第10話:無双状態で遺跡を制覇
黄金の光に包まれ、槍は完全に姿を変えた。
悠真の手の中にあるそれは、もはや古びた武器ではない。
白銀の刃先には微細な魔法紋が走り、柄の内部には淡い青い光が脈打つように流れている。
「……天穿の槍、か。」
悠真は呟き、進化の結果を確かめるように軽く振ってみた。
その瞬間、周囲の空気が一瞬震えるような感覚が走った。空間そのものが裂けるような感覚——まるで槍が次元を切り裂きながら動いているかのようだった。
「にゃっ……!? な、なにそれ、すごいじゃない!」
リィナが飛び退くようにして声を上げた。
「敵の防御を無視して攻撃できる槍ってところだな。」
悠真は自分の手応えから、それがただの武器ではないことを確信した。
「つまり、どんな硬い敵でも一撃で倒せるってこと?」
「そういうことだ。」
「ほぉ〜……こりゃ本物っぽいにゃ。」
リィナは尻尾をピンと立て、興味津々といった様子で槍を覗き込む。
「うん。これなら、遺跡の奥まで進めるかもしれない……!」
そう呟いたところで、リィナは満足げに頷くと、あっさり背を向けた。
「へへっ、それじゃあ、あたしはお宝探しの続きに戻るにゃ〜。」
くるりと身を翻し、尻尾を揺らしながら去っていこうとする。しかし——
悠真は思わずその背中に声をかける。
「ちょっと待ってよ。」
「……んにゃ?」
振り返るリィナの耳がピクリと動く。
「このあと、どうするつもりなんだよ?」
「にゃふふ。もう十分稼いだから、さっさと出口に向かうつもりだよ。」
リィナは腰のポーチを軽く叩き、チリンと金属音を響かせた。
「でも……まだ敵がウロウロしてるだろ。一人で抜けるのは危なくないか?」
「にゃはは、まさか心配してくれるの? あたし、こういう遺跡は何度も抜けてるから慣れっこだよ」
「いや、そうじゃなくて……」
言葉を濁す悠真を見て、リィナの尻尾が楽しげに揺れた。
「ふふん、もしかして——寂しいの?」
「ち、違うよ!」
即座に否定したものの、頬が少し熱くなるのを止められなかった。
ほんの少しとはいえ、会話が心地よかったのかもしれない——それに、一緒にいた相手が急にいなくなるのは……落ち着かなかった。
「べ、別に。そういうわけじゃないけど……ただ、ほら、一人だといろいろ面倒だろ。」
嬉しそうに笑うリィナ。
「ふふん、優しいんだか不器用なんだか。」
「それにさ」
悠真は少し声を大きくして続けた。
「お前、さっき『その槍があればもっと奥まで行ける』って言ってたじゃん。」
リィナの耳がピクッと反応する。
「にゃはは、覚えてたんだ。君、意外とずる賢いんだね。」
「だって本当だろ? 俺もこの槍の力をちゃんと試したいし……」
リィナは少し考えると、瞳をキラキラさせながら槍を見つめた。
「まあ……確かに.....
君の持ってるモノ、どう見ても普通じゃないし。」
「だろ?」
悠真は苦笑しながら、槍を軽く振ってみせた。
刃先が空気を切り、リィナの髪がふわりと揺れる。
「うん……ちょっと見たいかも。」
「……じゃあ」
悠真は一瞬迷ったあと、素直に口を開いた。
「一緒に来ないか? お前なら、遺跡の構造とか敵の動きとか、いろいろ教えてもらえそうだ」
リィナの瞳が一瞬、大きく見開かれた。
「にゃるほど。道案内+観戦要員ってわけ?」
悠真が笑みを浮かべると、リィナは肩をすくめた。
「しょうがないにゃ。そこまで言われたら付き合ってあげる! そのかわり、宝は山分けだからね!」
「ああ、約束だ」
悠真の顔に、安堵の笑みがこぼれた。
こうして、悠真とリィナは奇妙なコンビを組み、遺跡の奥深くへ踏み込むことになった。
ーーーー
道中のやりとりは、意外にも息が合っていた。
罠や仕掛けが幾重にも待ち構えていたが、悠真の慎重な探索とリィナの素早い動きで、それらを難なく切り抜けていく。
(……俺たち、案外、いいコンビかもしれないな)
しかも、以前なら苦戦していた敵も、今は違う。悠真の手には『天穿の槍』があり、その力が彼に自信を与えていた。
リィナの鋭い感覚と相まって、二人は奥へ進むたびに勢いを増していく。
だが、その時――通路の奥から、低く響く地響きとともに、全身を岩で覆った魔物――ストーンゴーレムが姿を現した。
かつては手も足も出なかった強敵だ。
しかし....
