱が幾本も立ち並び、

その中央に、厚く凍りついた盾が鎮座している。


表面には古代のルーン文字のような複雑な模様が刻まれ、

今なお、かすかな霊気がゆらゆらと立ち上っていた。


ルヴェリアは杖を掲げ、

残された精霊の力を探るように、魔力を流し込む。


しかし――


すぐに眉を寄せ、小さく首を横に振った。


「……ダメね。声が、まったく届かない」


その、ぽつりと漏れた独り言に、

セレスの心臓が、どきりと大きく跳ねた。


気づけば、体が勝手に前へ出ていた。


雪を踏む音が、静かな祭壇に響く。


「あの……声、聞こえるの?」


ルヴェリアが驚いたように振り向く。

琥珀と淡青――ふたつの瞳が、真正面から交わった。


「今、“声”って言った?」


「う、うん……ここ、

精霊さんの声、すごく強いから……」


ルヴェリアの表情が、一瞬で変わる。


「……あなた、精霊の声が聞こえるの?」


雪嶺の冷たい空気よりも、

鋭く、真剣な声だった。


セレスは、理由も分からないまま、

こくりとうなずいた。


「うん。ずっと聞こえてるよ。

……なんだか……泣いてるみたい」


ルヴェリアの目が見開かれる。

すぐに、何かを確かめるように細められ――


「……私には聞こえない。

でも、あなたには聞こえるのね」


その声は呆れでも嘲笑でもなかった。

そこにあったのは、

驚きと――抑えきれない喜び。


雪の祭壇で、少女と天才魔法使いは、

静かに出会った。


ここから、後に世界を震撼させる“氷の魔女”の物語が、

ひそかに動き始めた。


「名前は?」


ルヴェリアの柔らかな声に、

セレスは少し緊張しながら答える。


「セレス……です」


「セレス。いい名前ね。

――あなた、氷魔法を使ったことあるの?」


「う、うん……ちょっとだけ。

でも、よく失敗する」


「それでいいの。失敗するってことは、精霊にちゃんと“呼びかけ”ができている証拠よ。……やってみせてくれる?」


セレスは一瞬ためらった。


胸の奥が、

きゅっと締めつけられるような感覚。


それでも、ルヴェリアから視線を逸らさず。

両手を前に出し、深く息を吸い込んだ。


――来て。


凍える空気中の水分が、

急速に集まり始める。


指先で、白く輝く氷の結晶が、

はっきりと形作られた。


さっきの失敗とは比べものにならないほど、鮮やかで美しい欠片。


一瞬、掌の上でキラキラと光を放ち――

やがて、静かに雪のように溶けて消えていった。


ルヴェリアは、その一部始終を息を潜めて見つめていた。


やがて――

その美しい顔が、驚きと喜びの入り混じった笑顔に変わる。


「……すごいわ。本物ね。

確かに精霊と"繋がってる"。

この歳で、精霊が素直に答えるなんて…… 」


(――なんて子なの……! これほどの才能が、こんな小さな村に眠っていたなんて)


