第35話: 揺れる吊り橋、強まる風、雷の轟音
「なら――一気に決める!」
悠真は剣を握り直し、雷の中へ踏み込んだ。
頭目が牙を剥き、雷光の奔流を吐き出す。
その瞬間、鉄剣は共鳴するかのように震え、青白い光を帯びる。まるで雷を受け止め、それを刃に纏うかのように。
「うおおおおッ!」
渾身の一撃が雷狼の頭目を切り裂き、雷光ごと両断する。
眩い閃光が爆ぜ、轟音とともに群れが四散した。
残った数体も怯えたように後退し、やがて森の奥へと消えていく。
焦げた匂いと微かな煙だけが、静寂の中に取り残された。
肩で息をしながら、悠真は剣を見下ろす。
刃には細かなひびが走っていたが、折れる気配はない。
「……この雷を受けても、まだ形を保ってる」
リィナが近づき、驚いた顔で言う。
「うん。……剣と雷が呼応してた。普通じゃないにゃ」
「そうだな。雷を糧にする剣……こいつなら、きっと何かやってくれそうだ」
雷鳴丘が呼んでいる――その直感が、二人をさらに先へと駆り立てる。
森を抜けると、景色が一変した。
岩肌むき出しの斜面に変わり、丘へ向かう道は次第に険しさを増していく。
登りきると、深い渓谷が眼前に広がっていた。谷底では濁流が轟々と鳴り、その上に一本の吊り橋が渡されていた。
古びた木板が並び、ところどころ朽ちて穴が空いている。
「……ここを渡るしかないのか」
悠真が険しい顔で谷を見下ろす。高さは数十メートル。足を滑らせれば、助かる見込みはない。
リィナは足元の橋板を弓の先で突いてみた。ぎしりと嫌な音を立てたが、辛うじて踏み抜けるほどの脆さではないようだ。
「見た目よりは大丈夫そう……でも、油断したら落ちるにゃ」
そのとき、空が低く唸った。
遠雷が響き、重苦しい雲が渓谷の上空を覆い始める。嫌な予感に悠真は顔を上げた。
「……近づいてきているな」
次の瞬間、稲光が空を裂いた。
まだ橋を渡る前だというのに、谷全体が白く光り、二人は思わず身を縮めた。
「……急ごう。立ち止まってる方が危険だ」
「うん……でも、落ちないでにゃ」
二人は吊り橋へ足を踏み入れた。
風に揺れる縄、ぎしぎしと鳴る板。谷底から吹き上げる湿った風が体を押し、背後では再び雷鳴が轟く。
そして、半ばまで進んだときだった。
――ドンッ!
背後の斜面に雷が落ち、木々が火花を散らした。直後、今度は谷の向こう側で稲光が弾ける。
「やばい……増えてるにゃ!」
リィナが声を上げ、縄を強く握りしめる。
落雷の間隔が一気に縮まり、もはや息をつく暇もない。
雷鳴のたびに橋全体が振動し、風が唸り声のように吹き抜ける。
悠真は必死に体を低くして踏みしめるが、強風と震動に煽られ、平衡を取るのがやっとだ。
そして、追い打ちをかけるように――
――バリバリバリッ!!
