第31話: 魔王直属の将バルグ=ゾルダ
「なっ……!」
魂を抜かれたような兵士たちが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる——。
「う、うそだろ……? さっきまで一緒に戦ってた奴らが……」
王国兵のひとりが絶句する。
かつての仲間たちが虚ろな瞳のまま、剣を引きずり、よろめく足どりで近づいてくる。
「まるで……操られてるみたいだな」
健吾が盾を構え、前に出た。
一真は険しい表情のまま、悠真にちらりと目を向けた。
「……おい悠真、こういうのもお前の武器でどうにかなんねえのかよ?」
皮肉交じりの言葉に、悠真は軽く肩をすくめる。
「さすがに死人を元に戻せる武器は作ってねぇよ。」
「チッ……そうかよ。」
一真は舌打ちしながらも、すぐに前方の兵士たちへと意識を向ける。
そのとき、美咲が小さく息をのんだ。
「……糸よ。あの兵士たち、紫の糸で繋がってるわ……!」
視線を追うと、薄闇に溶けかけた紫の魔力が、兵士たちの背中から細く伸び、闇に呑み込まれていくのが見えた。
「つまり、糸を断てば——」
悠真が言いかけたとたん、それまでゆっくりと動いていた兵士たちが突如、猛然と駆け出した。
「くるぞ!!」
一真が剣を振り上げ、真っ向から迎え撃つ。
兵士たちは人間離れした身のこなしで襲いかかり、その剣撃は重く、速い。
一真は紙一重でかわし、返す刃を閃かせた。
ズバァンッ!
炎の刃が兵士の胸を貫いた。
だが——。
「……ッ!?」
兵士は、仰向けに倒れたまま、表情を一切変えない。
剣を握る右腕だけが、**がくり**と跳ね上がり、胴体とは無関係に、ゆっくりと振り下ろしにかかる。
「なんだこりゃ……死なねぇのかよ!?」
「....この動く死体....どこかで……!」
悠真は目を細め、瞬時に頭を働かせた。
(……魔力...兵士.....)
脳裏に、リィナの故郷での戦いがよぎる。
あのときも、魔力で動く屍が襲ってきた。
魂を持たぬ者たち——ただ命令で動く「人の形をした兵器」。
つまり、肉体を傷つけるだけでは止まらない。
悠真はすぐに決断し、鋭く叫んだ。
「リィナ! 頼む!」
その呼び声に応じるように、リィナがひょこっと駆けつけ、弓を構えながら戦場を見渡す。
「……見つけた! あそこにゃ!」
リィナの指し示す方向に、黒いローブをまとった魔術師がいた。
彼は不気味な笑みを浮かべながら、指先で魔力の糸を弄んでいる。
そして、喧騒に紛れ、細い詠唱の声が漏れ響いていた。
リィナは即座に矢を番え、一気に引き絞った。
「はぁっ!」
シュッ!
矢は一直線に魔術師へ向かう——が。
バチィィィン!!
空間に見えない壁が現れ、矢が弾かれてしまう。
「……強力な結界が張られてる……?」
リィナが歯噛みする。
悠真は考えを巡らせ、ひとつの可能性に賭けた。
「リィナ、矢を貸してくれ!」
「にゃ?」
悠真はを両手を大きく掲げ、リィナの矢に触れる。
「ダメ元だけどな.....」
目を閉じ、強く念じる。
進化ー!
すると矢が淡く輝き、周囲の魔力を吸収するかのように脈動し始めた。
そして——悠真の脳内に情報が流れ込む。
《魔精の導矢》
──外部からの魔法を吸収し、さらなる力へと昇華する。
①付与された魔法の威力を増幅し、矢とともに放つ。
②矢が飛翔する間、周囲の魔力を吸収し続ける。
③特定の魔法と共鳴し、属性を変化させる。
悠真は咄嗟に美咲を振り返り、叫んだ。
「この矢は、強力な魔法を付与できる……!」
美咲は驚きつつも、すぐに状況を理解した。
「ええ、やってみるわ!」
彼女は炎光のランタンを掲げ、矢に向かって詠唱を開始する。
「水と炎の精霊よ——交わりし力により、全てを穿つ槍となれ!」
ランタンの輝きが矢へと流れ込み、矢がさらに激しく脈動する。
——だが、その詠唱の最中、操られた兵士たちが一斉に咆哮を上げ、殺気を帯びて襲いかかってきた。
「おっと、そんな簡単にやらせると思うなよ!」
一真が烈火の刃を振るい、迫る兵士たちを押し返す。
「ふんっ……行かすかよ!」
健吾が守護の砦で防御、悠真は槍を振るいながら美咲の詠唱が終わるまでの時間を稼いだ。
水の魔力は渦を巻きながら、進化した矢へと吸い込まれていく。
矢は瞬く間に輝きを増し、まるで水晶のように透き通る一本へと変貌した。
そして——
「今よ!」
魔法が完全に矢へと宿った瞬間、進化の力と魔法は共鳴し、さらにその姿を変えた。
「リィナ、撃て!!」
悠真の声を受け、リィナはすかさず弓を引いた。
「今度こそ……貫くにゃ!」
「……っ、行けえぇぇぇ!!」
ビュン!!
