第12話:初めてのギルド
ある日の黄昏時、街外れの石畳を並んで歩きながら、リィナがふと振り返った。彼女の尻尾が軽やかに揺れ、茜色の空に映える。
「そういえば悠真、あんたのレベルっていくつなの?」
リィナの何気ない問いかけに、悠真は思わず足を止めた。
石畳に長い影が落ちる。
「……レベル?」
聞き返した声は、自分でも驚くほど間抜けだった。
レベル。あまりにも聞き慣れた言葉だった。前世でのゲーム、アニメ、漫画――そこで繰り返し目にしてきた概念。
しかし、この世界に転生してから、
悠真は一度もその存在について考えたことがなかった。
力は訓練や経験で身につくものだと思っていたし、実際に《進化》の力を使うことで強くなってきた。
だが、この世界ではそれを数値化する仕組みがあるのだという。
「まさか……知らないの?」
リィナが首をかしげる。
彼女の橙色の髪が夕日を受けて淡く光った。
悠真は苦笑し、後頭部をかいた。
「いや、その……知識としては知ってるさ。
けど、本当にあるのかっていうか……」
「ふふっ、不思議な人。普通、真っ先に調べるものだよ」
リィナは軽やかに笑い、石畳を先に進む。悠真はその背中を追いかけながら、胸の奥に奇妙なざわつきを覚えていた。
――俺の“レベル”?いったい、どれくらいなんだ?
リィナは悠真を覗き込むようにして、髪を揺らした。
「本当に知らないんだね。
冒険者なら、最初に確認するのが当たり前なのに」
苦笑する悠真に、リィナは小さく首を振った。
「まぁ数字で測るのがすべてじゃないけど、目安にはなるよ。
ギルドに行けば、すぐにわかるから」
彼女の調子は軽いが、その瞳は真剣だった。
⸻
ギルドは、町の中心に構える大きな石造りの建物だった。
重厚な扉を押し開けると、喧騒と酒の匂いが一気に押し寄せる。鎧姿の戦士たちが大声で笑い合い、魔術師が依頼書に目を通し、受付前には列ができていた。
「こっちだよ」
リィナが迷いなくカウンターへ向かう。
悠真は彼女の背に続いた。
受付の女性は無表情に業務をこなしている様子で、リィナの説明を聞くと、黒曜石のように光沢のある板を差し出した。
「ここに手を置いて、魔力を少し流してください」
悠真は指示通りに手を置く。冷たい感触。
次の瞬間、板の表面に光が走り、青白い文字が浮かび上がった。
【冒険者名:ユウマ】
【レベル:18】
【固有技能:進化の権能】
【戦闘傾向:適応型・中距離・多様】
「……18」
数値を見た瞬間、悠真は息を呑んだ。もっと高いのではと思っていた。シグルドを退けた自分なら、きっと――
よくわからないが30とか、それ以上とか。
だが、現実はそれほどでもなかった。
その時、受付の女性の手がぴたりと止まる。淡々とした態度を崩さなかった彼女の瞳が、一瞬、大きく見開かれた。
「ええ〜!?……進化の権能?」
小声だったが、その声音には明らかな驚きが混じっていた。
周囲に聞こえないよう口元を押さえつつも、
視線は悠真のステータスから離れない。
「この技能……記録上、確認された例がほとんど見られません。伝承では、いえ古書では、限られた存在にしか持ち得ないはずで……勇者のような特別...な......」
彼女の声は震えていた。
周囲に気づかれぬよう言葉を切り、深呼吸をひとつ。
表情を取り繕い、無理やり事務的な顔に戻る。
「伝説では、大陸を変えた者たちが――ごく稀に、この力を……」
受付嬢の呟きは、恐れとも敬意ともつかぬ響きを帯びていた。
悠真はぎょっとして(遮るように)慌てて首を振る。
「わぁ〜!いやいや! そんな大層なもんじゃないですって! ただ、ちょっとアイテムが便利になるくらいの……ほら、地味なスキルなんで」
口から出任せを重ね、両手を振って大げさに否定した。
受付嬢は一瞬、じっと悠真を見つめたが、
やがて薄く笑みを浮かべて頷いた。
(そうよね、そんなはずないわ...)