「いくぞ……!」
悠真は槍を構え、一気に踏み込む。
ストーンゴーレムが腕を振り下ろすよりも速く、悠真の槍が突き出された。
ズンッ――!!
鈍い音とともに、岩の巨体を貫いた。
ゴーレムの体は、光を放ちながら粉々に崩れ落ちる。
「……一撃、か。」
悠真は思わず息をのんだ。まるで防御の概念が存在しないかのように、槍が貫通していた。
「……本当に防御無視にゃ……」
リィナが目を丸くし、感嘆の声を漏らす。
「これなら、ボスも倒せるぞ。」
ーーーーー
二人が最後にたどり着いたのは、広大な空間だった。
中央に鎮座するのは、通常のゴーレムよりもはるかに大きな存在、ロックヴァルド。
全身に複雑な魔法陣を刻み、胸の奥では青白い魔力核が脈打っていた。
その存在感は、まるで古代の神像のようだった。
「……ボスにゃ。」
リィナが小さく呟く。
次の瞬間、ロックヴァルドが目を開いた――!
ーー遺跡全体が震える。
「くっ!」
悠真は『天穿の槍』を構えた。
ゴゴゴゴ……!
遺跡の奥、石造りの祭壇で、その巨体がゆっくりと立ち上がる。
身長は優に3メートルを超え、手足の太さは丸太のように大きい。
その圧倒的な存在感に、悠真は思わず息を呑んだ。
「……怪物かよ!」
心臓が高鳴るのを感じた。足元が震えそうになるのを必死でこらえる。
ズシン……ズシン……!
ロックヴァルドが歩を進めるたびに、大地が揺れた。崩れた石片が四方に飛び散り、天井から砂が降り注ぐ。
「こいつ、強いにゃ……」
「でも……やるしかない」
ゴクリと唾を飲み込む。
その瞬間――
……ドォン!!
ロックヴァルドの巨腕が振り下ろされた。
「うわっ!」
悠真は横に飛び退る。拳が地面に叩きつけられ、岩盤が粉々に砕けた。地面には深いクレーターが生じている。
「まともに喰らったら即死にゃ!」
「分かってる!」
息を荒げながら間合いを取る。
圧倒的な力の差――だが、退くつもりはなかった。
「少し時間を稼ぐにゃ!」
「時間?」
「ふふん、いい作戦があるよ!」
そう言うやいなや、リィナはポーチから小さな黒い球を取り出した。
「それは……?」
「即席の爆弾にゃ。これでヤツの注意を引く!」
そう言って、リィナは迷いなく投げつけた。
ボンッ!!
爆発が起き、ロックヴァルドの顔面が煙に包まれる。
一瞬、巨体の動きが止まった。
「今にゃ!!」
リィナの声に反応し、悠真は一気に跳躍する。
目指すは、ロックヴァルドの胸の魔力核。
槍の穂先が黄金色に輝く。
「――貫けぇぇぇぇぇぇっ!!!」
全力の一撃が、一直線に突き出された。
ズブゥゥッ!!
槍はロックヴァルドの装甲を容易く貫通し、その奥にある魔力核を突き破る。
パキィィィンッ!!
砕け散る魔力核。瞬間、ロックヴァルドの動きが止まり、青白い光が急速に薄れていった。
「どうだぁ!」
「つ.....貫いた.....」
槍を引き抜いた、その直後――
ゴゴゴゴ……ドォォォン!!
