第21話:黒騎士の最後の言葉
ズバァァァッ!!
風が咆哮し、刃の斬撃が、騎士の黒鎧を正面から両断した。
鎧ごと肉を裂き、深く刻まれた裂傷から黒い光がほとばしる。
「グォォォォ……!!」
重々しい呻きが響き、黒騎士の巨体がよろめく。
次の瞬間、崩れ落ちるように膝をつき――ズシン、と地面を揺らし沈黙した。
夜の風が、嘘のように静まる。
「……やった」
悠真は荒く息を吐きながら、剣先を下ろす。
黒騎士の身体は、もう二度と動かない。確かな手応えが腕に残っていた。
「倒した……!やったにゃぁぁーーっ!!」
リィナが尻尾を高く掲げ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
彼女の頬は土と汗に汚れていたが、その笑顔は満月よりも明るかった。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
悠真は膝に手をつき、息を整えた。
震える手に残る感覚は、恐怖ではなく――安堵だった。
「リィナ、ありがとう。あの矢がなかったら、最後の一撃は決まらなかった」
「当然にゃ。あたしがいなきゃ、悠真は今ごろペシャンコにゃ!」
リィナは胸を張り、得意げに耳を立てる。
その仕草に、悠真は思わず笑みを漏らした。
「……ああ、正直驚いたよ」
「ふふん♪ もっと褒めてもいいんだよ〜? ……まあ、最後に決めたのは悠真の作った矢だけどね」
尻尾をふわふわと揺らしながら、満足そうに胸を張る。悠真はそんな彼女に苦笑しながらも、改めて彼女の存在の大きさを実感していた。
そして、倒れた黒鎧の騎士を見つめる。
「一体、こいつは何者だったんだ……?」
悠真は静かに呟いた。
戦いは終わった。しかし、疑問が残る。
この村を襲った魔物たち、そしてこの黒鎧の騎士――彼は何のためにここに現れたのか?
「……これで終わりなのか?」
しかし、違和感があった。倒れたはずなのに、どこか釈然としない。
そして、
戦場の緊張が、ほんの少しだけ解けた――その瞬間だった。
ズ……ズズ……ッ。
黒騎士の身体から、黒い霧がまるで生き物のように這い出した。それは地面を這う蛇のように広がり、ゆっくりと形を成していく。
「……っ!? まだ終わってないの!?」
リィナが矢を番える。
悠真も咄嗟に構え直した。
霧はゆっくりと立ち上がり、人の形を成す。
鎧を失ったその“残滓”とも呼べる影が、ゆらりと顔を上げた。
『……見つけたぞ……』
空気が一気に冷える。
それは声というよりも、意識の奥に直接響く“囁き”だった。
悠真の背筋に氷のような感覚が走る。
(見つけた……? 俺を……?)
『進化の力を持つ者よ……やがて全てが……』
霧の中の影は、まるで嘲笑うように口元を歪めた。その姿は掴もうとすればするほど霞み、遠ざかる。
「何……何を言ってるんだ!?」
悠真が叫ぶが、霧は答える気配すらない。ただ不気味に揺らめきながら、言葉を紡ぎ続ける。
『……我は...待つ……』
その声は、何かを突きつけるように鋭く、しかしどこか遠い。まるでこの世界のものではないかのようだった。
『……おまえ....見ている……』
最後の言葉とともに、霧は風に溶けるように消えた。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
静寂だけが残った。
悠真は剣を下ろし、深く息を吐いた。
胸の奥で、何かがざらつくように疼く。
「……今の、いったい何だったんだろ……」
リィナが不安そうに呟く。
「分からない。だけど……こいつは“俺”を知っていた」
その言葉に、リィナも眉をひそめる。
「……つまり、今回の襲撃は、最初から悠真を狙ったものだったってこと?」
「かもしれない。それともただの偶然か……」
悠真は剣を握りしめたまま、空を見上げる。どこか遠くで、誰かが自分を見ている。そんな不気味な感覚が、彼の胸をざわつかせた。
(俺の力を警戒しているのか?……逆に言えば、それだけ脅威に思われているってことなのか?)
何かが動き出してる。俺の知らない場所で――
この戦いは、きっと始まりに過ぎない。
だが、それでも.....
