第52話: 時間がない中での作戦立案
宿へ戻った頃、
街はすっかり夜の影に沈んでいた。
狭い部屋の窓からは、港へと続く街路を行き交う人々の灯りがちらちらと揺れて見える。
普段なら商会の物流で賑わう時間だが、
今夜はどこか不気味に静まり返っていた。
倉庫で見た、あの上位個体の影が、
瞼の裏に焼き付いて離れない。
卓上のランプに火を入れると、
炎が小さく揺れ、三人の顔を照らし出した。
悠真が、重い声で告げた。
「三日……。
それしか猶予はない」
言葉にした途端、部屋の空気が鉛のように重くなった。
リィナは机の端に片肘をつき、落ち着かない様子で指先を揺らしている。
「……悠長に策を練ってる暇なんてないにゃ。
あの倉庫にいた魔族、今の私たちじゃ到底勝てないレベルだよ。だったら――」
彼女は唇を噛み、ぎゅっと拳を握りしめた。
「――正面から叩き潰すしかないんじゃないの?
奇襲でも何でもいい。やらなきゃ、全部終わりにゃ……!」
声は裏返りかけていた。
口調は荒々しいが、それは恐怖を必死に押し殺すための虚勢にすぎない。
震える肩、額に浮いた汗、その指先は震え、無理に強がっているのが、痛いほど伝わってきた。
セレスは黙って古文書の束を見下ろしていた。
倉庫で得た手掛かりをもとに、彼女は調査を続けていたのだろう。
リィナの声が途切れると、静かに口を開いた。
「単純明快な意見ね。それで全てが解決するなら、ドアを蹴破って突っ込めばいい っていう理論と同じくらい単純だけど」
「セレス!」
リィナが噛みつくように言った。
だがセレスは悪びれもせず肩を竦め、紙片を机に広げた。
そこには古代文字が乱れ書きのように記されている。
「とはいえ、私も同じ気持ちよ。
時間は三日。
その三日で“門”の儀式が完成すれば、この街は消し炭。
いいえ……灰どころか跡形もなく消えるわ。
でもね、一つだけ救いがあるの」
悠真が視線で続きを促すと、
彼女は髪をかき上げながら口角を上げた。
「古文書の記述が正しければ、封印符には“逆式”が存在するの。
たぶん.....。
もしそれを見つけられれば、
儀式そのものを無効化にできる可能性があるわ」
「逆式……?」
「簡単に言えば、開く鍵があるなら閉じる鍵もあるってこと。術式の構造は基本対称だから、理屈としては成立するの。」
彼女は紙を指で軽く叩きながら続ける。
「封印符は本来、異界の力を閉じ込めるための術式。
それを儀式の力で強引に解放しようとしている。
でも、逆式はその力を“解放”ではなく“萎縮”に転じるもの。
つまり……敵が開こうとしている“門”そのものを、内側から押し潰すことができる可能性がある」
「……そう。もっと簡単に言えば....」
彼女は両手を軽く丸めて、風船を作るような仕草をした。
「封印符は、危険な異界の力を“風船”の中に閉じ込めてある状態なの。
敵はその風船を、儀式で無理やり割ろうとしてる。
割れたら、中の力が爆発して街ごと吹き飛ぶ。
でも、私たちが使う“逆式”は――」
セレスは丸めた両手を、ぎゅううっと強く握りしめた。
「風船を外から割るんじゃなく、内側から握り潰すの。
敵が『割れろ!』って力を込めれば込めるほど、
逆に風船は縮んで、縮んで、最後にはぺちゃんこになって……
もう二度と膨らむことはない」
握り潰した手をゆっくり開く。
「つまり、敵が儀式を進めれば進めるほど、
私たちの逆式は完成に近づく。
あいつらが一番力を込めた瞬間――
それが、風船が完全に潰れる瞬間になるわ」
「自滅させる……ってことか」
悠真が口にすると、セレスはわずかに意地悪く笑った。
「 ええ、まさに自滅。……素敵な響きよね。
ただし――式図は半分欠落してる。
残っているのは比喩混じりの説明だけ。
“水は高いところから低いところへ流れる”とか、学者泣かせの哲学詩みたいなのばかりよ」
リィナは唸り声を上げた。
「……要するに、よく分からないってことにゃ?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね」
セレスは線を描くように指で空をなぞった。
「確かなのは、三日後には儀式が完成すること。
確率論的に見ても、手をこまねいていれば成功率は100%。
それに対して、逆式を探し当てる確率は……
そうね、せいぜい一桁台かしら。でもゼロじゃない」
数字で語るセレスの冷静さは、かえって重く響く。
だが、その合理的な言い回しの奥に、彼女なりの覚悟が透けて見えた。
悠真は腕を組む。
「なら、探すしかないってことだな」
その言葉に、リィナは苛立たしげに机を叩いた。
「探すって……三日しかないのにゃ! 間に合うわけないにゃ!」
悠真は彼女の目をまっすぐ見た。
「無理でも、やるしかない。突っ込んで全滅するより、少しでも道があるほうがいい」
