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第54話: 転生者としての異質な力

セレスは眉をひそめ、ため息をついた。

「余計な変数が増えるの、ほんと嫌いなのよ」


足先で床を蹴ると同時に、掌をひらりと返す。


瞬間――

空気がきしみ、

床板から青白い氷柱が音もなく伸び上がった。


護衛は驚愕の声を上げる間もなく、

氷に足を絡め取られ、完全に動きを封じられる。


「冷却完了。はい次」


軽く言い放ちながら、

すれ違いざまにもう一人を氷壁で弾き飛ばす。

短い衝撃音のあと、

書斎は再び静けさを取り戻した。


氷に閉じ込められた護衛を見下ろし、

セレスは冷たく、皮肉を含んだ声で言う。


「ごめんなさいね。

あなたたちの雇い主が、悪いのよ」


机に散らされた文書を素早く漁る。

――そして、

切り取られた古文書の断片が、姿を現した。


羊皮紙の端には、見慣れぬ術式の痕跡。

明らかに“逆式”に関連するものだ。


「やっぱり……ここにあったのね」

そっと折りたたみ、胸元に滑り込ませる。


だが、それだけでは終わらなかった。


書棚の奥に、

封蝋された手紙の束が隠されていた。

封には――月影商会の紋章。


「……なにかしら、これは」


封を切り、目を走らせた瞬間――

セレスの息が、止まった。


――異界の“門”を開き、ファルネラを“祭壇”として捧げる。

――その生贄と魂を触媒に、魔族を一挙に召喚。

――北方領を瞬時に蹂躙し、大陸全土への侵攻を開始する。


すべてが、

冷酷なまでに正確に、記されていた。


セレスは手紙を握りしめたまま、

静かに呟いた。


「……つまり、これは

魔族が人間に宣戦布告するための、準備……」


書斎のランプが、

小さく、不吉に揺れた。


――この街が、戦争の火種になる。


皮肉を浮かべたその瞬間――


床下から、

カチッ

乾いた音がした。


「……今のは」


反射より早く、

黒い影がじわりと広がる。


足首を"冷たい手"に捕られ、

皮膚から骨へ突き刺さるように這い上がってきた。


「っ……なに、これ……!」

影から吸い上げられる感覚。

魔力がじわじわと奪われ、胸まで冷えが迫る。

銀髪が頬に張りつき、視界が白く瞬いた。


「封魔影手……こんなものまで……」


杖を振ろうとしたが、

影の手が床から伸びて腕ごと押さえ込む。


純白のマントが裂け、

スリットから覗く白い太腿が露わになる。

冷気と汗が肌を伝い、

セレスの呼吸が荒くなる。


「……冗談じゃない……」


普段の皮肉は影を潜め、

声が震える。


壁際の闇が蠢き、

赤い双眸を持つ、犬ような魔族が姿を現した。


足元の影手が締めつけを強め、

骨が軋む音がする。


「準備がいいのね、月影商会……」


影が魔力回路に干渉して、

魔力が、いつものように滑らかに走らない。


(……このままじゃ呪文どころか立っていられない)


鋭い爪が閃き、

肩口の布が裂け、鮮血が滴る。


「……くっ......せめて、こっちから仕掛けないと……」


奪われていく魔力を感じながら、

脳裏に閃いた。


――なら、全部まとめて、ぶちまけてやる。


吸い込まれる力に逆らわず、

むしろ身を任せるように、

残った魔力を一瞬で極限まで圧縮。


そして――


「――《冷結・返しリターンフロスト》!!」


短い詠唱。


杖の先端から、

青白い冷気が爆発的に膨張。


足元に絡む影が内側から砕け散り、

奔流のような氷の嵐が書斎を呑み込んだ。


影の鎖が断ち切られ、

セレスは膝を突きながらも、

ゆっくりと立ち上がる。


「……はっ……は……」


魔族が低く唸る。

まだ終わらない。


セレスは残った魔力を絞り上げるようにして杖を振る。

氷結晶の飾りがカチリと揺れた。


「――砕け散れッ!」


十数本の氷槍が獣の胸を貫き、

赤い光が消える。魔族は霧となって崩れ落ちた。


室内に静寂が戻る。


マントの裂け目から冷たい風が入り、スカートのスリット越しにまだ熱を帯びた肌が震える。


「……こんな泥臭い戦い、久しぶりだわ……」

杖を握る指先が力なく痺れ、彼女は深呼吸をした。


そのとき、背後から物音。


振り返ると――

白髪交じりの男、学者エルダーンが、

怯えながら立っていた。


「お、お願いだ……これは違うんだ!

