第34話: 小さな事件 ― 雷鳴丘の剣の試し斬り
街の喧騒を背に、悠真とリィナは歩き出していた。
遠くに広がる丘陵地帯には、厚い雲がかかり、時折、低い雷鳴が腹の底を震わせる。
――まるで、空そのものが二人の挑戦を待ち構えているかのようだった。
街を離れて半刻ほど歩いたころだった。石畳の道はいつしか土の小径へと変わり、両脇では背の高い草が風に揺れている。
湿った空気の中、遠雷が響き渡り、旅路に不穏な気配を漂わせた。
悠真は背中の荷を直し、腰に佩いた新しい鉄剣の重みを意識する。先日、鍛冶屋から購入した“雷鳴丘の鋼”で鍛えられた一振り。
手にした瞬間から感じる重みと圧力は、これまでの剣とはまるで違っていた。
ただの鉄剣ではない。
――だが、まだ実戦で試したことはない。
「……にゃ?」
先を歩いていたリィナが、耳をぴくりと動かした。
視線を向けると、道の先に傾いた荷車が止まっている。車輪が壊れ、荷台から木箱や袋が無惨に散乱していた。
悠真が足を止めると、荷車のそばで年老いた行商人が座り込み、必死に荷をかき集めていた。
「どうしたんですか?」
声をかけると、男はびくりと肩を震わせ、恐怖の色を浮かべた。
「た、助けてくれ……盗賊どもに襲われて……!」
その言葉と同時に、林の陰から数人の影が姿を現す。
汚れた鎧に、刃こぼれした剣や棍棒。四人の男たちが、にやつきながら二人を取り囲んだ。
「おいおい、また獲物が増えたぞ」
「坊主、いい剣ぶら下げてんじゃねえか。それ、置いてけよ」
「お、こっちは可愛子ちゃんだ」
悠真は視線を落とし、腰の鉄剣に手を添える。これ以上にない実戦の機会だった。
「リィナ、俺がやる。援護してくれ」
「わかったにゃ!」リィナは短剣を光らせ、低く唸った。
盗賊たちの足音が土を蹴り、殺気が一気に膨れ上がった。
最初の盗賊が棍棒を振り上げて突進してくる。
悠真は剣を抜き放ち、半歩踏み込んだ。
――重い。だが、振り抜いた瞬間の切れ味は鋭かった。棍棒が真っ二つに裂け、盗賊が悲鳴を上げて倒れ込む。
「なっ……!」
驚愕する彼らをよそに、悠真は剣を構え直す。腕に伝わる衝撃は強いが、刃こぼれひとつない。鍛冶屋の言葉に偽りはなかった。
二人目が斬りかかってくる。
悠真は横薙ぎに振り抜く――金属がぶつかる音は一瞬。
相手の剣は弾かれ、盗賊は吹き飛んだ。鉄剣は余裕すら感じさせるほど強靭だった。
そして、背後から回り込んだ三人目を、リィナが跳ねるように斬り払う。しなやかな身体が弧を描き、盗賊の腕に赤い線を刻んだ。
「ぐっ……! なんだこいつら……!」
最後の盗賊は恐怖に顔を歪め、武器を落として膝をついた。
「ま、待ってくれ! もうやめだ! 命だけは勘弁してくれ……!」
悠真は剣先を下げたまま、静かに問う。
「お前たち、こんなところで何を狙ってた?」
盗賊は歯を鳴らしながら吐き捨てる。
「“雷鳴丘”だ……! あそこに落ちる雷の鉱石が高く売れるって噂で……俺たちはそれを――」
悠真は無言で剣を収めた。
盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように林へ逃げ去っていく。
「……助かった……!」
行商人が何度も頭を下げる。
「命の恩人だ。あんたたちが来なければ、わしはどうなってたか……」
リィナは頬を膨らませ、悠真を見上げた。
「ねぇ悠真、あの剣やっぱりすごかったにゃ! 棍棒がスパッて真っ二つにゃ!」
「ああ。雷鳴丘の鉱石……こいつは、ただの素材じゃないな。俺たちが探している“答え”に近づけるかもしれない」
行商人は息を整えながら、荷車に寄りかかり、震える手で額の汗を拭った。
「ありがとう……あのままじゃ、荷物もろともやられてた……」
悠真は剣を腰に収めると頷く。
「こんな場所で襲撃とは、運が悪かったな」
行商人は安堵の笑みを浮かべ、懐から小袋を取り出した。
「せめてもの礼だ。金じゃないが、乾いた保存食と薬草だ。旅の助けになるだろう」
リィナは目を丸くして袋を受け取り、しっぽをふわりと揺らす。
「こんなに?助かるにゃ!」
「いや、こっちが礼を言うべきさ……君たちがいなけりゃ、全部失ってたんだからな」
行商人は小さく笑い、周囲を見回してから声を潜めた。
「――この辺りは、野盗以外にも妙な動きがある。魔物が荒ぶっていてな。
街道沿いでも、群れで現れることが増えてるんだ。気をつけてくれ。
もしかすると……“雷鳴丘”の影響で何か起きてるのかもしれない」
悠真の眉がわずかに動いた。
(魔力を異常に溜め込む、雷の土地……。その歪んだ力が、魔物を引き寄せているのか?)
