第57話: 黎明の導印
悠真が、
赤黒い光の中心に触れた瞬間――
全身を裏返されるような衝撃が走った。
導点が灼熱し、
皮膚が裂け、
にじんだ血は光に吸われるようにして消えた。
門の中心に張り巡らされた光の糸が、
悠真ひとりの魔力へ、引き寄せられていく。
――このまま進めば、
命と引き換えに、逆式に一縷の望みを賭けられる。
「やめなさい悠真! それじゃ……!」
セレスの声が、裏返る。
「だめにゃ! そんなの、だめだにゃ!!」
リィナも、涙声で叫ぶ。
だが悠真は、振り返らない。
門の向こうから吹き込む異界の風が、
髪を乱暴に叩いた。
魔力が渦を巻き、
心臓を鷲掴みにされるような圧が襲う。
逆式の陣は、
じわじわと、だが確実に――
姿を整え、組み上がっていく。
ヴァルドが気づき、
獣じみた咆哮を上げた。
「何をする気だ――やめろォ!!」
黒い触手が船底を穿ち、
梁が音を立てて崩れる。
セレスは片腕を持っていかれそうになりながらも防御陣を組み、
リィナは短剣で触手の軌道を逸らす。
攻撃は止まらない。
悠真の指先は痙攣し、
喉の奥から血の味が広がった。
「ああ……」
赤い光の中で、
ヴァルドの影が揺れる。
門の中心が、
悲鳴をあげるように波打ち、
魔力は容赦なく吸われ、
皮膚が裂け、
血が紋へと滴るたびに、
蒸気となって消えた。
「まだだ!」
悠真は叫び、
両手を導点に深く押し込んだ。
ヴァルドの触手が背後から伸び、
悠真の胸に絡みつこうとした――
その時だった。
(待て……?)
脳裏で、何かが弾けた。
(逆式の代償は“膨大な魔力”。
なら俺じゃなくていい――
あの上位個体、ヴァルドに押しつければ……!)
悠真は視線を一瞬も逸らさず、
迫りくる触手を真正面から掴み取った。
燃えるような熱。
雷光が迸り、掌が裂ける。
「うおおおおおっ!!」
咆哮とともに、
掴んだ触手を導点へとねじ込んだ。
「貴様ァァァッ!!」
ヴァルドが、初めて声を荒げた。
暗黒の鎖が何重にも巻きつき、
悠真の腕を引きちぎろうする。
それでも、歯を食いしばり、
触手をさらに奥へと押しやる。
「行けえぇぇぇぇぇぇっ!!」
光と闇が激突し、
甲高い悲鳴のような音が船底を震わせた。
中心で赤い糸が蠢き、
ゆっくりと、確実に――
ヴァルドの魔力を喰らいはじめる。
渦が、膨らんでいく。
「こんなの……!」
リィナの息が詰まる。
セレスも言葉を失った。
「成立してる……本当に成立してる!」
仮面の奥、
ヴァルドの赤い瞳が、激しく揺らぐ。
「貴様……この私を媒介にする気か……!!」
「離すかよおおおおっ!!」
リィナが弓を限界まで引き絞った。
「今にゃっ!!」
雷迅の矢が次々と放たれ、
ヴァルドの肩、脇腹、首筋を穿つ。
セレスが氷の陣を連ね、
鋭い氷柱が触手を薙ぎ払い、粉々に砕いていく。
逆式の渦が、
ヴァルドごと呑み込み始めた。
「効いてる……もっとだ!」
「ぐぬぅぅぅ……!」
ヴァルドの巨体が傾き、
触手が一本、また一本と千切れ飛ぶ。
黒い外殻に深い亀裂が走り、
青黒い血が噴き出した。
赤い糸が太く、熱を帯びて脈動する。
渦が収束へ――
逆式が完成へ向かって、加速していく。
「いける……!」
悠真の胸に、希望が灯った。
稲妻が触手を穿ち、
セレスの氷刃が傷口を凍てつかせる。
三人の猛攻に、ヴァルドは確実に削られていた。
「押し込めぇぇぇ!!」
悠真が叫ぶ。
「あと少しにゃ!!」
リィナが弓を絞めながら叫び返す。
「貴様ら……人間ごときに……っ!」
ヴァルドの声が、初めて歪んだ。
――勝負は決したかに見えた。
触手が萎れ、
赤い糸がヴァルドを完全に「媒介」として喰らいはじめる。
セレスの瞳が輝く。
「このまま完成する!」
――だが。
次の瞬間、
ヴァルドの全身から、
漆黒の奔流が爆ぜた。