壮絶な轟音とともに、ロックヴァルドは巨体を揺らしながら崩れ落ちた。
悠真は大きく息を吐き、槍を地面につく。
「やったぁぁぁ!! 凄いにゃ!!」
リィナが歓喜の声を上げながら、勢いよく悠真に飛びついてきた。
「わあっ!」
悠真はその勢いに押されて尻餅をつく。
見上げると、リィナが満面の笑みを浮かべていた。
「ふふ、君、めっちゃカッコよかったよ!」
「お、おう……」
悠真は恥ずかしそうに頭をかき、軽く笑って誤魔化した。
ーーーーー
ロックヴァルドの崩れた跡には、青白く輝く魔法石が転がっていた。悠真はそれを拾い上げ、静かに呟く。
「これが進化の能力かよ……とんでもないな.....」
悠真は深呼吸し、握りしめていた槍をゆっくりと下ろした。
「でも……倒したぞ...」
「ほんと、すごいよ! あんな化け物を一撃でやっつけちゃうなんて!」
リィナが目を輝かせて悠真を見上げる。尻尾が小さく揺れ、ニーハイに包まれた細い足が弾むように動いた。
「ま、まあ、槍の力がすごかったってだけだろ」
「にゃはは、謙遜しちゃって。君って結構シャイなんだね?」
リィナはくすっと笑うと、ぴょんっと悠真の目の前に飛び出した。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったね。あたしはリィナ・フィオナ! 冒険者兼、行商人兼、トラブルメーカー!」
「最後のいらないだろ……」
悠真は呆れながらも、リィナの笑顔につられて口元を緩める。
「俺は篠崎悠真。ただの冒険者だ」
「ただの冒険者が、あんなすごい槍を持ってるわけないでしょ」
リィナはニヤッと笑いながら、悠真の槍をじっと見つめる。
「ま、詳しいことはおいおい聞くにゃ。でも、とりあえずこれから、どうするの?」
「……そうだな。もう探索は終わったし、一旦街に戻ろうかな」
悠真がそう言うと、リィナは尻尾をピンと立てて顔を輝かせた。
「にゃふふ、それならあたしも一緒に行く!」
「おいおい、遺跡を出るまでの約束じゃなかったっけ?」
「当然でしょ! こんな面白そうな人、逃がすわけないって!」
リィナは腕を組み、満面の笑みを浮かべる。
悠真は少し考えたが、すぐに肩をすくめた。
「……まあ、別にいいか」
「決まり!」
リィナは嬉しそうに飛び跳ねる。
ーーーーー
悠真は立ち上がり、ロックヴァルドが崩れ去った広間をゆっくりと見渡した。
瓦礫の隙間には、古びた武器や防具の残骸が散らばっている。どれも、これまで見てきたものとは明らかに違っていた。
形も質感も異様で、まるでこの世界の理から外れたような、不思議な雰囲気を放っている。
「ここ、本当に不思議な遺跡だね……」
リィナが落ちていた剣を拾い上げ、光にかざす。
刀身の表面に、淡い青の紋様が浮かび上がった。それは生きているかのようにゆらめき、刃そのものが呼吸しているようにも見えた。
悠真もまた、自分の手にある「天穿の槍」をじっと見つめ直す。
(同じような青い紋様……俺の進化能力で変わった武器と、
ここで発掘されたもの……どこか似ている)
そう感じた瞬間、リィナがぽんっと手を打った。
「そうだった! この遺跡、実は“異世界の武具”が眠ってるって噂があるんだよ!」
「異世界の……武具?」
悠真が首をかしげると、リィナは得意げに尻尾をピンと立てた。
「あくまで噂だけどね。昔、この場所で異世界から来た戦士たちが壮絶な戦いを繰り広げたらしいの。
そのときに使われた武器や防具が、今でもあちこちに残ってるって言われてるにゃ!」
「戦いの……名残か」
悠真は壁に刻まれた謎めいた紋様や、岩肌を走る光の筋を改めて見つめた。確かに、ただの遺跡とは思えない“息づかい”のようなものが漂っている。
「そうそう! その戦いがあまりにも激しかったせいで、空間そのものが歪んでるんだって。だから普通じゃありえない強力な武具が、たまにポロッと出てくるの!」
リィナの言葉を聞きながら、悠真は槍を軽く握り呟いた。
「異世界の武具……。もしそれが本当なら、俺の能力とも関係があるのかもしれない.....」
「にゃはは、やっぱり悠真の力、普通じゃないよ。もしかして、悠真自身が“異世界の戦士”だったりして?」
冗談めかして言うリィナに、悠真はドキッとしながらも肩をすくめた。
「どうだろうな。俺にも分からないよ」
――だが、胸の奥に微かな違和感が残った。
それは、言葉にできない引っかかりのようなもの。
そして、今はまだ触れるべきではないと、本能が告げていた。
「とりあえず、街に戻ろう。あとで詳しく調べればいいさ」
「賛成! それに、お腹も空いたし!」
リィナがにっこり笑うと、悠真も少しだけ口元をほころばせた。
二人は崩れた石段を登り、光の差し込む出口へと向かう。
振り返れば、静寂に包まれた広間の奥で、砕けた魔力核がかすかに青く瞬いていた。
まるで、まだ終わっていないと――そう告げるかのように。
第10話、ご覧いただき大感謝です。
次回、『第11話:疑念を持つ強者たちとの対決!』も
是非よろしくお願いします。
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。




