第25話: 運命の再会 – 黒炎の城を目指して
翌朝――
朝日が森に差し込み、夜の冷たさを溶かしていく。
悠真とリィナは、村を出発する準備をしていた。
「行くのか?」
シュリが寂しそうに尋ねる。
リィナは少し迷った。
この村に残る選択肢もあった。
ここで生きていくこともできる。でも――
「うん……昔、約束したんだ。それに....もっと、広い世界を知りたいの」
強い意志を込めて言う。
「そっか……」
シュリは少し言い淀んだ後、意を決したように口を開いた。
「なあ、リィナ……昨日の戦いの中、森の奥で誰かがこっちを見ていた気がしたんだ。姿までははっきり分からなかったけど……なんとなく、カイルに似てたような気がして……」
「えっ……?」
リィナは思わずシュリの顔を見つめる。
「やっぱり...カイル……」
「いや。俺の気のせいかもしれない。でも、あの場にいた誰かが、お前のことをじっと見守っているように見えたんだ……」
リィナは言葉を失う。
昨日、確かにカイルの声を聞いた。姿も見た。
でも、それはただの幻ではなかったのか?
「……カイル……生きてるの……?」
胸が強く締めつけられる。
「分からない。でも、もしそうだとしたら...きっとまた、会える気がするんだ」
シュリの言葉に、リィナは森の奥へと視線を向けた。
風がそっと頬を撫でる。
それはまるで、懐かしい手の温もりのようだった。
「じゃあ、そろそろ行くにゃ……」
シュリは少しの間、リィナを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかった。お前の旅が、いいものになるよう願ってる」
「ありがとう、シュリ」
リィナは笑顔を見せた。
「次に会うときは、もっともっと強くなってるにゃ!」
「ふふ……楽しみにしてるよ」
シュリはそう言うと、少し照れくさそうに目をそらした。
悠真が隣で静かに見守っていた。
「リィナ、もういいのか?」
「うん!」
リィナは力強く頷き、村の入り口へと歩き出す。
振り返ると、村の仲間たちが見送ってくれていた。
その光景に、リィナの胸が熱くなる。
(……私は、もう逃げない)
自分の足で、この世界を歩いていく。
そう決めたのだから。
リィナは涙を拭い、前を向いた。
ーーーーー
悠真とリィナがたどり着いたのは、大都市エルバーナだった。
高い石壁に囲まれたこの街は、かつて商業と文化の中心として栄えていたが、今では魔王軍の脅威にさらされ、荒れ果てた姿を晒している。
街の外れでは、冒険者や傭兵たちが武器を手に、いつ襲撃が来てもおかしくない状況に備えていた。
この都市の北方には、黒炎の城と呼ばれる要塞がそびえ立っている。
魔王軍の重要拠点の一つであり、周囲には魔物がうごめき、近づく者を容赦なく襲っていた。
悠真がエルバーナを訪れた理由の一つは、その城にあった。
(魔王軍の動きを知るには、黒炎の城の情報が不可欠だ……)
冒険者として各地を旅しながら、彼は少しずつ世界の状況を知るようになっていた。そして、魔王軍の侵攻が着実に広がっていることを痛感していた。
「悠真、ここは物騒な街だにゃ……」
リィナが落ち着かない様子で周囲を見渡す。
「確かに。冒険者が多いせいか、雰囲気も殺気立ってるな」
街の入り口では、武装した傭兵たちが談笑している。その一方で、食料を求める避難民の列ができ、衛兵が目を光らせていた。
(それでも、ここなら魔王軍の動向に関する情報が得られるはず……)
悠真は街の通りを見渡しながら、眉をひそめた。エルバーナは黒炎の城に近い、緊迫した空気が街全体を包んでいる。
そんな中、リィナが鼻をくんくんと動かす。
「悠真、美味しそうな匂いがする!」
彼女の目が輝いている。悠真も周囲を見回すと、通りの先には、屋台が並ぶ市場が広がっていた。
焼き立てのパンの香ばしい匂い、スパイスの効いた肉の香り、果物の甘い匂いが入り混じり、活気に満ちている。
「ちょうど腹も減ってたし、何か食べていくか」
「やったぁ!」
リィナが嬉しそうに飛び跳ねる。
彼らは屋台の間を歩きながら、どれを食べようかと品定めをする。
「お兄さん、お姉さん! エルバーナ名物の串焼きはいかが?」
威勢のいい声が響いた。
振り向くと、屈強な男が串に刺さった大きな肉を焼いている。ジューシーな脂が滴り落ち、炭火の香りが食欲をそそる。
「うまそうだな……」
悠真が思わず唾を飲み込むと、リィナはすでに串を一本手に取っていた。
