表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/64

第55話: 無謀な計画の最終確認

「導点は、街中から吸い上げた魔力を最後にまとめて解き放つ仕組みになってるわ」


セレスは羊皮紙を指でなぞりながら続ける。


「だから逆式を仕掛けるなら――

この紋の一点に“逆向き”の術式を叩き込む必要がある。


大結界のエネルギーを逆流させて、

封印の効力を反転させる。

術者の力を、そのまま跳ね返す形になるの」


そして、言葉を区切って付け加える。


「でも、打ち込むなら

“術が起動した瞬間”しかない。

結界が完全に展開され、

魔力が一気に集まった、その一瞬」


リィナは短剣を握り締めたまま眉を寄せる。

「そんな一瞬を狙うなんて……それ以外はダメなの?」


「ダメ。

まだ魔力が流れていない状態に逆式を打ち込んでも“空打ち”になるだけ。

完成した回路に、逆向きの位相をねじ込んで初めて反転が起こるの」


セレスは空中に簡略図を描き、

指先で回路を逆回しにする仕草を見せた。


「術士を倒せば……ってのも考えたわ」

セレスが短く笑う。


「けど、無理なの。

起動そのものは三日前から始まっている。


もう魔力は街全体に流れ始めてるし、

三日月紋は《陣》なんて可愛いものじゃない。

あれは巨大な自動術式よ。


月と星の配置が重なるこの時間帯に

魔力が極限まで増幅される。

だから、術士は最後の“点火役”にすぎない。

術士がいなくなっても、時間が来れば門は勝手に開くわ」


リィナの喉がひくりと動いた。

「でも……私たちの魔力じゃ全然足りないにゃ。

大結界をひっくり返すなんて……」


セレスは小さく頷いた。

「ええ。三人の魔力を合わせても、必要量の半分にも届かない」


だが、どこか苦味を噛みしめるように言う。

「だから――誰が“供給役”になるかが問題なの」


悠真はその言葉を、黙って受け止めていた。


(……やっぱり、俺がやるしかない)


「もう二十四時間を切ったわ」

セレスが手元の針を置いて言った。


「起動は明日の夜明け前。

月が街を真上から見下ろす時刻に、

術士が門を開く。

その瞬間が、唯一のチャンスよ」


リィナは短剣を抱え直した。

「もし、そのタイミングを逃したら……」


「ええ。蓄えた魔力が暴走するでしょうね。

街ごとひと呑みする規模で」


セレスの口元に軽い皮肉が混じるが、

その眼差しには、ひとかけらの余裕もなかった。


しばらく羊皮紙を見つめていた彼女は、

ふっと口の端を上げた。


「理屈だけなら単純よ。

逆流の鍵は港にある紋の一点。

でも問題は明白――魔力が圧倒的に足りない」


壁に映る三人の影が、

ランプの揺れに合わせて伸び縮みする。


悠真はゆっくりと息を吸い込んだ。


タイムリミット。魔力不足。術の複雑さ。

すべての条件を思い返すたび、

選べる道は、ひとつに収束していく。


(……俺が犠牲になればいい。

 それだけだ)


夜の港から、微かに潮の匂いが流れ込む。

遠くで船団が最終調整を始めている音が、

静かに、でも確実に聞こえてきた。


ランプの灯が、 小さく、

最後の夜を照らしていた。


ーーーー


夜明け前の港湾地区は、

いつになく騒然としていた。


朝靄の中、

巨大帆船と武装輸送船がずらりと並び、

荷の積み込みと魔法陣の刻印作業が同時進行で進められている。


船員、傭兵、黒衣の術士が慌ただしく行き交い、

その足元には、例の三日月紋が、

船の底板にまで緻密に刻まれていた。


屋根の上から望遠鏡を覗くリィナ。

「……やっぱり、船にも紋が刻まれてるにゃ」


隣でセレスは手帳を開き、

魔力探知の印を重ねる。

淡い光の糸が空中に組み上がり、

港一帯を蜘蛛の巣のように覆っていく。


「予想どおりね。

街全体の紋が、最終的にあの旗艦に収束してる。

あそこが結界の“核”――導点だわ」


その船――

ヴァルドの乗る黒塗りの旗艦は、

他のどの船よりも巨大だった。


船首の黒曜石の竜頭像が不気味に海風を受け、

甲板には紫の結界灯が何本も立ち、

明滅している。


「……つまり、あそこに逆式を打ち込むしかないってことか」

悠真の声に、わずかな硬さが滲む。


セレスは小さく頷いた。

「でも近づける保証はないわ。

あの船の守りは、尋常じゃない」


その言葉を裏づけるように――

港に、ひときわ濃い魔力が渦を巻いた。


突如として空気がざわつき、

赤黒い光柱が海面から立ち上がる。


高台に立つ三人の目の前で、

ひとつの存在が、“姿”を現した。


漆黒の甲殻。

紅玉の双眸。

高さ三メートルを超える巨躯。


ただ立っているだけで、

空間そのものが歪み、大気が重く沈む。


――魔族の“執政級”ヴァルド。


「……にゃ、な、なんて……」

リィナが思わず後ずさる。


セレスも、顔色を変えた。

「想定以上……

ここまで力を引き出していたなんて」


悠真は喉が強張るのを感じながら、

巨体を睨みつけた。


(勝てない。

今の俺たちじゃ、絶対に勝てない)