リィナも小声で囁く。
「……全て、あの丘に繋がってる気がするにゃ」
「ああ。警戒が必要だな。」
行商人は荷車を整えながら苦笑を浮かべた。
「気をつけてな。あんたたちの腕なら大丈夫だろうが、無茶だけはするなよ」
悠真とリィナは軽く会釈し、再び街道を歩き出した。
冷たい風が頬をなで、草の香りを運んでいく。
だが胸の奥で、小さなざわめきが消えなかった。
空は鈍く光り、遠くの雲がまた低く鳴る。
――そのとき、草むらの奥から、かすかな気配が動いた。
♢魔物の群れとの遭遇
雷鳴丘へと続く道は、濃い森を縫うように伸びていた。
昼間だというのに空は暗く、厚い雲が空を覆っている。稲光が木々の間を走るたび、不気味な影が浮かび上がっては消えた。
森の奥から、低く唸るような声が重なり合い、風に運ばれ届いてくる。
「……聞こえた?」
リィナが足を止め、耳をぴくりと動かした。
悠真は無言で頷き、腰の鉄剣を抜く。刃に触れた瞬間、指先に微かな電流のような刺激が走った。雷鳴丘の鋼――やはり、ただの剣ではない。
「来るぞ」
言葉と同時に、森の奥が閃光に包まれた。
雷を纏った獣が、地を裂くような勢いで飛び出す。全身の毛が逆立ち、口から紫電を噴き出す――雷狼だ。
しかも一体ではない。二体、三体……やがて五体の群れが姿を現し、道を塞いだ。
「群れで……!? 普段は群れて動くような獣じゃないのに……!」
リィナの声に、緊張が走る。
雷鳴丘の影響か、雷狼たちは明らかに狂暴化していた。瞳は血走り、雷が体を駆けるたび、焦げた匂いが漂う。
「後ろを固めろ。前は俺がやる!」
悠真は一歩踏み出し、剣を構える。
一体が飛びかかってきた。口腔に雷光が集まり、閃光が放たれる直前――
悠真の剣が唸りをあげた。雷を裂くように一閃。刃は獣の体を弾き返し、鉄剣の表面に青白い火花が散った。
「……今の感覚……」
悠真は息を呑む。
普通の鉄なら砕けるはずの衝撃。だが、この剣は雷を受け止め、逆に力を跳ね返すように応じていた。
群れの残りが一斉に襲いかかる。
「来るにゃ、悠真!」
リィナは素早く矢を構え、鋭い射撃で前方の雷狼を牽制する。轟音が耳を裂き、矢じりが雷狼の体を貫いて稲光を散らした。
悠真は跳び込み、一体の雷狼を斬り払う。刃が肉を裂く瞬間、雷が剣に吸い寄せられたかのように走り、衝撃が両腕に伝わった。
「ぐっ……だが、悪くない!」
(……これはただの自然現象じゃない。雷そのものを糧にしている――そんな錯覚すら覚えた。)
しかし数は多い。
一体を倒しても、背後から牙が迫る。
「悠真、右っ!」
リィナの声に反応し、悠真は剣を背後に薙いだ。
雷と雷がぶつかり合い、衝撃波が森を白く染める。
その土煙の中、悠真は確信した。
(もし、この武具を進化に取り込めるのなら――)
思考が途切れた瞬間、最大の敵が姿を現した。
一回り大きな雷狼。毛並みは白銀に近く、雷をまとった姿はまるで生きる稲妻だった。群れの頭に違いない。
「出やがった……!」
頭目が吠えると同時に、群れが咆哮で応じた。
稲妻が地を這い、木々を焼き、空気が爆ぜる。
悠真は衝撃で膝をつきかけるが、必死に踏みとどまった。
視界が白く染まり、耳鳴りが続く中、リィナの声が響いた。
「悠真、これ以上は危ないにゃ!」
第34話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。嬉しいよー(^^)
次回、第35話『揺れる吊り橋、強まる風、雷の轟音』
も、ぜひ応援よろしく本当にお願いします。
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