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第18話:旅立ち。

村の鐘楼が崩れ落ちた夜から、一日が経っていた。

黒き戦鬼を討ち果たしたことで、ようやく静けさが戻りつつあった。


戦鬼の残骸となった鎧の破片は、今なお村はずれの広場に積まれ、崩れた家々の残骸があちこちに生々しく残っていた。


「……ただの魔族の仕業とは思えねえな」

シグルドが低く呟く。


散らばる破片を踏みしめながら、彼はじっとそれを睨んでいた。鉄と血が混ざったような匂い――そして、目に見えぬ瘴気がまだ漂っている。


悠真も横に立ち、槍を握り直す。

「動きは人間のそれじゃなかった。しかも、兵士のような規律があった。……まるで造られた兵器...」


「造られた、か。もしそうなら、こんなものを作ったやつが、まだどこかにいるってことになる」

シグルドの目が細まる。その視線は遠く、街の向こうに続く大地を見ていた。


リィナは両腕を組みながら、尾をぱたぱたと揺らす。

「なるほどねぇ。あんな化け物を“造る”やつがいるなら、次に出てくるのはもっとやばいかもしれないね……」


彼女の声には、茶化すような調子が混ざっていたが、その瞳は不安に揺れていた。


沈黙が降りる。

焦げ跡の残る石垣の影から、小さな足音が聞こえた。


悠真がそちらを向くと、瓦礫の間に、一人の子どもがうずくまっていた。埃まみれの顔に涙の跡を残したまま、怯えた瞳で彼らを見上げている。


「……生き残りか」

シグルドが息を呑む。


悠真は膝をつき、子どもの手をそっと取る。その小さな指は、冷たく震えていた。


「もう大丈夫だ。あいつは倒したよ」

その言葉に、子どもはわずかに頷き、壊れた家に視線を向ける。

そこには、かつての暮らしの名残が転がっていた。


悠真はしばらく黙り、握った手の温もりを感じた。

守れなかった命が、村のあちこちに散らばっている。


それでも、この小さな手だけは、自分の力で救うことができた――。


胸の奥に、かすかな痛みと同時に、温もりのようなものが交錯する。

それは後悔とも誇りともつかぬ、複雑な感情だった。


――俺たちが、この力で守ったんだ。


そう思ったとき、子どもが小さく笑った。

その儚い笑みを見つめながら、悠真の胸に微かな確信が芽生えた。



数日後、街に戻った三人は冒険者ギルドに戦鬼討伐の報告をした。

その知らせは瞬く間に広まり、

酒場では彼らの話でもちきりとなる。


もう、ただの新参者ではない。黒き戦鬼を倒した3人組――その名は、街の誰もが口にした。


「……なんだか落ち着かないね。悠真の気持ちが、ちょっとわかった気がするにゃ」

リィナは肩をすくめ、卓上のパンをちぎって口に運ぶ。


悠真もどこか気恥ずかしそうに俯いたが、シグルドだけは豪快に笑った。

「悪くねぇじゃんか。お前たちの力が認められたんだぜ。これも冒険者の道のひとつだ」


だが、シグルドの表情がふっと真剣になる。


「……とはいえ、俺はここで一度、北方の砦に戻る。報告もあるし、後処理もしなきゃならねぇからな」

声には寂しさが混じっていたが、それ以上に責任感が滲んでいた。


リィナの耳がぴくりと動く。

「そっか……ここでお別れなんだね」


「ああ。でもな――」

シグルドは2人を見つめ、力強く言った。


「お前らは、俺の目から見ても一級の戦力だ。

粗削りだが、まだまだ伸びる。戦鬼を倒せたのが、なによりの証拠だ。

……次にまた脅威が現れたときは、お前らの力が必要になる」


彼は一呼吸置き、目を細めて続けた。

「だが、この街に留まってちゃ駄目だ。

外の世界に出て、もっとでかい戦いに身を投じてこい。

広い空の下で、お前らならもっと強くなれる!」


悠真は頷き、拳を握りしめた。

「はい。そのときは、必ず力になります」


「ふん、頼もしいじゃねぇか」

シグルドは笑い、悠真の肩を叩いた。


リィナは少し拗ねたように言葉を吐く。

「……ちょっと寂しいけど、仕方ないにゃ....」


それを聞いたシグルドは大声で笑い、豪快に手を振った。

「ははっ! いいじゃねえか。若い2人で世界を見てこいよ!もっとでっかく成長して俺を驚かせてくれ!」


ーーーー


夕暮れ、街を出る2人の背後で、シグルドはゆっくりと手を振った。


やがて彼の姿は遠ざかり、風の中に溶けていく。

残されたのは、悠真とリィナだけだった。


風が頬を撫でる。


リィナがふと立ち止まり、橙に染まる空を見上げた。

「もっと世界を見てみたい。ひとりじゃ無理だと思ってた....だけど….悠真となら、行ける気がする」


悠真はそっと彼女を見つめた。

その決意に満ちた横顔を見ると、思わず笑みがこぼれた。


「俺も、まだ答えは出てないけど……この力をどう使うのか、少しず見えてきた気がするんだ。だからリィナ、一緒に行こう。見たことのない景色を見にさ!」


「うん、決まりにゃ!」

リィナはにかっと笑い、尾を弾ませた。


街道の果てまで続く夕焼けの中、二人は笑いながら歩き出した。

まだ見ぬ景色へ、まだ知らぬ世界へ。

新しい旅が、今、始まる。


ーーーーー


旅を続ける悠真とリィナは、夕暮れ時に小さな村へとたどり着いた。

だが、その村は異様なほど静まり返っていた。


「……なんか、変な空気だね」


リィナが耳を立て、警戒するように辺りを見回す。

悠真もその違和感をすぐに察した。