「にゃふふ、いただきます!」
彼女はがぶりと肉にかぶりつく。
「んっ! じゅわっとして、お肉がとろけるにゃ!」
耳をピクピクさせながら幸せそうにほおばるリィナを見て、悠真も一本買うことにした。
「お兄さん、初めてかい? ここの肉は黒炎牛っていう特産品でな、魔力を帯びた草を食べて育つから旨味が濃厚なんだぜ!」
店主の説明通り、肉は驚くほど柔らかく、噛めば噛むほど旨味が広がる。
「……これは確かにうまい」
悠真が感心していると、リィナはすでに2本目を手に取っていた。
「もう一本食べちゃおうっと!」
「お前、どんだけ食うんだよ……」
そんな風に屋台を回りながら、彼らは次々と美味しいものを堪能した。
・スパイスの効いた焼き鳥
・濃厚なチーズがとろける焼きパン
・甘酸っぱいベリーのジュース
どれもエルバーナならではの味で、旅の疲れが癒されていく。
ーーーーー
腹を満たした悠真たちは、次に酒場へと足を向けた。
(情報を集めるなら、こうした場所が一番だ)
エルバーナの酒場は、冒険者や傭兵で賑わっていた。壁には魔物討伐の依頼書が貼られ、大勢の客が酒を酌み交わしている。
「いらっしゃい! 旅の方かい?」
女将が陽気に迎えてくれた。
「何か飲むにゃ!」
「お前、酒飲めるのか?」
「ちょっとなら飲めるにゃ!」
リィナが胸を張るので、悠真は苦笑しながら軽めの酒を頼んだ。
やがて運ばれてきたのは、エルバーナ特産の果実酒。
「おぉ、甘くて美味しい!」
リィナが嬉しそうにグラスを揺らしながら飲む。
悠真も一口含むと、確かにアルコール控えめで飲みやすかった。
「なあ、ここの近くに黒炎の城ってのがあるだろ?」
悠真は隣で飲んでいた男にさりげなく話しかけた。
「あ〜黒炎の城か……あそこに近づくのは命知らずだけだぜ」
「やっぱり魔王軍の拠点っていうだけはあるってことか?」
「そうさ。最近はさらに物騒になってな。魔族の幹部クラスが集結してるって話だ」
「幹部クラス……?」
悠真の表情が険しくなる。
「詳しいことは分からねぇが、最近になって城の周辺で奇妙な現象が増えてるらしい。夜になると空が不気味に赤黒く光ったり、突然魔力の嵐が発生したりな」
「魔力の嵐?」
「そうだ。普通の魔族じゃそんな現象は起こせねぇ。おそらく、強大な魔族が何かを企んでるんだろうよ」
悠真は酒を一口飲みながら考え込んだ。強力な魔族が集まっているということは、魔王軍の動きが活発になっている証拠だ。だが、それ以上に気になったのは――
「……最近、人間の兵士の姿が目撃されたって話は本当か?」
「お、耳が早ぇな」
隣の男は驚いたように悠真を見た。
「確かに、黒炎の城の近くで人間の姿を見たって傭兵がいる。ただの勘違いかと思ったが、目撃情報が複数あるんだよな」
「それって……魔王軍に寝返ったやつがいるってことか?」
「それならまだマシかもしれねぇぜ」
「どういう意味だ?」
問い返すと、男は少し声を潜めた。
「中には、“魂を抜かれたような目をした兵士”を見たってやつもいるんだよ」
「魂を抜かれた……?」
「まるで操られているみてぇだったってさ。もし、それが本当なら、黒炎の城じゃ人間を魔族の兵士に作り替えてるのかもしれねぇ」
悠真は無意識に拳を握りしめた。人間を魔族の兵士にする――そんなことがあり得るのだろうか? もしそれが事実なら、黒炎の城には魔王軍の新たな脅威が潜んでいることになる。
(ここに来たのは正解だったかもしれないな……)
「お兄さん、まだ飲むかい?」
女将が朗らかに声をかけた。
「いや、もういい。情報をありがとう」
悠真は代金を置き、席を立った。
「んにゃ〜……ぽかぽかするにゃ……」
リィナは頬を赤く染め、ほんのり酔いが回った様子だった。
「だから飲みすぎるなって……ほら、帰るぞ」
悠真はため息をつきながら、彼女を支えて酒場を出ようとした。
だが、扉を開けた瞬間、背後から低い声が響いた。
「……お前、...悠真か?」
振り返ると、そこには――
勇者の坂本一真が立っていた。
第25話、最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
月・水・金の週3回、20時に投稿してます。
次回、『第26話: 異様な黒い鎧の魔族たち』も
是非【応援よろしくお願いします。】
ブクマ、評価、お願いします。
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。




