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第51話:魔族の影

夜の帳が街を覆い尽くすころ、悠真たちは宿を抜け出した。

行き先は港の外れにある倉庫街──月影商会の拠点のひとつだ。


昼間は労働者でごった返すが、深夜になれば静まり返り、海風の唸る音だけが響き渡る。


「こっちだよ」

先頭を歩くのはエルムだった。


背丈も小さく、戦士然とした力はない。

しかし、裏通りや小道を知り尽くした足取りには迷いがなく、まるで影のように先を導いていく。


「この時間の見張りは北側の通路に集中してる。

南側から回れば気付かれにくいんだ」


くぐもった声でそう告げ、手で路地を示す。


悠真は仲間を促し、少年の後に続いた。


やがて倉庫街の裏手にたどり着く。

巨大な建物が幾重にも連なり、闇の中で無言の壁のように並んでいた。

灯火は少なく、ところどころ巡回の影が揺れている。


リィナが小声で笑う。

「へえ、やるじゃん。

私たちだけじゃ、絶対こんな道わからないにゃ」


エルムは困ったように肩を竦めた。

「……貧民区じゃ、このくらい覚えておかないと生きていけないから」


その声音には苦みがあった。悠真は彼を見やり、軽く頷く。

「無理はしないでくれよ。案内してくれるだけで十分助かってる」

少年は黙って頷き、再び先へ進んだ。


倉庫の裏壁に回り込むと、窓のひとつからぼんやりと光が漏れていた。


セレスが手を上げ、三人を制した。

「……中に気配があるわ」


壁ぎわに身を寄せ、息を殺して窓へ近づく。

埃の積もったガラス越しに、揺れる影が見えた。


悠真がそっと覗き込むと、そこには異様な光景があった。


倉庫の中央。

床に描かれた三日月形の刻印に向かい、ひとりの男が手をかざしていた。

符から赤紫の光が立ち昇り、周囲に並べられた武具や装飾品へ流れ込んでいく。


金属は自ら震え、うっすらと黒い気配を帯び始めた。


「魔具……」

セレスの声が震える。

「間違いないわ。封印符を媒介に、魔力を注ぎ込んでいる」


リィナは眉をひそめる。

「商人の仕事じゃないにゃ……完全に別もの」


男は呪文のような低い声を唱えながら、次々と魔具を黒い

瘴気で満たしていった。

その手つきには一片の迷いもなく、人間の限界を超えた精緻さすら漂わせる。


そのときだった。

ふと男が顔を上げ、光に照らされたその目が窓際に向いた。


悠真たちは身を固くする。

だが、その目に宿ったものは──人のものではなかった。


ぎらり、と赤い光が走る。

一瞬だけだったが、瞳孔は縦に裂け──

獣のそれのように輝いていた。


セレスが青ざめた唇で呟く。

「……魔族。間違いないわ」


リィナは思わず短剣に手をかけたが、悠真が制した。

「今はまだだ。全体像がみえてない……」


男は何事もなかったかのように視線を下ろし、再び作業へ没頭した。

やがて一本の剣が黒い靄をまとい、低く唸るような音を立てる。


倉庫の外にいる三人でさえ、胸の奥が締めつけられるような圧迫感。

ただの武具ではない。殺意そのものを形にしたような気配だった。


「……やばいにゃ」

リィナがかすれた声で言った。


「こんなのが街に出回ったら、普通の人間じゃひとたまりもないにゃ」

悠真は無言で頷く。額には冷や汗が滲んでいた。


その横でセレスは唇を噛みしめる。

「どうしてこんなものを……封印は破られたの? それとも……」


その疑問は答えを得ぬまま、ただ空気を重くしていく。


やがて男が立ち上がり、魔具を布で包んで箱にしまい始めた。

その動きは、まるで日常の仕事であるかのような自然さだった。


セレスが震える声で囁いた。

「……これはただ事じゃないわね」


「ああ、真相を暴くしかない。放っておけば、この街ごと飲み込まれるぞ」


そのとき──


不意に背後から物音がした。

振り返ると、巡回の兵が同じ通路に入ってきた。


「しまったにゃ……!」

リィナが低く叫ぶ。


エルムが咄嗟に手を引き、壁際の陰に誘導した。

「こっちです、急いで!」


細い通気路のような隙間へ滑り込み、物音を殺して身を潜める。