家々の扉は固く閉ざされ、窓の隙間からは人の気配がまるでしない。


「……誰もいないみたいだな」


「いいや、ちゃんと生活の跡はあるにゃ」

リィナが指さす先には、風に揺れる洗濯物と、手入れされた畑があった。


確かに、人はいる。

それなのに、誰も姿を見せない――そんな静けさが、かえって不気味だった。


そのとき。


「……お前たち、誰だ?」


低い声が響き、民家の影から数人の村人が姿を現した。

手には鍬や棒切れ。明らかに警戒している。


「俺たちは旅の冒険者です。怪しい者じゃありません」


悠真がゆっくりと両手を上げて告げると、村人たちは顔を見合わせ、小声で何かを話したあと、おそるおそる近づいてきた。


「……すまない。最近、村が物騒でな」


「物騒?」


「ああ。ここしばらく、魔物が頻繁に現れるようになったんだ」


話すうち、村人たちの表情がどんどん曇っていく。

彼らによれば、夜になると森の奥から魔物が現れ、

畑を荒らし、家畜を奪っていくという。


撃退を試みたが、犠牲者が出るばかりで、もう限界だった。


「それだけじゃない」

年配の男が声を落とした。


「最近、奴らの動きが変なんだ。ただ暴れてるだけじゃねぇ。まるで、誰かに導かれてるみたいで....」


「導かれてる……?」


悠真が眉をひそめると、男は頷いた。


「ある者は、北の森に”魔族”が現れたと言っている。もしそれが本当なら、魔物たちはそいつに操られているのかもしれない……」


魔族——戦鬼のような...?


悠真は心の中で呟いた。


魔族は、人間とは異なる種族であり、高度な魔法と知能を持ち、しばしば魔物を従えて行動する。


もし本当に魔族が背後にいるのだとすれば、村の状況はただの襲撃とは比べ物にならないほど危険なものになる。


「だから……俺たちはもう村の外に出ることすらできなくなった。商人も来なくなり、食料も底をつき始めている……」


「このままじゃ、俺たちは……」


村人の一人が苦しげに言葉を詰まらせる。


すると、突然——


「ねえ、おにいちゃん……!」


小さな手が、悠真の袖をぎゅっと握った。

見下ろすと、怯えた瞳の少女がいた。


「たすけて……」


「……っ」


悠真の心が、ギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。


「お外にでたいの……まものがこわいの……」


少女の小さな手が、震えている。


悠真は、一瞬言葉に詰まった。

(……俺が、この村を助ける?)


脳裏に浮かぶのは、これまでの戦いの記憶。

ロックヴァルド、戦鬼――勝ってきた。だが、それは仲間や武器、運の力が大きい。


今度は、魔族だけではなく、魔物の群勢も相手だ。

たった2人の力で、「村を救う」という大それたことが、できるのだろうか。


「……俺に、そんなことができるのか……?」

悠真がつぶやくと、リィナがすかさず口を挟んだ。


「悠真、何を迷ってるの?

これまでだっていろんな強敵を倒してきたにゃ!」


「でも……」


——だが、それは自分の力だけではなく、剣士シグルドの力、進化の能力、槍の力によるもの。


悠真は迷いを口に出しかけた。


しかし——


リィナが鋭い目で彼を見上げる。


「悠真がやらなきゃ、誰がこの村を助けるの?」


「俺は……」


「悠真が強いのは、武器だけの力じゃないにゃ!」


リィナの強い言葉に、悠真は息を呑んだ。


「悠真の力が、本当に必要とされる時が来たんだよ」


——俺の力が必要?


悠真は再び袖を引く少女の手を見つめる。


怯えた子供たち、疲れ切った村人たち。


彼らは、自分の力を信じているわけではない。ただ、“誰かに助けてもらいたい”と願っている、それだけだ。


その”誰か”が、今、ここにいる自分なのだとしたら——


悠真は、ふっと息を吐き出し、静かに目を閉じた。

そして、ゆっくりと目を開けると、まっすぐ村長を見据えて言った。


「わかりました……やってみます。」


「……!」


村人たちの間に、驚きと希望が入り混じった空気が広がる。


「ありがとう……! 本当にありがとう……!」


村長が深々と頭を下げる。


「……とはいえ、俺ひとりの力ではどうにもならないと思います。まずは、戦う準備を整えさせてください」


悠真はそう言いながら、自分の手のひらを見つめた。

そこには、戦いのたびに感じてきた“何かが変わる”感覚が、あった。


——進化の力。


これまで、仲間を救い、幾度も窮地を越えてきたその力。

ならば今度は、この村を救うために使えばいい。


「リィナ、俺たちの力を試すぞ」


「もちろんにゃ!」


迷いはもうなかった。

恐怖も、不安もある。けれどそれ以上に、守りたいと思えるものが、ここにある。


悠真は拳を握りしめた。


村を守るために——

そして、自分が何者であるかを知るために。


——進化の力を、解き放つ時が来たんだ。

第18話、ご覧いただきありがとうございます。

毎日更新できてますが、いずれ月水金にする予定です。^^;そろそろ....


次回、『第19話:古びた剣の再誕「風裂の刃」』も

是非【応援よろしくお願いします。】


いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。

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