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第44話: 氷龍の盟約と魔女の旅立ち

悠真は遠くの空を見るように目を細めた。

「ヴァルスルグ……」


「安心するな」

龍の声はどこか慈しみを帯びながらも、氷刃のような厳しさを孕んでいた。


「我が守るのは、汝らが意志を手放さぬ限りだ。怠れば、氷の眠りはすぐにでも解ける」


悠真は深く頭を下げ、その言葉を胸に刻み込んだ。

戒め――そして、約束として。


「今日、我の力は一割も解かしておらぬ。嵐を呼び、谷を削るなど造作もない。だがそれをせぬのは、汝らがなお歩むに足ると見たゆえだ」


悠真は息を詰まらせた。


戦いの最中、あの息吹が本気だったら……

俺たちは、跡形もなく消えていた。


その一言で、全てが腑に落ちた。

そう......あくまでも“手加減”をしていたのだ。


巨躯が雪嶺を背に翻る。

大きく広げた翼が風を裂き、雪霧を谷へと押し流す。

蒼銀の鱗が陽光を浴び、万の氷晶が同時に閃いたかのように眩く煌めいた。


リィナが息をのんだ。

「……あれで、本気じゃなかったのにゃ……」


悠真が小さく呟く。

「動きも気配も……明らかに抑えてた。

本気を出せば、この峰ごと吹き飛ばしてても不思議じゃない。

俺たちは――ただ、試されたに過ぎない」


ヴァルスルグが振り返る。

黄金の瞳が、三人を順に射抜いた。


「盟約は結ばれた。

ゆけ、若き盾の継承者よ。

汝の選ぶ道が血ではなく誇りで刻まれることを願う。

己の心を欺くな。

次に相まみえる時――我は再び汝を測る」


巨躯が雪を蹴り、翼が一閃。

空が裂けた。


轟音と共に吹雪が襲い、視界が白く染まる。

悠真は腕で顔を覆い、嵐が過ぎるのを待った。


やがて――静寂。


見上げれば、どこまでも澄んだ青い空。

そこに残るのは、虹を帯びた氷の軌跡と、

村の上空で脈動する淡い霊流だけ。


山に響いていた龍の鼓動も、今は雪の静けさに溶けていた。


セレスがそっと微笑み、囁く。

「……盟約の証。村はもう、龍の守護に包まれたのね」


悠真は盾を見つめた。

指先に伝わる冷たさが、今はどこか心地よかった。


「……これは、俺の責任だ。

ヴァルスルグがくれたこの時間――絶対に無駄にはできない。

磨かなくちゃな。俺自身を」


風が峰を抜け、虹の残光を淡く揺らした。

悠真は遥か彼方へ飛び去る龍の影を追った。


陽を背にして遠ざかるその姿は、脅威ではなく――

悠久を生き、ただ山と人の境界に立つ守護者のようだった。


ーーーー


村へ戻る道は、雪解けの小川がキラキラと顔を出し、

谷間に差す陽光が眩しかった。


体の奥に、まだ戦いの熱が残っている。


悠真は盾を肩に担ぎ、遠くに見える村を眺めた。

風に乗って、どこか懐かしい炊き出しの匂いが漂ってくる。


リィナが隣を歩きながら、短剣を指で回した。

「嘘みたいにゃ……あの龍が、村を守ってくれるなんて」


悠真は小さく笑った。

「俺もまだ信じられないよ。でも、盟約は確かに結んだ。

これで、村はもう大丈夫だろう」


一歩後ろを歩くセレスは、杖を肩に乗せ、珍しく鼻歌を口ずさんでいた。

いつも冷静沈着な彼女が、今日は明らかに上機嫌だ。


「ふむ……整理すると、今日の魔力消費は概算で百。

対して得た成果は......その十倍どころじゃないわ。

さらに龍との盟約は完全に計算外の特大ボーナス。

つまり私たちは、九百以上の黒字というわけ♪」


リィナは振り返り、盛大に吹き出した。

「戦いの収支報告なんて初めて聞いたにゃ」


セレスはにやりと笑って肩をすくめる

「数字で考えるとお得感が出るでしょ?」


悠真も思わず笑い、 三人分の足音が雪解けの道に軽やかに響いた。


「命を賭けた戦いだって、

数式に落とせばただの損益項目にすぎないわ。

――つまり、私たちの大勝利ってこと♪」


谷を下る風は柔らかく、ついさっきまでの殺気をすっかり洗い流していた。


「ねえ悠真、龍の気配……まだ感じる?」

リィナが小走りで並び、耳を澄ます。


悠真は夜風を吸い込む。

確かに、峰の上から低い脈動のようなものが届いてくる。


「......いる。俺たちを見てる。あの翼の王は、この山を離れていない」


セレスが肩越しに空を見上げ、静かに言葉を添える。


「龍の守護は生きた結界そのもの。

もう村に盾を置いておく必要はないわ。

むしろ、その盾は人の世界でこそ磨かれるべきよ」


悠真は氷柱の盾に触れ、重さと静謐を感じる。


「そうだな。村の守りをヴァルスルグが担うなら……この盾を持って行ける。

俺は、俺のやるべきことをやる。そして、次の嵐に備えたい」


リィナが目を輝かせて笑う。

「うん、それがいいにゃ。

龍が見守る村と、旅を続ける私たち。

まるで物語みたい!」

  