兵の足音が遠ざかるまで、全員が冷たい汗を流し続けた。


「……助かった」

悠真が息を整えながら言った。


エルムは照れくさそうに肩を竦めた。

「こんなことしかできないけど……」


夜風が吹き抜ける倉庫街。

その涼しさよりも胸に残ったのは、背筋を撫でる不穏な気配だった。


――人の顔をかぶった魔族が、この街で暗躍している。

その確信が、彼らの心に重くのしかかった。


ーーーー


廃倉庫群の最奥――。


薄闇の通路を進むたび、骨まで凍るような冷気が悠真たちの肌を切り裂いた。


月影商会。表向きはただの交易拠点。

だが地下に潜む秘密の通路からは、

冷気を纏った桁外れの魔力がうねりながら溢れ出ていた。


息を潜め、冷や汗をぬぐいながら進む。

そして――倉庫の奥に“あれ”が現れた。


一見、人の形。

だが違う。

背中に絡みつく黒い瘴気が生き物のように蠢き暴れ、

瞳の奥で血のような赤い光が妖しく脈打っていた。


悠真は思わず足を止める。


「……あれは?」


かすれた声で問うと、横のセレスが吐いた。


「上位個体……魔族の中でも選び抜かれた存在よ。私たちの力じゃ絶対に勝てない」


その一言に、リィナの手が震える。


「じゃ、じゃあ……どうすれば……いいにゃ……」


上位個体の放つ圧は倉庫全体に満ち、悠真の持つ盾でさえ、今にも砕けそうなほど激しく軋んでいた。


戦えば即座に蹂躙される。

だが幸い、敵はこちらに気づいてはいない。


そのとき、倉庫の側面から荷馬車が入ってきた。


馬車の横板に刻まれた三日月――

彼らが追い続けてきた月影商会の印だ。


荷台には木箱がぎっしり詰め込まれ、蓋の隙間から赤黒い光が這い出している。


セレスが息を詰め、耳を澄ませる。

荷馬車を仕切る男の声が冷えた空気に低く響いた。


「……この荷は北方領へ運び出せ。三日後だ。

最後の封印符が揃ったな。

船団の準備は終わっている。予定に狂いは無い」


「ああ…儀式の準備も整った。後は開くだけだ」


三日後――。

「封印符」「儀式」

その言葉が静かに胸へ突き刺さる。


上位個体。魔具の輸送。そして三日後に迫る大規模輸送。 


セレスの顔色が一気に蒼ざめた。


「……“門”を開くつもりね。封印符を使って、異界との通路を強制的にこじ開けるつもりなんだわ」


悠真が問う。

「通路を開くって……それがどういう意味を持つんだ?」


セレスの瞳が冷たく光る。

「異界の魔力が一気に流れ込む。制御できなければ、大規模な魔力災害を引き起こすの。都市ひとつが吹き飛ぶ規模よ」


その言葉にリィナが顔をこわばらせる。

「そんな……! 都市全部が……!」


悠真は拳を握りしめた。

三日。

その短い猶予の間に、この計画を止めなければ、誰も生き残れない。


背筋に冷たいものが走る。

敵は上位個体――今の自分たちでは到底勝てない存在。

そのうえ、三日以内に止めなければ都市規模の壊滅が訪れる。

逃げ場も、迷う余裕もない。


リィナが矢を握りしめ、震える声で言う。

「……でも、やるしかない。私たちが止めなきゃ、本当に手遅れになるにゃ」


セレスも黙って頷いた。

彼女の手も震えていたが、その瞳に揺らぎはなかった。


悠真は深く息を吸い、覚悟を決めた。


「三日だ……。俺たちで終わらせる。どんな手を使ってでも」


倉庫の闇はさらに深まり、遠くで上位個体の赤い光がゆらりと揺らめく。


運命の時は刻一刻と近づいていた。

第51話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいです(^^)


次回は、第52話『時間がない中での作戦立案』です。


「……三日しかない! 間に合うわけないにゃ!」


悠真は彼女の目をまっすぐ見た。


「無理でも、やるしかない。突っ込んで全滅するより、少しでも道があるほうがいい」


リィナは唇を噛み、悔しそうに目を伏せる。


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。感想もお願いします。

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