(俺は、目の前の人を守るために、この力を使いたい)
悠真は心の中で静かに誓った。
ーーーーーー
戦いの爪痕は、村の至るところに残っていた。
倒れた魔物の亡骸、崩れかけた家屋、地面に刻まれた深い傷跡。村人たちは恐る恐る外に出て、破壊された村の姿に息を呑んだ。だが、その目は絶望だけではなく、希望の光が宿っていた。
「……本当に、倒したのですか?」
村長が震える声で尋ねる。悠真は肩越しに、黒鎧の騎士が倒れていた場所を振り返った。
「ええ。危険は去りました、もう村を襲うことはありません」
そう断言すると、村人たちは一斉に歓声を上げた。
「やったぞ! 本当に助かったんだ!」
「悠真さんとリィナさんが、私たちを救ってくれたんだ!」
「ありがとう……本当にありがとう!」
子供たちは歓声を上げ、大人たちは涙を流しながら感謝の言葉を紡いだ。その光景に、悠真は少し気恥ずかしさを覚えながらも、心の奥で大きく安堵した。
(やったんだ.....無事に守り切れたんだ……)
リィナが悠真の隣で、誇らしげに胸を張る。
「当然にゃ! 悠真はすごいんだから!」
「リィナ、お前もな。あの矢がなかったら、俺はあの騎士に敗れていた」
悠真がそう言うと、リィナは得意げに尻尾を揺らした。
「えへへ……もっと言ってくれてもいいんだけど?」
そんなやり取りをしていると、村長がゆっくりと近づいてきた。
「悠真殿、リィナ殿。本当に、感謝してもしきれません。」
村長が深々と頭を下げる。その後ろでは、村人も感謝の意を示すように頭を垂れていた。
「あなた方がいなければ、我々はこの村を失っていたでしょう。」
悠真は少し戸惑いながらも、首を振る。
「俺たちはただ、目の前の人を助けたかっただけです。……それに、村のみんなが力を貸してくれなかったら、俺もリィナもあの黒騎士に勝てなかった。」
「それでも、あなた方は我々の命を救ってくださった。どうか、この村の感謝の印を受け取っていただきたい」
そう言って村長は、悠真が使った「風裂の刃」を差し出した。
「この剣は、もともとこの村を守るための護符のようなもの……ですが、今、それを持つにふさわしいのはあなたです」
悠真はしばらく迷ったが、ゆっくりと剣を受け取った。
「……ありがとうございます。この剣の力、必ず役立てます」
彼の言葉に、村人たちは再び歓声を上げた。
***
その後、悠真とリィナは村人たちと共に、復興の手伝いをした。
倒壊した家の瓦礫を片付け、負傷者の手当を手伝い、傷ついた家畜の世話をする。村人たちも、一人ひとりが力を合わせ、懸命に立ち上がろうとしていた。
そんな中、悠真は黒騎士との戦いを振り返っていた。
(影が囁いた、最後の言葉……)
『....我は....待つ……』
確かにそう聞こえた。まるで、この先に何か重大な運命が待ち受けているかのように。
「悠真、なんか難しい顔してるにゃ。」
リィナがそっと隣に寄り添い、声をかけてきた。
「……あの言葉が、どうも頭から離れなくてさ。」
リィナは小さく首を傾げ、ふさふさの尻尾を軽く揺らす。
「でもさ、誰がどんな理由で待ち構えようと、悠真の力は、誰かを守るためにあるんじゃないかな。そう思うにゃ」
そのまっすぐな言葉に、悠真の心はふっと軽くなった。彼は小さく笑う。
「はは、確かにその通りかもな。リィナ、いつもありがとう。」
リィナは得意げに胸を張り、にっこり笑った。
数日後――
村の復興がある程度進み、村人たちの暮らしが落ち着き始めた頃。
悠真とリィナは、次の旅に出ることを決めた。
「ありがとう、悠真さん!」
「リィナさんも、元気でね!」
村の子供たちが笑顔で見送る。村長も、悠真の肩に手を置いて微笑んだ。
「この村を救ってくれたこと、決して忘れません。」
村長の言葉に、悠真は少し照れくさそうに頷いた。
「俺はただ、できることをしただけですよ。」
村長は穏やかな笑みを浮かべ、悠真を見つめた。
「その謙虚さと行動力こそが、英雄の証です。」
その言葉に、悠真は一瞬考え込み、軽く苦笑した。
「俺は、そんな大それたものじゃないですよ。」
「それでも、あなたは私たちの未来を変えた。それは揺るぎない事実です。」
村長の真剣な眼差しと力強い言葉に、悠真はふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「そうですね……。なら、その期待に応えられるよう、これからも頑張ってみます」
(俺の力が、少しでも誰かの役に立てるなら……)
新たな決意を胸に秘め、悠真とリィナは広大な世界へと踏み出した。
つづく……
次回、リィナの過去が明らかに....
第21話、ご覧いただき大感謝です。
かろうじて毎日更新中ですが、いずれ月水金にする予定です。^^;
次回、リィナ過去編:旅立ちの涙
『第22話: 幼き日の誓いも』
是非【応援よろしくお願いします。】
ブグマ、評価をお願いします。
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。