私はただ研究費が欲しかっただけで……」


セレスは肩をすくめた。


「方程式は、たったひとつの数字を間違えただけで……

全てが狂うの。

あなたは、まさにその“致命的な誤り”を選んだわ」


男が口を開きかける。


その瞬間――

セレスの指先が、わずかに動いた。


冷気が走り、男の足元に氷の鎖が伸びる。


「お返しよ、動かないで。

でないと、氷漬けの標本にされちゃうわよ」


淡々と告げ、手紙と文書を懐に戻した


エルダーンは震えながら、

ただ、床に膝をついた。


屋敷を出たセレスは、

夜風に触れると、

ようやく肺の奥まで息を吸い込んだ。


「……断片は手に入った。

でも、このままじゃ“完全な術式”にはほど遠い。

危なっかしい試作品を握ってるのと、変わらないわね」


その時――

遠く、港の方から、

爆ぜるような轟音が微かに響いた。


きっと、悠真とリィナが死線をくぐっている。


セレスは夜空を見上げ、


「……私も計算を急がなきゃ。

時間は、もう残り少ないんだから」


氷の冷気をまとった彼女の瞳は、

夜の闇にきらめいていた。


ーーーーー


夜更けの宿の一室。

卓上のランプがかすかに揺れ、

机に広げられた羊皮紙を青白く照らしていた。


入手した断片の記号は、一般的な封印符とは全く異なる構造をしている。

数式めいた幾何学紋が、彼女の指先の動きにあわせて浮かび上がっては消えた。


「やっぱりね。

予想した通り……これは“逆式”の応用形だわ」

セレスは静かに息をついた。


「読めたのか?」悠真が問う。


「正確には“読めた”というより、

“見えてきた”ってとこかしら。

構造だけでも常軌を逸してる。


普通の封印符と比べて桁が違うの。

魔力の要求量だけでも十倍以上。

下手をすれば百倍になる」


リィナが眉をひそめ、前のめりになる。

「百倍って……いくらなんでも無茶にゃ」


セレスはわずかに笑った。

「私が冗談を言うタイプに見える? 

もしこれを人間が無理やりやったら、

血を抜かれた蝋燭みたいに倒れるでしょうね。


……普通の人間なら五分と持たないわ。

やるなら命を張る覚悟が必要」


「……命を……」リィナの声が途切れる。


悠真は黙って聞いていた。

ランプの灯がその横顔を橙に照らし、

わずかな汗の粒を光らせる。


リィナは唇を噛み、天井を見上げる。

「でも、どっちにしても私たちじゃ魔力が足りない......」


「数字の上ではね……

三人分、全部合わせても、

術の核に必要な魔力量には、どうしても届かないの」


セレスは苦笑しながらも、少し皮肉っぽく言う。

「どれだけ弓矢を放とうと、氷の鏡で跳ね返そうと、根本的な“器”が違うのよ」


――途方もない魔力。命と引き換えの術。


胸の奥に重い音が落ちる。


(俺なら……やれるかもしれない)


転生者としてこの身に宿った異質な力。

異世界に呼ばれ、魔王を討つために授けられた“外から持ち込まれた何か”。

(もし、これを俺が使うなら――)


その考えを形にするのは、まだ早い。

言葉にした瞬間、仲間を不安にさせてしまう。


「……悠真?」

リィナの声に思考が切られた。


「ああ、なんでもない」

軽く笑ってみせる。

だが、その笑みに力はなかった。


セレスがその様子を横目で見つつ、淡々と指先を動かし、紋様の一部をなぞった。


「ただし、“必ず命を削られる”って決まったわけじゃないわ。

完全な逆式はまだ不明。

断片的な記述しかないから、犠牲が不可避とは限らない」



ランプの炎が三人の影をゆらゆらと揺らす。

悠真は黙ったまま、思考の底に沈んでいく。


セレスが、記号と数字を並べながら説明を続ける。


「敵は街の至る所にに三日月の紋を仕掛けている。

あれは、ただの装飾じゃなかったの。

ひとつひとつが大規模結界の“起点”。


そして発動のタイミングは――

北方領へ船団が出る瞬間。つまり、明後日の夜明け前」


彼女は机の端の地図を取り上げた。


赤いインクで描かれた三日月の印が、

中央広場から港湾倉庫地帯へと弧を描くように連なっている。


「......見て。

これが月影商会が配置した“結界紋”よ。」


セレスの声は低かったが、

揺るぎない確信があった。


「三日月の紋を線で結ぶと、

街全体を包む“月環陣”になる。


商会はこの都市を丸ごと器にして、

異界へ通じる門を無理やり開こうとしてる」


リィナが身を乗り出した。

「じゃあ、その門って……どこにあるにゃ?」


「港湾倉庫群がある港。

導点コアと呼ばれる場所に繋がっている。

そこが異界の門、術の心臓部ね」


セレスは地図に小さく針を打ち込んだ。


誰も、口を開かなかった。


ただ、

時計の針だけが、無情に進んでいった。

第54話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。大感謝です(^^)


次回は、第55話「無謀な計画の最終確認』です。


月が正中するその瞬間に、自動術式が門を開く――


「どうするの、悠真」

リィナの声が震えていた。


「ああ……もう、飛び込むしかない」

彼は短く答えた。


セレスも頷く。

「あの船に乗り込んで、反転の印を刻む。

それしか道はないわ」


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。感想もお願いします。


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