第2話: 最弱の烙印
広間に冷たい沈黙が落ちた。
悠真の加護「アイテムの進化」が明らかになった瞬間、王の視線が氷のように突き刺さり、騎士たちの嘲笑が響いた。
(俺だけ……戦闘向きじゃない?)
坂本一真の「剣聖の力」は炎を纏い、青山美咲の「水魔法」は虹色に輝く。高橋健吾の「錬金術」は盾を鋼に変える。どれも勇者らしい力だ。だが、悠真の「アイテムの進化」は——何ができるのか、自分でもわからない。
「ふむ……」
王が悠真を見下ろしながら、腕を組んだ。
「正直に言おう。貴様の力は魔王戦に不要だ」
その言葉が広間に響き渡る。その時、誰かが堪えきれず小さく噴き出した。
「待ってくれ。俺の力は……まだ試してもいないんだぞ?」
悠真の声が震えた。(何かできるはずだ……!)
「だが、お前の加護は補助的なものであり、戦場での即戦力にはならぬ。魔王の軍勢と戦うには、直接的な戦闘能力が不可欠だ」
「そ、それなら訓練すれば——」
「戦士は力を磨けば強くなる。魔法使いは魔力を鍛えれば威力が増す。だが、道具に頼る力など、どこまで鍛えれば役に立つのかすら分からぬではないか」
悠真は言葉を失った。
「……」
周囲を見渡すと、騎士たちも王の判断を支持するように頷いている。
「まあ、仕方ねぇな」
坂本が肩をすくめる。
「オレたちは魔王と戦うために呼ばれたんだろ?誰が強いか、誰が役に立つか、それが一番大事なんだろ」
「……ごめんなさい。でも、王の判断は正しいと思うわ」
青山も静かに言った。
「魔王を倒すには、きっと強い力が必要だわ。悠真くんの能力が戦場でどう役立つか分からないなら、戦力として考えにくいのも当然じゃないかしら?」
「……」
悠真は唇を噛んだ。
「王よ」
高橋が低い声で言った。
「それでも、篠崎は勇者として召喚されたんだ。いきなり戦力外ってのは、あんまりじゃねぇか?」
「無論、勇者として召喚された者を無下には扱わぬ」
王は淡々と答えた。
「しかし、今の段階では彼を勇者パーティーに加える理由がない。それに——城で彼を養う余裕もない」
「え?」
悠真の目が大きく開く。
「……つまり、俺はどうなるんだ?」
「お前は旅にでも出てもらおう」
王が悠然とした態度で告げる。
「この世界には、多くの町や村がある。お前の能力がどこかで役に立つ時が来るかもしれぬ、お前自身もまだ加護の真価を理解しておらぬであろう。まずは自らの力を知ることだ」
悠真の胸が締め付けられた。
(つまり……俺は追放されるってことじゃないのか)
「……」
頭の中が真っ白になった。
「おいおい、本当に放り出すのかよ?」
高橋が苦い顔をした。
「それなら、せめて何か支援を——」
「そんな必要はねえよ」
坂本が割って入った。
「支援なんかいらねえよ。こいつの力が戦えねえなら、足手まといだ」
坂本の言葉が突き刺さる。悠真は拳を握りしめた。
(ふざけるな……! 俺だって……!)
だが、言葉は喉に詰まった。
「.....つまり、俺は.......要ら.....」
「そういうことだな」
坂本は躊躇いもなく言い放った。
悠真は拳を握りしめた。
くそくそくそ.....
——けど、何も言えなかった。
「……分かったよ」
絞り出すように言うと、悠真はゆっくりと広間の中央から下がった。
「よし、話は決まったな」
王が頷くと、近くの騎士が歩み寄り、悠真に小袋を差し出した。
「これは……?」
「旅の支度金だ。銀貨10枚と、最低限の食料。異世界に突然放り出すのは忍びないのでな」
「.......ありがとう....ございます....」
感謝の言葉を口にしながらも、その袋がひどく軽く感じた。
この異世界で、銀貨10枚がどれほどの価値を持つのか、悠真にはまだ分からない。
だが、これが自分に対する最低限の施しであり、それ以上は何も期待するなという証であり——そう言われている気がした。
「これで終わりだ」
王は最後に言った。
「坂本一真、青山美咲、高橋健吾——お前たち三人を勇者パーティーとする」
悠真の名前は呼ばれなかった。
坂本は当然といった顔をしていた。青山は少しだけ気まずそうに視線をそらし、高橋だけが申し訳なさそうに悠真を見ていた。
「……では、解散だ」
王の号令とともに、騎士たちが動き出す。
坂本たちはすぐに騎士団に案内され、部屋を当てがわれるのか、それとも訓練場に向かうのだろうか、、広間から消えていった。
悠真はただ、一人取り残された。
異世界に召喚され、勇者として選ばれたはずだった。
——なのに、俺だけは不要と言われた。
悔しさを押し殺し、悠真は城の扉を出る。
異世界の冷たい風が頬を叩く。
(……ちきしょう……)
行き先は決まっていない。
けれど——このままでは終わらない。
「……俺の力が、本当に役に立たないのかどうか」
誰が決めるんだ?
王か? 坂本か? それとも——俺自身か?
(たしかに、一度死んだ身だ、生きているのは奇跡かもしれない.....でも.....それでも...)
唇を噛み、悠真は小袋を握り潰すように力を込めた。
「やってやるよ……絶対に」
そして、一人きりの旅が始まった——。