セレスが杖をくるっと回し、雪煙を上げて笑った。

「物語ってのは、動き出したら勝手に転がるものよ。

方程式にも似てる。

未知数がひとつ増えただけで、とたんに面白くなるの」


悠真がふと足を止め、セレスを見つめる。

「……なあセレス。君は村に残るのか?」


セレスはゆっくりと首を振った。

その仕草は、どこか決意に満ちていた。


「行くわよ。

村には後続の魔術師たちがいるし、龍がいるんだからもう安全。

それに――」


一瞬だけ照れたように視線を逸らし、すぐに真っ直ぐ悠真を見据えた。


「この目で、その盾がどんな未来を紡ぐのか、確かめたいの。

学者としても、魔女としてもね、そして――」


リィナが横から飛びついて叫ぶ。

「ねえ、セレス! それって一緒に来てくれるってことでしょ?」


セレスは顔を赤くしながらも、わざとらしく咳払い。

「論理的に考えて、あなたたち二人だけじゃ方程式が暴走するでしょ。

安定のためには、私が必要――ってだけよ!」


リィナが「やったー!」と跳ねる。

悠真も、自然と頬が緩んだ。


セレスは苦笑を深めつつ、どこか楽しそうに言った。

「……まあ、感情の変数は計算に入らないから、仕方ないわね」


氷の峰を振り返る。

月光に照らされた稜線の向こうで、淡い青の光が静かに揺れていた。

雲の隙間を、一瞬だけ――巨大な翼の影が横切った。


悠真は胸を熱くしながら呟く。

「……全部、見透かしてるみたいだな。

でも、俺たちは俺たちの道を行く」


セレスが頷く。

「ええ。私たちは私たちの答えを探す。

道はひとつじゃない――世界は、それだけ複雑なんだから」


「ねえ、次はどこ行くにゃ?」

リィナが空を見上げ、指先で星座をなぞる。


悠真が答えた。

「南の平原を越えた先――交易都市だ。

いろんな旅人が集まって、情報も溢れてるらしい」


リィナがにやりと笑う。

「よーし、決まりにゃ! 絶対面白いこと待ってるにゃー!」


セレスが小さく笑った。

「無限の変数がある旅って、そういうものでしょ」


谷を渡る風が三人の頬を撫でていく。

遠くの峰で、龍の気配が静かに脈打っていた。

――守護であり、同時に、次の試練を告げる鐘の音のように。


悠真は深く息を吸い、胸の奥で誓った。


「必ず応えてみせる」


雪面に刻まれる三人の足跡は、

まるで次の物語の序章を刻むリズムのように、軽やかに続いていく。


ーーーーー


村の灯が見えたのは、山の裾を下りきってからだった。

ほのかな灯が雪を黄金色に染め、誰かの呼ぶ声が風に乗って届く。


「悠真さん! リィナさん! セレスだ!」


駆け寄ってきた青年が両手を広げた。

すぐに村人たちが集まり、誰かが嬉しそうに鐘を鳴らす。

澄んだ音が冬空を渡り、凍えた心をほぐしていく。


村長の家に通されると、炉の炎が赤く揺れていた。

悠真は氷柱の盾を卓上に置き、短く経緯を語る。


「雪山の龍——氷鱗王ヴァルスルグが、村を守る盟約を結んでくれました。これで村は、もう安全です」


老村長は深く頭を垂れ、感謝の言葉を繰り返した。

「代々の願いが……ついに、叶いました。あなた方は村の恩人です」


夜が深まる頃、集会所は大宴会に変わった。

鹿肉のシチュー、焼きたての麦パン、山葡萄の甘酒。

湯気と笑い声が天井まで立ち上る。


「これが“祝宴”ってやつにゃ!」

リィナが両手で器を抱えて目を輝かせる。


「栄養学的には三杯までが適量。四杯目は完全に過剰摂取よ」

セレスが匙をクルクル回しながら突っ込む。


「うるさいにゃ、おかわりー!」


「……理論より胃袋が優先される好例ね」


悠真は炉端に腰掛け、久しぶりの温もりに身を委ねた。

壁に掛けられた氷柱の盾が、火の光を受けて静かに輝いている。


宴もたけなわ。

村人たちが手拍子で古い歌を歌い始め、セレスも珍しく指でリズムを刻む。

頬がほんのり赤い。


「まさか、こんな夜が来るなんて……」

彼女は小さく呟いた。

「幸福度が異常値すぎて、数式が狂っちゃう」


リィナがニヤリと笑う。

「変なこと言うにゃ。でも楽しそうじゃん、セレス」


「……まあ、否定はしないわ」


夜更け、外に出ると月光が雪面を照らしている。悠真は夜空を見上げ深呼吸した。


「次は――南の交易都市だな」


「統計的にも最適解ね。情報と補給を一気に済ませられる」

セレスが隣で頷く。


リィナが大きく背伸びして叫ぶ。

「新しい街、美味しいものいっぱいあるといいにゃー!」


こうして雪村の祝宴は、夜明け近くまで続いた。


吹き渡る風が、遠く峰からの低い脈動を運んでくる。

悠真は静かに拳を握った。


――次なる舞台、交易都市へ。

三人の旅は、ここからまた一歩、踏み出そうとしていた。

第44話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいです(^^)


次回は、第45話『交易都市ファルネラ』です。


その瞬間、怒号が上がった。

「泥棒だ! 捕まえろ!」

群衆は少年の進路を塞ぎ、

逃げ場を探す少年に冷たい視線を向ける。

「俺は、盗んでない!」


ブクマ、評価、して頂けると励みになります。m(_ _)m。


ぜひ応援よろしくお願いします。

いろいろなご意見、感想もお待ちしています。感想もお願いします。

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