表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/67

第47話: 魔族との関わりが深い符

リィナが優しく微笑みかけた。

「無理に話さなくていいにゃ。

袋はエルムのものだよ。安心して持っててね」


ぱちっ、と暖炉の火が弾け、部屋を柔らかく照らす。


皿が半分空になった頃、

エルムは袋をぎゅっと抱き直し、震える声でこぼした。


「……本当に拾ったんだ。

昼の市で、道に落ちてた……。誰のものか分からなくて……

でも、妹が熱を出してるから……」


最後は声が途切れ、涙がこぼれそうになる。


リィナはそっとエルムの肩に手を置いた。

「妹さんのためだったんだね……

エルムの気持ち、ちゃんとわかるよ」


でも、優しく続ける。

「でもこのままじゃ、また疑われちゃう。

だから――一緒に落とし主を探そう?

私たちがついてるから、大丈夫だよ」


ふと、リィナは袋に目を落とす。

金糸の刺繍が縁を飾り、明らかに高級品だった。


「……拾い物にしては、立派すぎるにゃ。

こういうの、普通は貴族か大店の商人さんが持ってるものだよ」


エルムの指が布をぎゅっと握りしめる。

「……でも、返したら……薬が…… 妹が……」


膝の上で布がくしゃりと歪み、

小さな肩が震えた。


その瞬間、

エルムの瞳にぽろりと涙がこぼれた。


リィナはそっとその涙を指で拭って、

優しく、でも力強く言った。


「泣かなくていいよ。 私たちがいるから。――約束する」


暖炉の火が、 四人の影を優しく揺らした。


悠真はゆっくり腰を落とし、エルムと同じ目線になった。


「誰かを助けたいって気持ちは、すごく大事だ。

でも近道に走ると、逆に遠回りになることもある」


少し間を置いて、静かに続ける。


「だから――まずは落とし主を探して、ちゃんと事情を話そう。

そのうえで助けを求めれば、何かしら道は開けるはずだ。

何より、君が後で“泥棒”だなんて言われないように」


エルムは驚いたように顔を上げる。


「……僕が、疑われないように?」 


「そう。君が困らないようにだよ」


エルムの瞳が大きく揺れる。


リィナは優しく言った。

「まずは、薬草師を探しにいこうよ。私たちも一緒に行くにゃ。

きっと力になれることがあるはずだよ」


セレスが背もたれに身を預け、淡々と。

「薬草師は市場の北側、川沿いの通りに店を構えていたはずよ。

明日の朝なら開いてるわ」


暖炉の火がまたぱちりと音を立て、部屋を優しく揺らした。


エルムはしばらく俯いていたが、

やがて震える唇を動かした。


「……本当に、力を貸してくれるの?」


「もちろん」悠真は即座に頷く。


「妹さんを見捨てる理由なんて、どこにもないからね」


その一言に、エルムの肩がわずかに落ちた。

彼は俯いたまま「ありがとう」と小さな声を漏らした。


「今日はここでゆっくり休もうにゃ。

明日は――落とし主を探しながら、妹さんの薬も絶対手に入れよう」


悠真が窓の外に目をやる。

夜風が静かに木の葉を揺らし、

石畳に月光がうっすらと流れていた。


胸の奥に小さなざわめきは残るが、

少年を安心させることが今は先決だった。


エルムが残りのシチューを口に運ぶ。

頬がほんのり赤くなり、

震えていた肩から、ようやく力が抜けた。


少年の小さな笑顔を見て、

悠真も自然と口元が緩む。


――あとは、また明日考えよう。


月が、静かに街を見下ろしていた。


ーーーーー


夜明けの鐘が鳴り渡り、

薄オレンジの光が屋根から屋根へと優しく落ちていく。


悠真は窓を開け、冷たく澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

隣室からリィナの「にゃー!」という小さなあくび。

廊下を駆ける小間使いの足音。

――街が目を覚まし始めていた。


やがて、宿の玄関に四人が揃う。

悠真、リィナ、セレス、そして――エルム。


少年の目の下には、うっすらと影が浮かんでいる。

夜通し妹のことを考えていたのだろう。


「……行こう。陽が高くなる前に」


悠真の一言で、足が動き出す。


朝の市場はまだ眠そうだった。

露店の半分はシャッターが下り、通りを行く人々も声を潜めている。

湿った木箱の匂いと、荷馬車の軋む音だけが響く。


北側へ向かうにつれ、空気が変わった。

草と土の、懐かしい薬の香り。


薬草師の店は、古びた木の看板が軋む小さな店だった。

店先には乾燥した葉束、琥珀色の薬瓶、朝露を帯びた壺が並び、

