第40話: 雪山の過酷な挑戦
吹きすさぶ雪風を切りながら、悠真たちはようやく山間の村の入り口へとたどり着いた。
冬の嵐に閉ざされた谷間に、小さな家々が肩を寄せ合うように並んでいる。屋根は雪にすっぽりと覆われ、煙突からのろのろと昇る煙だけが、人の営みの気配を伝えていた。
「……ここが、噂の村か」
白い息を吐きながら、悠真は小さくつぶやく。
村に門と呼べるものはなく、木の柵を寄せ集めて補強しただけの簡素な出入り口。その内側に、槍を手にした数人の男たちが立っていた。
見張りというよりは、恐怖に駆られて集まった住民たちといった風情である。彼らは見慣れぬ旅装束の三人を見ると、戸惑いと警戒を入り混じらせた視線を向けてきた。
セレスは先頭に立つと、深呼吸をしてから、後ろを振り返った。
「ここが、私の故郷……雪嶺の村よ」
悠真とリィナはうなずき、肩に積もった雪を払い落とす。
その仕草に合わせて、村人たちの視線が一斉に注がれた。
子どもは母親の背に隠れ、男たちは腰の武器に手を伸ばす。広場に流れるのは、張り詰めた静寂。
セレスはそんな空気を断ち切るように声を張った。
「みんな、落ち着いて! この二人は敵じゃないわ。……彼らが、村を救ってくれる」
ざわめきが広がる。
雪煙の向こうから、杖をついた老人が歩み出てきた。白髪を布で束ね、深い皺を刻んだその顔には、長く村を支えてきた重みがあった。
「セレス……本当に戻ってきたのか」
すれた声に懐かしさが滲んだ。
セレスは膝を折り、頭を深く下げる。
「ご無沙汰しております、長老さま。旅の途中でこの二人に出会いました。悠真とリィナ……彼らは、村を救う力を持っています」
悠真とリィナは少し戸惑いながらも、長老に頭を下げた。長老は二人をじっと見つめ、やがてゆっくりとうなずいた。
「……なるほど。目の奥に迷いがない。セレスが信じるなら、わしも信じよう」
張り詰めていた空気がわずかにほどけ、子どもたちがそっと顔をのぞかせる。だがその顔には、希望よりもまだ怯えの色が強かった。
悠真はその視線に胸が締めつけられる。村人たちは、どれほど長く恐怖と隣り合わせで生きてきたのだろうか。
セレスは集まった人々を見渡し、声を強める。
「みんな、私が戻った理由を話すわ。……雪山の奥に眠る英雄の武具のことを、忘れてはいないでしょう?」
ざわざわ……と小さなどよめきが起こる。
老人たちは顔を見合わせ、若者たちは半信半疑の表情を浮かべた。
「英雄の……武具?」
「そんなもの、もう伝説に過ぎない」
「いや違う、あれは確かにあったと祖父から聞いた……」
長老がゆっくりと口を開いた。
「むかし、この村を幾度も襲う魔物の群れがあった。そのとき、一人の英雄が盾を掲げ、村を守ったのだ。その盾には強力な魔法が施されていたと伝えられている。凍てつく雪すらも力に変え、村を覆う結界を生み出したという……」
リィナの瞳が輝く。
「じゃあ、その盾がまだ残っていれば……」
「村を再び守れるはずよ」
セレスが応える。
しかし村人の一人が叫んだ。
「そんなもの、とうの昔に失われた! 何年も前に捜したが、跡形もなかった! 伝承に縋っても、魔物は今も山から降りてきて、仲間を喰らっているんだ!」
怒りと絶望が混ざった声に、誰もが口をつぐんだ。
冷たい風が吹き抜け、足元の雪を舞い上げる。音のない世界に、ただ心臓の鼓動だけが響いた。
悠真は静かに一歩踏み出す。
「その盾が本当にあるかどうか、俺にはわかりません。けど……確かめる価値はある。たとえ、それが本当に失われていたとしても、何もしないより、ずっといい」
その言葉に、村人たちの目がわずかに揺れた。
恐れの奥で、消えかけた希望がほんの少しだけ期待に変わるのを、確かに感じた。
セレスは頷き、長老に向かって頭を下げた。
「どうか、私たちに雪山へ向かう許可をください」
長老は杖を強く握りしめ、沈黙ののちに答えた。
「……よかろう。だが忘れるな。雪山は生者を拒む。英雄の盾を求めて多くが命を落とした。それでも行くのか?」
悠真は迷いなくうなずいた。
隣でリィナも拳をぎゅっと握る。
――雪山の奥に眠る英雄の盾。
それが本当に存在するのなら、必ず見つけ出してみせる。
こうして、凍てついた村に小さな希望の灯がともった。
吹雪の夜を越えて、新たな挑戦が始まろうとしていた。
翌朝。
村の広場には、張りつめた冷気が漂っていた。吐く息が白く立ちのぼり、空気そのものが凍りついているかのようだ。
セレスは白いマントの裾を整え、振り返る。
「準備はいい? 雪山は、生半可な覚悟じゃ登れないわよ」
「もちろんにゃ!」
リィナは両手を腰に当て、ぐっと胸を張る。
悠真も小さく頷いた。
「行こう。俺たちにできることがあるのなら」
三人は村人たちの見送りを受けながら、雪に覆われた山道へと足を踏み出した。
最初こそ緩やかだった道も、次第に傾斜を増していく。