その言葉に、

セレスの心臓がどくん、と鳴った。


「あなたの村、

もう氷魔法を使える人はいないんでしょう?」


「……うん。だから、みんな

……私のこと、ちょっと怖がってる」


「怖がってる?」


ルヴェリアは首を振り、


「違うわ。みんな、あなたの力に気づいていないだけ」


そして、セレスの細い肩にそっと手を置いた。


「あなたはこの村に残された、

最後の希望――“最後の可能性”よ」


温かいはずの手、なのに、

触れた瞬間、背筋がすっと伸びる。


「私に弟子入りしなさい。

あなたにはその資格がある」


「え……弟子……わ、私が?」


「ええ。私に聞こえない声を、

あなたは聞くことができる。


精霊と繋がる“感覚”が、

今この村には必要なの」


セレスの胸に複雑な感情が湧き上がる。


怖さ、うれしさ、期待、

全部が一度に押し寄せて足元がふらつく。


「わたし……できるかな……」


「できるわ」

ルヴェリアは即答した。


「むしろ、あなたにしかできないの」


外では風が鳴り、

山々が低い音を立てている。

精霊たちの声が、

いつもより近くでざわめいていた。


セレスはぎゅっと拳を握り、顔を上げた。

「……お願いします」


ルヴェリアはわずかに口元を緩めた。


「いい子。じゃあまずは精霊に、

ちゃんと挨拶してごらんなさい」


ーーーーーー


数日後のことだった。


雪嶺の村から半日ほど登った山腹に、

ひっそりと佇む小さな石の祠があった。


氷精霊に捧げられた、

古の祈りの場所だ。


セレスはその前に座り、

膝の上でぎゅっと手を組んだ。

深呼吸を繰り返して、耳を澄ます。


――けれど今日は、いつもより声が遠い。


「焦らなくていいわ、セレス」


背後から、穏やかで優しい声。


ルヴェリアがピンクのコートを揺らしながら近づいてくる。


「精霊は気まぐれなの。

呼びかける私たちが、

もっと心を澄まさなくちゃ」


彼女はセレスの隣にしゃがみ、優しく微笑んだ。


「ほら、目を閉じて。

吸って……吐いて……もう一度、ゆっくり」


セレスは言われるままに、

冬の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


刺すような冷気が体を巡り、

頭の中が、

まるで新雪のように透明になっていく。


――来た。


かすかな、でも確かに。


氷がきらりと光る瞬間の音――。


「……聞こえる」


「どんな?」


「雪が……降る音。

とても小さいけど、なにか……話してる」


「それでいいわ。

それが“呼びかけ”の最初の感覚」


ルヴェリアは満足そうに頷いた。


「魔法を使うことより、

まずその声を“受け取る”こと。

受け取れれば、あとは自然と形になるわ」



その日の午後、二人はさらに山を登った。


風が容赦なく吹き抜ける岩棚――

眼下に雪嶺の村が、白く小さく見える場所。


ここは外界から魔物が流れ込みやすい“境界の薄い”ポイントで、 ルヴェリアが訓練に選ぶ定番の場所だった。


「今日は、精霊に呼びかけたあと、

その力を“形”にする練習よ」


ルヴェリアが腰のベルトから、

シンプルで美しい杖を抜く。


「氷の槍でも、氷壁でも、なんでもいい。

セレスが作りたいものを、自由にやってみて」


セレスは緊張しながらも、

杖を握りしめた。


目を閉じる。


――聞こえる。


氷精霊の吐息が、

風に溶け込んで流れ込んでくる。


指先が、じんわりと熱く、

しびれるような感覚。


次の瞬間――


杖の先に、

白い霧が急速に集まり始めた。


キラキラと、光の粒が舞い、輝きを増していく。


「いける……!」


セレスは小さく呟き、

霧を鋭い槍の形にまとめようと、

全身全霊で集中させた。

    

――そのときだった。


山道の向こうから、

甲高い鳴き声が響き渡る。


「キィィィッ!」


振り向くと、

雪ウサギほどの大きさの魔物が3匹。


白い体毛に赤く光る目、

鋭い牙をむき出しにして、

猛スピードで跳びかかってくる!


「セレス、下がりなさい!」


ルヴェリアが素早く前に出ようとしたが――


セレスのほうが早かった。


杖を強く突き出し、

今までで一番強く、

精霊の力を一気に解放する。


「――凍れっ!!」

第60話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。(^^)

おかげさまで無事60話。嬉しいです。(T ^ T)


次回は、第61話『これが、天才魔法使いの戦い』です。


ルヴェリアは氷壁を張ろうとするが、

腕は震え、杖が小刻みに揺れ、

火花のように魔力が散っていく。


そして――ついに、魔物の牙が......


「やめてぇぇぇぇ!!」

セレスは叫んでいた。


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。

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