稲妻が橋のすぐ脇に落ちた。
光と音が一体となって爆ぜ、耳鳴りが頭を突き抜ける。焦げた匂いとともに火花が飛び散り、板の一部が焼け焦げて裂けた。
「きゃっ!」
リィナが悲鳴を上げ、足を滑らせる。体が横に傾き、手を離しかけた瞬間、悠真が咄嗟に腕をつかんだ。
「しっかり掴め! 離したら終わりだ!」
「にゃっー!」
震えるリィナを引き寄せながら、悠真は視線を前へ。
渡り切るにはまだ半分以上残っている。
雷は容赦なく降り注ぎ、どこへ落ちるのか見当もつかない。
冷静でいようとするが、現実は苛烈だ。
空全体は光に覆われ、雷鳴が間断なく響く。
まるで、雷雲の真っ只中を渡っているかのようだった。
「悠真……このままじゃ本当に焼かれるにゃ……!」
「わかってる。でも止まれば巻き込まれるのを待つだけだ!」
悠真は歯を食いしばり、前へ一歩踏み出す。
その直後、稲妻が谷底に直撃し、白い閃光が視界一面を覆った。揺れる吊り橋、強まる風、雷の轟音。
生きた心地のしない一歩一歩を、必死に刻んでいく――。
♢ 崩れゆく橋の上で
雷鳴はますます近づいていた。橋の半ばを過ぎたあたりから、空は真昼なのに墨汁を垂らしたような暗さに変わり、視界すら怪しくなっていた。
悠真はロープを握りしめ、リィナに声を飛ばす。
「リィナ、ここだ!板が抜けてる!」
「わかってるにゃ!でも揺れるから、踏ん張れないにゃ!」
ロープを握る手が汗で滑る。足元の板は湿り、何十年も放置されたかのように脆い。そこへ追い打ちをかけるように、稲光が真横を走った。
白い閃光が視界を焼き、次の瞬間、腹の底に響く轟音。吊り橋全体がびくんと跳ね、縄が悲鳴を上げるようにきしんだ。
リィナが悲鳴を押し殺すように叫ぶ。
「悠真! 縄が燃えてる!」
振り返ると、支柱から垂れる縄の一部が黒く焦げ、煙を上げていた。
――と、ぽつり、と雨粒が頬を打った。
たちまち空が裂け、土砂降りが二人を叩きつける。
じわじわと繊維が裂ける音。橋そのものが崩れるのは、もう時間の問題だった。
悠真は歯を食いしばる。戻れば間に合わない。進むしかない。
「走れ、リィナ!止まったら落ちる!」
「にゃ、にゃんて無茶言うにゃー!」
それでも、リィナは矢筒を押さえながら前へ駆け出した。
だが、足元の板がぱきりと割れ、片足が宙を切る。
「きゃっ!」
咄嗟に悠真が手を伸ばし、腕をつかんだ。
ぶら下がった彼女の体重で、ロープがきしみ、橋全体が大きく傾ぐ。
木片がばらばらと落ちていく。谷底では激流が白く泡を立てていた。
「リィナ、登れ!」
「む、無理にゃあ!」
リィナの腕が震える。
悠真は力を込めて彼女を引き上げ、何とか足場へ戻した。
その直後、さらなる稲光が橋のすぐ脇に直撃。目が焼けるほどの閃光と、鼓膜を突き破るような轟音。ロープが裂け、片側の支柱が大きく軋んだ。
「まずい!」
「あと少しにゃ、悠真!」
リィナは短剣を逆手に握り、縄に突き立てるように掴みながら前へ進む。
悠真も雷鳴に耳を塞ぎながら、彼女の背を守るように足を運んだ。
ようやく、対岸の岩肌が見えてくる。あと十数歩――。
しかし、その瞬間、背後の支柱が完全に裂け、ロープが切れた。
橋の半分が轟音とともに崩落し、後方の板が一斉に飲み込まれるように谷底へ消えた。
逃げ場は、もう前しかない。
「リィナ、跳べ!」
「にゃにゃにゃっ!? 無理にゃあ!」
「俺が押す!」
悠真はリィナの背を強く押した。
リィナは悲鳴と共に飛び出し、岩場の出口に腕を伸ばす。指先がかろうじて縁を掴み、そのまま体を転がすように着地した。
悠真も続く。背後では崩れ落ちる音と雷鳴、土砂降りの雨音が混ざり合い、すべてが耳をつんざく。悠真は最後の数歩を駆け抜け、足元の板が砕ける寸前、全身の力を込めて跳躍した。
岩肌に手を伸ばすと、リィナが必死に腕を掴んで引き上げてくれる。二人は地に転がり、荒い呼吸を繰り返した。
振り返れば、吊り橋はすでに跡形もなく、谷底の激流へと消えている。雷光が谷を照らすたび、泡立つ川面だけが白く浮かび上がった。
「……死ぬかと思ったにゃ……」
リィナは尻餅をついたまま、震える手で胸を押さえた。
悠真も濡れた前髪をかき上げようやく息を整えた。
「俺もだ。だが……何とか渡り切ったな」
二人はしばし声もなく雷鳴を聞いていた。生き延びたという実感が、遅れてじわじわと身体に広がっていく。
しばしの沈黙ののち、リィナがぽつりと呟いた。
「ねえ……丘に近づくほど、空が怒ってるみたいにゃ」
暗雲を見上げる。
「……怒りか、それとも試練なのか。どちらにしても――もう後戻りはできない」
二人は立ち上がり、再び雷鳴丘を目指して歩き出した。背後では、雷が絶え間なく大地を裂き、まるで振り返るなと告げているかのように轟き続けていた。
第35話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。わーい(^^)
次回、第36話『神々の裁きを待つ祭壇⁉︎』
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