その確信が、

胸の奥に冷たい石のように沈む。


それでも――

時間は、止まらない。


港の時計塔が、遠くで鐘を打った。


残された時間は、もう半日にも満たない。


夜明け前、自動術式は門を開く――

それだけは、動かせない運命だ。


「どうするの、悠真」

リィナの声が、震えていた。


「ああ……

もう、飛び込むしかない」


セレスも、静かに頷く。


「逆式は起動の瞬間にしか打ち込めない。

あの船に乗り込んで、導点に反転の印を刻む。

――それしか、道はないわ」


三人の間に、言葉が落ちる。


海風が頬を刺し、

旗艦のマストが、長く、冷たい影を伸ばす。


――自分たちが、もう後戻りできないことを、

三人とも、理解していた。


賭けるしかない。

失敗すれば、都市は呑まれる。


リィナが弦を軽く弾き、

震えをごまかすように笑う。

「に……逃げ道なんて、どこにもないにゃ」


セレスは手帳を閉じ、

息を整えた。


「逃げ道は作るものよ。

――悠真、計画を最終確認しましょう」


悠真は頷き、地図の上に指を滑らせた。


「夜明け前、月が正中する瞬間、門が開く。

逆式を仕掛けるタイミングは、そこだけだ」


「結界核はヴァルドの旗艦、その竜頭像の奥よ……」

セレスが補足する。


「侵入ルートは?」とリィナ。


悠真は頷いた。

「エルムから聞いた地下水路にルートがある。

港の倉庫からつながってて、直接船底に出られる」


セレスが地図を折りたたみ、

手にした符札をぱちんと弾いた。


「地下水路なら外の見張りをかわしやすい。

ただし、逆式を打つのは“門が開いた瞬間”だけ。

逃したら、街ごと向こう側に持っていかれるわ」


リィナは矢羽根を整えながら、小さくこぼす。

「にゃ……ほんとに、命がけだにゃ」


悠真はその横顔を見つめ、

胸の奥に沈んでいく覚悟を、そっと押し固めた。


「船底に出ても、船員や魔族の眷属がいるにゃ。気づかれずに行けるの?」


「行くしかない。

あの上位個体と正面からやり合うよりは、まだ望みがある」

セレスは静かに、しかしきっぱりと言った。


「起動の瞬間、私が逆式を詠唱する。

リィナは護り、悠真は道を開く」


そこでいったん区切り、

セレスは指先で導点の印を示した。


「そして最後は三人で……


導点に直接触れ、魔力を流し込む。

それで一気に反転させるの」


悠真は小さく笑った。

「命を削って、な」


リィナが振り返る。

「そんな顔で言うなにゃ。縁起でもない」


港のざわめきの奥で、

波が規則的に岸を叩いている。


悠真の脳裏には、

またあの巨体――魔族の上位個体、ヴァルドの姿が重なった。


桁違いの魔力。

あれを相手に、正面から挑める気はしない。


「あともう六時間」

セレスが囁いた。


「……その間に、俺たちは何を?」

悠真が問う。


「魔力を温存して。

私は術式の仕上げをする」


三人は港の裏路地に身を潜め、

薄暗い倉庫の一角で、最後の準備に取りかかった。


リィナは矢に銀粉を刷り込み、一本ずつ感触を確かめる。

セレスは紙片に細かな式を描き込み、符札に仕立てていく。


悠真は膝を組み、目を閉じて、

自らの魔力を一点に集約させた。


転生してからというもの、

その力の正体も限界も、まだ誰も知らない。


(――俺なら、できるはずだ)


胸の奥で、

その声だけが、静かに響いていた。


倉庫の外、

遠くで波が岸を叩く音が、

まるでカウントダウンのように

規則正しく、繰り返されていた。


――残り、六時間。

第55話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいです(^^)


次回は、第56話『 “血染めの執行者”ヴァルド』です。


リィナが矢を握り締める。

「……今しかないにゃ!」


「うおおおお!」


悠真が全身に雷光をまとい、一気に突進した。


セレスは逆式の詠唱を止めず、声を張り上げた。

「あと数呼吸……“門”の中心に触れれば……!」


ヴァルドの鎖が最後の一撃として振り下ろされる――

その瞬間、悠真は左腕を掲げた。


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。感想もお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