第58話: 刻印の選択肢
だが、それは単なる力ではなかった。
脳裏に、刻印の“意味”が雪崩れ込むように押し寄せてくる。
《黎明の導印》
特性①:転位共鳴(刻印を媒介に、敵や空間の魔力構造を“書き換える”)
特性②:界縫(過去と現在、次元の裂け目を接合し、望む状態に“縫い直す”)
特性③:導光(存在の記憶・魔力パターンを刻印。そのエネルギーを還流し、持ち主に返す。
(……これが、進化した刻印……)
身体の奥底から、
まるで別人格のような意思が立ち上がり、
悠真の手足に無限の力を注ぎ込む。
「――転じろ!」
一歩踏み込むと、
足元の甲板が金色の紋様に覆われ、
ヴァルドの触手が、一瞬で凍りついた。
「な……に……っ!?」
ヴァルドが嗤いかけて、声を失う。
転位共鳴が発動。
ヴァルドと門の魔力構造を掴み、
書き換えを開始していた。
背中から伸びる闇の供給線が、
一本、また一本と金色に染まる。
「……お前も、門も――
これで用済みだ!!」
セレスの目が限界まで見開かれた。
「導点そのものを……進化させたっていうの……!?」
リィナが震える声で続く。
「そんなこと……ありえるの……!?」
ヴァルドが狂ったように暴れる。
「やめろォォォォッ!!」
だが、触手は金色に輝きながら千切れ、
門の渦が音を立て、ひしゃげて歪んだ。
導印から導かれた金糸が触手を駆け巡り、
黒い魔力管を次々と塗り替えていった。
「止まれッ!」
叫んだ瞬間、
門の魔力供給が凍りついたように静止した。
甲板が海鳴りのように揺れ、
ヴァルドの身体から黒い蒸気が吹き出す。
「まだ……終わらぬ……!」
その声はもはや、人の声の形をしていない。
ヴァルドは咆哮をあげ、背中の瘴気が破裂した。
「我が門は……我が身は……
貴様になど、書き換えられぬッ!」
しかし、
導印から伸びる螺旋状の光が
空間の座標そのものをねじ曲げ、
魔力供給を細かく断ち切っていった。
門の渦は青白く染まり、
逆流する滝のようにヴァルドの背へ吸い戻されていく。
「なら、返してやるよ……お前の力も、
門も。ぜんぶな」
呟くと同時に、金糸が渦の中心を貫き、
門の輪郭が震え、船の底から響くような轟音が突き上げた。
刻印の界縫が始まっていた。
――過去から続いた“開放の儀式”そのものを、別の結果へ縫い替える。
ヴァルドは苦悶の叫びを上げ、
残る触手も次々と金色に硬化し、砕け散っていった。
「や……めろォォォッ! ありえん、こんな……!」
「できるんだよ。俺には」
悠真が静かに呟くと、光がさらに強まった。
巨体が門の中心へ押し戻される。
ヴァルドの絶叫が途切れ、
触手と共に闇へ吸い込まれていった。
――だが、それで終わりではなかった。
門の奥から、今まで感じたことのない圧力が漏れ出してくる。
(……まだ何かが……?)
ドクン。
ドクン。
巨大な心臓が、向こう側で目覚めたかのように。
刻印が腕を灼き、警告する。
ヴァルドはもういない――
だが門は、閉じるどころか“裏返ろう”としている。
「……終わりじゃないの……?」
セレスが呟く。
「悠真……!」
リィナの声が震える。
悠真は剣を握りしめ、血の味を噛みしめながら門を見つめた。
導印の光はさらに強まり、腕から胸、そして首筋へと広がっていく。
(……なんだ……門が……刻印が……)
金光が甲板を満たした瞬間、潮の匂いが一気に消えた。
世界が光に埋まり、視界に無数の魔術式が浮かび上がる。
刻印が彼に“選択肢”を見せていた。
――門を閉じるか。
――それとも、渡るか。
(……俺に、選べと……?)
そのとき、
門の中心が破裂音を立てて開き、
眩い光が噴き出した。
ズンッ――!!
世界が脈動する。
「……刻印が……誘ってる……」
セレスが息を呑む。
悠真は膝をつき、
震える両手を光の中へ押し当てた。
転位共鳴が異界の術式を書き換え、
界縫が裂け目を縫い縮め、
導光が余剰の輝きを甲板へ広げる。
門は白い閃光の中で縮み、
巨大な瞳が閉じていくようにゆっくりと狭まっていく。
だがその奥に、
ほんの一瞬、異様な光景が映った。
――摩天楼のようにそびえるガラスのビル群。
――ネオンに照らされた交差点。
――車のテールランプの連なり。
――幾重にも重なる高架道路。
「……えっ……!」
心臓が、
跳ね上がった。
(……今のは……?)
門は確かに閉じつつあった。
けれど同時に、甘い囁きが響いた。
――こちらへ来い。
――すべてを知りたくはないか、と。
《黎明の導印》は、
閉じる力と、導く力――
その両方を、悠真の手の中に与えていた。
額に汗が伝う。
光の道が、悠真の足元まで伸びてきた。
一歩踏み出せば――
......帰れるのか?
「……これが門の正体……?」
セレスが小声で言った。
「……多層世界をつなぐ“干渉孔”……
異界と異界の接合点そのもの……」
リィナの直感が叫ぶ。
「いや! 行っちゃダメ!! お願い……!」
刻印が最後の熱を放つ。
まるで「選べ」と迫るように。
都市の輪郭がより鮮明になる。
横断歩道を埋め尽くす人波。
濡れたアスファルトに反射するネオン。
路地に並ぶ日本語の看板。
息を飲むほど、
懐かしい光景が、
遠い幻のように揺らめいていた。
(……日本……? 帰れるのか……)
胸が、
きゅっと縮む。
かつて失ったすべて――
家族、友達、日常。
だが、別の声が沈黙を破る。
(……でも、それでいいのか……?)
――リィナの涙。
――セレスの静かな覚悟。
――この世界で出会った、かけがえのないものたち。
(俺が帰ったら……
あいつらは、どうなる……?)
彼の選択ひとつで、
この世界の未来が決まるのかもしれない――。
セレスとリィナは、もはや言葉を失っていた。
震える少年の背中を、ただ見守ることしかできなかった。
第58話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。感謝です(^^)
次回は、第59話『悠真が選んだ世界』
そのとき、背後から――震えるような、
でも確かに届く2人の声が重なった。
「悠真ー!」
切実で、祈るような叫び。
それは、悠真の背中に突き刺さり、
胸の奥の揺らぎを一瞬で溶かした。
……ああ、わかってるさ。
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