岩肌を削る風が容赦なく吹きつけ、雪面は足を取るほどに深くなっていった。
「ふぅ……さすがに歩きづらいにゃ」
リィナが耳をぴくぴく動かしながら、雪に沈んだ足を引き抜く。
「でも、こんな場所に人が暮らしてるなんて、ちょっと不思議だね」
セレスは振り返り、微笑とも皮肉ともつかぬ表情を浮かべた。
「まあ、好き好んで住んでるわけじゃないけどね。……ここ“雪嶺の村”は、氷魔法と深い縁があるの」
「氷魔法?」悠真が首を傾げる。
「昔、この山は魔物の巣窟だったの。だけど氷の精霊に愛された一族がいて、その力で村を守り続けてきた。
吹雪を操って魔物を閉じ込めたり、氷壁で村を包んだり。
――そんな術を受け継いできたのよ。だからこの地では、“雪嶺の守り手”なんて呼ばれていた」
「にゃるほど、それカッコいい伝説!」
リィナが目を輝かせる。
だがセレスの笑みは、すぐに曇った。
「でもね、今はもう氷魔法を扱える人間なんて、ほとんどいないの。血が薄れたのか、精霊の加護が途切れたのか……。
まともに術を使えるのは、私くらい」
その声には、誇りと同じくらい孤独の響きがあった。
悠真はそれを聞きながら、胸の奥に小さな痛みを覚える。
彼女が村の希望を、どれほどの重圧を背負っているのか、改めて気づかされたからだ。
そんな会話を交わしていると、遠くから助けを求める悲鳴が吹雪にかき消されるように届いた。
「……聞こえたか?」悠真が足を止める。
「誰かが……叫んでるにゃ!」リィナが耳をぴんと立てた。
三人は迷わず駆け出した。雪をかき分け、岩陰を抜けると、そこには数人の旅人がうずくまっていた。
衣服は凍りつき、顔色は死人のように青白い。
「魔物に襲われて……仲間が……っ!」
うわごとのように口にする男の声に、悠真の表情が険しくなる。
次の瞬間、吹雪を裂くように影が躍り出た。
四つん這いで雪をかくように走る黒毛の獣――《白牙狼》。雪山を支配する魔物だ。
「来る!」悠真が剣を抜く。
リィナも飛び出そうとするが、その前にセレスが一歩進み出た。
「ここは私に任せて」
彼女が両手を掲げると、周囲の雪片が吸い寄せられるように舞い上がり、瞬く間に氷の結晶が形成されていく。
「氷鎖よ、凍てつく牙を縛れ――《フロストチェイン》!」
地面から伸びた氷の鎖が、白牙狼の四肢を絡め取る。
猛り狂うように抵抗するが、鎖はきしむ音を立てながら獣を押さえ込む。
「今よ!」
「任せろ!」
悠真が踏み込み、雷光をまとった剣を振り抜く。
稲妻の閃光が走り、白牙狼の体を真っ二つに裂いた
雪煙が舞い、静寂が訪れる。
凍りついた獣の亡骸だけが残され、遭難者たちはその場にへたり込んだ。
「た、助かった……! 本当にありがとう……!」
男たちは震える声で礼を述べ、手を合わせるようにして頭を下げた。
「どうしてこんなところに?」悠真が問いかけると、男の一人が唇を震わせながら答えた。
「……雪山には伝説が残ってるんです。かつて英雄が使った盾が、この地に眠っていると……。
強力な魔法が施されていて、雪嶺を守っていたらしい」
その言葉に、リィナがぴくりと反応した。
「英雄の盾……本当に?」
もう一人の男がうなずく。
「ただ、長い年月の中で力を失い、今はただの鉄くずになったとも言われています。
それでも……真実を確かめたくて、登ってしまったんです」
そのやりとりを黙って聞いていたセレスが、ふっと鼻で笑った。
「そんなもの、本当に残っているなら、とっくに私が見つけてるわよ。毎年この雪山を歩き回ってたんだから」
淡々とした口調の奥に、わずかな苛立ちが滲んでいた。
伝承を軽んじて命を落としかけた彼らへの怒りか、それとも……村の“秘密”に触れられたことへの反発か。
遭難者たちは何も言い返せず、ただうなだれた。
リィナが両手を胸の前で握りしめる。
「でもね……もし本当にあったら、すごいと思わない?
英雄が触れた盾にゃ。たとえ壊れてても、きっと何か残ってると思うの。魔法の気配とか……勇気のかけらとか」
夢を見るように語るリィナを見て、セレスは呆れたように目を細めた。
「……子どもみたいなこと言って」
けれどその表情は、どこか優しかった。
悠真も黙ってリィナの横顔を見つめる。
(英雄の盾……たとえ錆びついていようと、ただの鉄だろうと。もし本当に存在するなら――)
吹きつける風が頬を叩く。
まるで、その決意を試すかのように。
第40話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。わーい、40話達成!
次回は、第41話:『雪山の奥に英雄の残響』です。
「な、何を言ってるの?二人ともわかってるの?そんな真似をしたら、雪崩に巻き込まれるだけだわ!」
も、ぜひ応援よろしく本当にお願いします。
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