「……そうですか。ご本人がそう仰るなら」
「あははは」
「失礼しました。……特異な技能をお持ちのようですね」
受付嬢の言葉に、悠真は一瞬、好奇心をそそられ、詳しく尋ねようとしたが、その前にリィナが身を乗り出し、キラキラした目で割り込んできた。
「へえ、18か。……納得したにゃ!」
「納得?」
「普通、シグルド級の剣士を一人で倒せるなら30以上あってもおかしくないの。
でも、悠真には《進化》がある。数字が低くても、その力でぐっと伸びる……そういう戦い方ができるんだよ」
リィナは笑みを浮かべながらも、じっと悠真を見つめる。
その眼差しに、軽さとは裏腹に真剣さもあった。
悠真は心の中で苦く笑った。
――やっぱり、俺の強さは《進化》のおかげなのか。
自分自身の実力というわけじゃない。
「……正直、胸を張れる数字じゃないな」
そう言うと、リィナは肩をすくめて笑った。
「数字がすべてじゃないよ。大事なのは、その数字で何をするかってこと」
彼女の声は、軽やかでありながら、不思議と胸に染み入った。
⸻
ギルドを出る頃には、夜が町を包み始めていた。街灯のランタンが石畳に柔らかな光を落とす。
冒険者たちの笑い声や、酒場から流れる歌声が響く。
「……不思議だな」悠真がぽつりと呟いた。
「何が?」リィナが首を傾げる。
「レベルって数字を見ただけで、なんだかこの世界で生きてるって実感が湧いてくる。前はただ"強くなりたい"それだけだったけど、今は……なんか、それだけじゃない気がするんだ。」
「ふーん、悠真ってば、ちょっと哲学的になってきたね?」
リィナがくすっと笑う。
「所詮はただの数字かもしれない。でも、こうやって実際に見ると、なんかこう……重みみたいなものを感じるよ。」
「そうだよ。数字は鎖にもなるし、翼にもなる。使い方次第だね」
悠真はその言葉に小さく笑った。
「じゃあ、俺の“18”が翼になるように……頑張るしかないな」
「その意気だにゃ」
ランタンの灯りに照らされたリィナの横顔は、どこか誇らしげに見えた。
⸻
その夜、宿のベッドに横たわった悠真は、何度も浮かび上がった文字を思い返していた。
【レベル:18】
【進化の権能】
「……俺の翼は、この数字の先にあるのかもしれない」
“俺は……この力で、何を守るんだろう”
胸の奥で、小さな決意が芽生え始めていた。
夜風に揺れるランタンの光が、静かに部屋を照らしていた。
⸻数週間後。
冒険者ギルドの広間は、昼下がりの喧騒に包まれていた。
酒場と兼ねた受付には、依頼票を手にした冒険者たちが列を作り、奥の掲示板にはびっしりと紙が貼られている。
討伐依頼、護衛依頼、採集依頼――どれも報酬はまちまちで、危険度もさまざまだ。
悠真とリィナは、掲示板の前に立ち並んでいた。
「どれにする?」
リィナが首を傾げながら紙を眺める。
もうすでに、2人は数々の依頼をこなしてきていた。
最初は単純な薬草採取や村への荷物運びから始め、
徐々にゴブリンや小型の魔獣討伐へとステップアップしていた。
二人の連携も日に日に磨かれ、悠真の鋭い槍さばき、リィナの素早い動き、そして猫耳族ならではの鋭い動物的な勘を活かした戦術で、どの依頼も危なげなくクリアしてきた。
今では互いの呼吸を読み合い、
軽口を叩きつつも任務を効率よくこなすまでになっていた。
悠真は腕を組んだまま、じっと一枚の依頼票に目を止める。
『灰霧の洞の調査・魔獣討伐』
依頼主:冒険者ギルド
報酬:銀貨二十枚
「灰霧の洞……?」
リィナが小さくつぶやく。
悠真はうなずいた。
「街の北にある岩山の洞窟だ。以前から小型の魔獣が出るって話だったが、最近は被害が増えてるらしい。
ギルドが討伐と調査を同時に依頼してるんだろうな」
リィナの瞳がわずかに揺れた。
「なるほど……でも、噂じゃあそこ、迷宮みたいに入り組んでるって聞いたけど?
戻ってこられなかった冒険者もいるとか……」
「危険はあるさ。でも、そろそろ腕試しにはちょうどいいだろ?」
悠真は笑みを浮かべ、依頼票を手に取った。
「何より、俺たち二人ならきっと突破できるさ」
その言葉に、リィナは一瞬ためらったが、やがて小さく笑った。
「……しょうがないなぁ。悠真がそこまで言うなら、やってみよっか」
二人は受付へと歩き、依頼票を差し出す。
「灰霧の洞の依頼を受けます」
受付嬢は書類を確認し、頷いた。
「危険度は中級。十分な準備を整えてから挑んでくださいね」
こうして、二人の新たな挑戦が決まった。
第12話、ご覧いただき大感謝です。
まだ、なろうアプリに慣れなくてアタフタ^^;
次回、『第13話:ダンジョン攻略』も
是非【応援よろしくお願いします。】
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。