放たれた矢は、凄まじい勢いで魔術師の結界に突き刺さる。
バキィィィィン!!
強固だったはずの結界が、次の瞬間、たった一本の矢で粉々に砕け散った。
「なんだとっ……ふざけるな……!!」
驚愕する魔術師。
しかし、矢の勢いは止まらない。
そのまま魔術師の胸を貫く——。
「……ぐっ……」
魔術師は言葉にならない声を漏らし、その場に崩れ落ちた。
直後、戦場全体が変化した。
操られていた兵士たちが次々と武器を落とし、糸が切れたかのように倒れていく。
「……やったのか?」
健吾が警戒しながら呟く。
「いや……」
悠真は槍を構えたまま、まだ緊張を解かない。
胸の奥に、何か不穏なざわめきを感じたのだ。
そして、それはすぐに証明されることとなった。
バキバキバキィ!!
突如として、地を揺るがす轟音。
空気が裂け、大地が悲鳴を上げる。
「これは……!」
悠真が顔を上げた。
戦場の奥——
倒れた魔術師の背後に、闇の亀裂が走る。
異質な魔力。圧倒的な気配。 ——“何か”が出てくる。
空気は重く、呼吸すら奪われる。
そして、黒い影がゆっくりと姿を現した。
「……貴様らが、余の軍を蹂躙した者どもか。」
低く響く声が、戦場に響き渡った。
悠真は槍を強く握りしめながら、目の前の存在を睨みつける。
現れたのは、これまでの魔族とは桁違いの気配を纏う者だった。
あらゆる魔族たちを率いる上位魔族。
その圧倒的な魔力に、勇者たちですら息を呑む。
「……いよいよ、ここからが本番か。」
悠真は、覚悟を決め、天穿の槍を構えた——。
ーーーーー
魔族の将がその姿を完全に現すと、戦場に重苦しい沈黙が広がった。
長身の魔族は暗黒の鎧を纏い、全身から禍々しい魔力を滲ませていた。背後には黒き双角をそびえさせた巨大な魔獣が控え、戦場の空気そのものをねじ曲げるほどの圧を放っている。
「余の名はバルグ=ゾルダ。魔王直属の将にして、この戦場の支配者である。」
バルグ=ゾルダが腕をゆっくり掲げると、それだけで周囲の魔力が振動する。
「なるほど……貴様らが我が軍を蹂躙した張本人か。ふっ、愚かな人間どもよ、ここで命を散らすがいい。」
「……言ってくれるな。」
悠真は槍を握る手に力を込め前に出た。一真、健吾、美咲、リィナもそれぞれ武器を構え、強大な敵に備えている。
バルグ=ゾルダが口元を歪め、悠然と剣を抜いた。それは漆黒の波動を帯びた剣で、一振りするだけで地面に亀裂が走る。
「まずは手始めだ。」
次の瞬間、バルグ=ゾルダが踏み込んだ。
速い——!
悠真が反応する間もなく、魔族の将は目の前まで迫り、凄まじい一撃を繰り出す。
「くっ!」
咄嗟に槍を掲げて防ぐが、その衝撃は尋常ではなかった。
ドォン!!
衝撃波が爆発し、悠真は後方へと弾き飛ばされた。
「悠真!」
美咲が叫びながら駆け寄ろうとするが、その間にもバルグ=ゾルダの剣が振るわれる。
「こいつ……強すぎる……!」
一真が烈火の刃を振るい、横から攻撃を仕掛ける。しかし——
「遅い。」
バルグ=ゾルダは振り向きざまに剣を薙ぎ払い、一真を弾き飛ばした。
「ぐあっ……!」
地面に叩きつけられ、一真が呻く。
「甘い。」
さらに追撃を仕掛けようとするバルグ=ゾルダ。しかし——
「させない!」
リィナの矢が高速で放たれ、バルグ=ゾルダの顔の間近をかすめた。
「ほう……。今のは、なかなかの精度だ。」
バルグ=ゾルダは微笑を浮かべながら、リィナに視線を向ける。
「ならば、その腕をもがせてもらうか。」
次の瞬間、漆黒の魔力が奔流となってリィナへと襲いかかった。
「リィナ、伏せろ!」
悠真が叫びながら間に割り込み、槍を振るって魔力を弾く。
しかし、それでも威力が強すぎる——!
「くそっ……!」
悠真は衝撃に耐えながらも、歯を食いしばって踏みとどまる。
「悠真、大丈夫!?」
美咲がすかさず駆け寄り、ランタンの光を照らす。
「回復する……から、時間を稼いで……!」
「任せろ。」
健吾が前に出て、盾を構えた。
バルグ=ゾルダは冷ややかな視線を向けると、剣を振り上げた。
「いいだろう。ならば、力の差を見せつけてやる。」
第31話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。大感謝なんです。
次回、第32話:『絶望と共に再び現れる』も
是非【応援よろしく本当にお願いします。】
ブクマ、評価、お願いします。
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。欲しいよ〜^^;