リィナは唇を噛み、悔しそうに目を伏せる。
セレスが椅子をきしませ、前へ身を乗り出した。
「逆式が見つからなかったら、その時は力押しに戻ればいい。
でも手があるとわかってしまった以上、試さない理由はないわ。……賭けとしては、十分割に合うと思うの」
彼女の瞳は、冷たさと温かさが同居する不思議な温度を帯びていた。
悠真は静かに頷く。
ランプの炎が揺れ、壁に落ちた三人の影も揺れる。
その影は、残されたわずかな時間を刻む砂時計のようにも見えた。
ーーーーー
二度目の訪問となるギルドは、
なぜか前よりも空気が重く感じられた。
だが、朝のギルドは相変わらず賑やかだ。
依頼を受ける冒険者、報告書をまとめる職員――
ざわめきを横目に、三人は迷わず奥へと向かう。
目指すは、この都市が誇る「古文書庫」。
重い鉄扉の向こうには、古びた羊皮紙と埃の匂いが満ちていた。
天井まで届く本棚が並び、
数百年の歴史をその背表紙に刻んでいる。
大交易都市ファルネラだからこそ成り立つ、
膨大な文献庫。
地方の町ではまずお目にかかれない、
歴史そのものが積み上げられた場所だった。
ここに眠る一枚の知識が、
彼らの命運を分けるかもしれない。
セレスは入口に立った瞬間、目を細める。
「……やっぱり壮観、宝の山ね。
偏屈な学者でも、一週間は帰ってこないわ」
そう言うと、迷いもなく奥へ進み、
背表紙を指先で確かめながら、古文書を次々と抜き取っていく。
「ここならあるはずよ。
“封印符”に関する記録は、この国で一番多いはず。
……もっとも、大半は断片的で眉唾だけど」
三人は机を陣取り、
積み上げた文献を片っ端から読み解き始めた。
二度目の来訪だからこそ、要領は掴んでいる。
最初から「封印」「結界」「魔族」に関連する棚に狙いを絞った。
やがてセレスが一冊の分厚い本を広げた。
黄ばんだページは触れるたびに粉を散らす。
「……見て」
そこに描かれていたのは、
封印符とまったく同じ紋様――
そして隣には、“逆循環”を示す古い表記が刻まれていた。
リィナの耳がぴくりと動く。
「逆循環……つまり、“逆式”にゃ?」
セレスは短く頷きかけたが、すぐに眉を寄せた。
「……ダメね。肝心なところだけ、抜かれてる」
本の中央。
最も重要な一ページだけが、
刃物で綺麗に切り取られていた。
偶然の破損ではない。
あまりにも整った切り口に、悠真の背筋が凍る。
「誰かが……持ち去った、ってことか」
「ええ。破ったというより、丁寧に“摘み取った”って表現のほうがしっくりくるわ」
セレスは皮肉を含んだ声で、切り口を指でなぞる。
「知識泥棒も、ここまで徹底してると、逆に感心するわね」
リィナが頬を膨らませる。
「感心してる場合じゃないにゃ! 誰がこんなこと――」
その時、すぐ近くで資料を整理していたギルド書記が、
声をひそめて割り込んだ。
「……もしや、その件なら心当たりがあるかもしれません」
三人が振り向くと、書記はさらに声を落とす。
「数か月前、この文献庫を訪ねてきた学者さんがいましてね。
珍しい文献ばかり探しておられたので、よく覚えているんです。
名前は……たしか、エルダーンさんだったかな?
月影商会の方々と、ごっそり大人数で来られてました」
書記は肩をすくめ、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「もしお会いする機会がありましたら……
その方に伝えてくださいませんか?
“切り取った部分を返してほしい”って。
ここにある、すべての文献は大切な宝物ですから」
リィナの目が鋭く細まる。
「やっぱり、あいつらにゃ……」
悠真は拳を握りしめた。
「商会が“逆式”を……?
封印を閉じる術なんて必要ないはずだ。
何に使うつもりだ……?」
セレスが、すぐに答えを出す。
「封印は鍵と同じ。
逆式を完全に理解すれば、開け閉めを思いのままにできる。
つまり――都市の生殺与奪を握れる」
言葉は冷静だが、声の底には苛立ちが滲んでいた。
リィナが机を叩いて立ち上がる。
「なら決まりにゃ!
そのエルダーンって学者を捕まえて、盗んだページを取り戻す!
逆式を完成させて、全部終わらせるにゃ!」
第52話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。う、嬉しい。(^^)
次回は、第53話『学者エルダーンの影を追う』です。
「ほぉ……小僧が一匹、よくも荒らしてくれた。」
低く笑った声は、港全体に響き渡った。
悠真は直感で悟った。
――戦えば、死ぬ。
「リィナ、退くぞ!」
「にゃっ!? でも!」
悠真はリィナの腕を掴み、路地へと飛び込んだ。
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