「舐めるなァァァァァァッ!!!」
触手が破裂し、
黒い衝撃波がすべてを薙ぎ払う。
リィナの矢は空中で粉砕され、
セレスの氷刃も霧散した。
「きゃあっ!」
リィナが甲板に叩きつけられ、
弓が遠くへ転がる。
セレスも膝を折り、
魔法陣が音を立てて崩れ落ちた。
「離さない……っ!」
悠真だけが血を吐きながら、触手を握りしめる。
だが――
ヴァルドの力は、もう別次元だった。
漆黒の触手が無数に増殖し、
雷光の剣をねじ曲げ、押し返す。
赤い糸が逆流し、
悠真の腕を焼き、肉を裂いた。
「ぐっ……あああああっ!!」
ヴァルドがかすれた笑いを洩らす。
「……愚か者め……
門は主を選ぶ。
貴様ごときに、従うものか!」
――その言葉と同時に、
逆式の渦が、悲鳴を上げて縮んだ。
漆黒の奔流が導点を呑み込み、
陣に深い亀裂が走る。
赤い糸が一瞬で千切れ、渦が萎んでいく。
「逆式が……崩壊していく……!」
セレスが絶叫した。
「悠真、もう離して! 死ぬにゃ!!」
リィナが這いながら叫ぶ。
けれど悠真は――
触手を握りしめたまま、歯を剥き出しにした。
「まだだ……まだ終わって……ねえ……!!」
掌の肉が焦げ、
血が剣身を伝って滴る。
雷光の剣が悲鳴を上げ、
刀身に無数の亀裂が走った。
触手が胴を貫こうと迫り、
逆流する赤い光が胸を焼き尽くす。
視界が真っ赤に染まり、
肺が潰れそうになった。
――もうダメだ。
セレスとリィナの声が、
水底のように遠ざかる。
それでも指は、触手を離さない。
(……違う……俺には……)
血塗れの刻印が、
一瞬だけ、金色に煌めいた。
(そうじゃない……
俺にはまだ、"あれ"が残ってる……!)
「変われ……!」
声は掠れていたが、
その一言で刻印が微かに脈打つ。
古い紋様がひとすじ、
別の線へと書き換わった。
悠真は歯を剥き、
血反吐を吐きながら叫んだ。
「俺は……進化の権能を持つ者だ……!
刻印ごと……全部まとめて進化しろぉぉぉぉぉ!!!」
瞬間。
ヴァルドの肉体を伝い、
未知の力が刻印に叩き込まれた。
武器でもアイテムでもない。
刻印そのものの“骨格”をねじ曲げ、書き換える力。
ヴァルドの肉体が導線となり、
悠真の胸奥で眠っていた“進化”の核が炸裂した。
黄金の奔流が逆噴射する。
掌から導点へ――
黄金の閃光が一直線に突き抜けた。
赤い糸が瞬時に金色へ染まり、
刻印がうねり、軋みながら別次元の形へと変貌する。
「ここで終わらせる……
これで終わりだぁぁぁぁっ!!!」
ヴァルドが激しく抵抗する。
「門は我が身の延長だ!
この程度、呑み込んでくれるわっ!!」
闇が膨れ上がり、
甲板が悲鳴を上げてひび割れる。
――だが。
刻印の光が、それを上回った。
赤、青、金。
三色の光が重なり合い、古い紋様が音もなく剥がれ落ちていく。
「……来る……」
セレスの瞳が震える。
「刻印が……勝手に書き換わっていく……!?」
金の雷が輪郭を疾り、
中心の青い光が静かに呼吸を始めた。
門の糸が共鳴し、すべてが金色に染まる。
そして――光が、弾けた。
新しい紋様が浮かび上がる。
それはこれまでとは違う、
二重螺旋のような形状をしていた。
悠真の視界に名が走る。
「……《黎明の導印》……」
かすれた声でつぶやいた。
第57話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいです(^^)
次回は、第58話『刻印の選択肢』
「……えっ……!」
心臓が跳ねる。
次の瞬間、像は消えた。
(……今のは…… ?)
だが同時に、奥底から甘い囁きが聞こえた。
――こちらへ来い、と。
――すべてを知りたくはないか、と。
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