ほのかな香りが風に乗って漂ってくる。


老女の薬草師が、皺の深い目でエルムを見た。


「……妹さんの様子を、もう少し詳しく話してくれるかい?」


エルムは喉を鳴らし、妹の発熱や咳、食欲が落ちていること、夜になると手足が冷たくなることまで、知る限りを丁寧に話した。


老女は黙ってうなずきながら、棚の奥からひびの入った書板を取り、指で何かを書き記す。


「この街ではあまり使わん薬だが……必要なのは“銀白根”だね。北の湿地で採れる根草だよ。ここにある“月葵の種”と煎じれば、熱を下げて体力を戻す薬になる」


言いながら、老女は小さな麻袋に淡い緑の葉を数枚入れた。


「銀白根なら、昨晩のうちに旅商人が少しだけ持ってきてたよ。珍しいものだから高いけれど……命には代えられないさ」


エルムの指がかすかに震えた。

「……いくら、ですか」


老女は指を折って見せる。

「これだけの量なら、銀貨が何枚かは必要だねぇ」


その瞬間、エルムの肩が力なく落ちた。

彼の手は空のまま、握るものなどない。


貧民街の少年に出せる額ではないことを、誰より本人が理解していた。


「心配いらない。足りない分は俺が出すよ」

悠真が静かに言い、腰袋から銀貨を取り出して机の上に並べた。


「まずは妹さんを治してあげよう。それが先だ」


老女は目を細め、深くうなずく。

「分かったよ。昼過ぎには薬を仕上げておくからね」


エルムは顔を伏せ、何度も頭を下げた。

「……必ず働いて返します。ありがとうございます」


外に出ると、市場はすっかり人の気配を濃くしていた。

屋根の縁を越えた陽光が青銅の鐘楼に反射し、商人たちは布をめくって商品の準備に取りかかっている。

威勢のいい呼び声が通りに響き始めていた。


「昼までまだ時間があるな」

悠真は石畳を見下ろし、息をつく。


「薬が仕上がるまで、袋の持ち主でも探そうか」


リィナが隣で軽く頷く。

「金糸で縫われた袋なんて、そうそうないはずにゃ。

聞き込みに回るなら今のうちだね」


セレスも市場を見渡しながら淡々と続ける。

「常連は朝方のほうが多いわ。記憶の新しい者もいるはずよ」


四人は人波に紛れ、通りを進んだ。

果物を山積みにした台車、焼きたてのパンの香り、鍛冶屋の打つ槌の音。

――市場は目を覚まし、街路に熱と匂いが混ざり合っていく。


エルムは腰の袋にそっと触れた。

布越しに伝わる硬貨の冷たい感触が、妹のか細い手を思い出させる。


「……次に来るときは、あいつの手を引いてやるんだ。飴細工でも果物でも、なんでも見せてやりたい」


悠真はちらりと彼を見て、優しく笑った。

「そうだね。なら、今はやれることをやろう」


聞き込みをしながら市場を一巡した頃には、通りは完全に人で埋まっていた。

悠真は果物商に袋を見せて尋ねる。


「この袋、見覚えありませんか?」


商人は首を振る。

「金糸は珍しいが……商会なら印章が入るもんだ。知らんな」


リィナも、セレスも、次々と首を振られる。

手がかりはゼロのまま。


焦りが胸をざわつかせ始めたその時――


セレスがピタリと足を止めた。


視線の先には、骨董品屋の軒先。

古い木札が、風にゆらゆら揺れている。


それは、茶色く煤け、表面には半月を象ったような線が刻まれていた。


「……これ」

セレスの眉がわずかに動く。


悠真が近づく。

「値札……じゃないよな?」


「違うわ。こっちを見て」


セレスは木札へ近寄り、指先で刻印をなぞった。

「三日月……古い符術で使われた図形よ。これは単なる飾りなんかじゃない」


「また三日月……?」

悠真が呟く。


「師匠がよく言っていたわ。古代の魔術師の一部は、文字の代わりに印を刻んで魔力を封じたり、集めたりしていたと。


それに、三日月の符は、魔族との関わりが深い符として記録に残っているの」

セレスの声はいつになく張りつめていた。

第47話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいです(^^)


次回は、第48話『月影商会と闇の気配』です。


悠真は妙な違和感を覚えた。

陽光を受けたその瞳が、ほんの一瞬、獣じみた赤に妖しく光ったからだ。


リィナが耳をピクッと立て、小声で囁く。

「……怪しいにゃ?」


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。感想もお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